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22 試してみたい

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ありがとうございます!たいへん励みになっております!!

 僕はもふっとした自分の足を見おろした。

 やっぱりどう見てもポメ化しているね。けど、やらかしてしまった反省はあとにしよう。


 ベッドからひょいと飛び降りて、部屋の中を見回せば、侍女たちはまだ仕事を始めていないようだった。


 よし、やってみるか。


 ずっと気になっていたことがある。

 ポメ化したまま、ギフトを扱えるのか。

 僕はペロッと自分の鼻を舐めて、手のひらを上に、……向けるのは難しそうだな。

 すこし考えて、床にぺたんとお腹をつけて、前足に気持ちを集中させる。


 ダメだ。よくわからない。鼻のあたまに集めるのはどうだろう。

 むずむずっとギフトが集まりそうな感触があったけれど、その前にシャボン玉みたいに弾けて僕はくしゃみをした。


 わかんないな。どこに力を集めたらいいのかな。耳? しっぽ? いっそお腹?


 くるくる回ってころんと腹を見せて転がったとき、ライラとパチッと目が合った。そういえば、ライラはほとんど物音を立てない。いつから見られていたのかな~。

 隠れて遊んでいたみたいな気まずさがあって、僕はそっとベッドに戻ろうとした。


 飛び、飛び乗れるのかな、これ。

 逡巡していたら捕まった。


「坊ちゃま、お目覚めになられたのですね」

 声はライラのものではなかった。

 ライラが僕を抱えたまま振り返ったため、困惑した様子のヘレンが見えた。


「坊ちゃま、大変申し訳ございません。殿下のもとに行ったのですが、こんな時間から非常識だと取り次いでいただけず……」

「では、クロフさんを通じてリャニス坊ちゃまに来ていただきましょう。このままでは坊ちゃまの支度が間に合いません」


 侍女たち、すでに動いてた!

 気まずさが、半端ない。




「兄上!」

 制服姿のリャニスがやってくるまで、それほどかからなかった。

 リャニスが差し伸べた手に、てしっと前足を乗っける。

 気分は「お手」である。そのくらい、僕は反省していた。アゴも乗せとこうかな。


 チラッと見上げると、リャニスの目元が一瞬ゆるみ、すぐに取り繕うようにスンとした。

 そしてライラに視線をやる。


「兄上のご様子は。体調が思わしくないのでは?」

「ゆうべはお疲れのようでしたが、今朝は元気そうでした。そちらで転げまわって遊んでおられましたから」

「兄上が?」


 ひいっ。暴露しないで!


「兄上が床でそのような。……本当に遊んでいたのか? そう見えただけではないのか」

 ライラが責められそうな気配を察して、僕は慌ててリャニスに頭をぐりぐり押し付けた。


「そうですね、まずは兄上にお戻りいただかなくては」


 僕がライラの手からリャニスの手に移されたそのとき、来られないはずの王子がやってきた。


 王子は、リャニスと視線を合わせると、険しい顔つきをした。

「ここでなにをしている」

「兄上のために参りました。ですが、なにか行き違いがあったようですね。殿下が来られてなによりでした」

 リャニスは慌てなかった。

「兄上、移動しますね」

 そつなく王子に僕を手渡す。



 ほんのりと、たらいまわしの気分を味わっていると、王子がほほ笑んだ。


「その姿を見るのも久しぶりだな」

 まぶしいほどの笑みを浮かべると、彼は僕を抱きあげ頬ずりした。

 完全に犬好きの挙動だ。


 うーむ。やっぱり王子が婚約破棄したがらないのって、ポメ化のせいだよな。

 犬扱いできなくなると危惧している説あるぞ。

 僕としては関係性が変わっても、撫でるくらいは構わないんだけど。


 それにしても今この瞬間、僕が戻ったらどうする気だ。

 思っているそばから感触が変わる。

「――っと」


 王子が一瞬ふらついた。だが、ギフトを巡らせることで身体を安定させたようだ。いや、ここは下ろすのが正解だと思うよ。


 人に戻った僕は、王子の腕の上にちょこんと座る形になっていた。

 あまりにばつが悪い。


「お、おろしてください……」


 辛うじてそう言って、たまらず王子から視線をそらす。

 なんかまだ王子が嬉しそうに見えるんだけど……。

 もしかして、僕、まだ犬味ある!?


「殿下、支度がございますので」

 ライラが進み出て、うしろから僕を持ちあげた。


 抱えたままやり取りする意味、あるのかな。

 僕はどうやら、人に戻っても犬扱いらしかった。

 なかなか床に足がつかない事態に、僕が虚無状態になってしまうのも仕方ないことだと思う。




「今朝は早くからお呼び立てして申し訳ございませんでした」

 昼食の席で僕は王子に頭を下げた。

「いや、私のほうこそすまない。君の侍女を帰してしまったと聞いたときは慌てたよ」

「非常識な申し出をしているのはこちらですから」


 僕はゆるく首を振りながら、内心で盛大にハテナマークを頭に浮かべていた。


 なんか、今日も広い席にふたりだけなんですけど!


「ノエム、よく言い聞かせておくから、これからも遠慮などするなよ。早朝だろうが真夜中だろうが、授業中だろうが構わない。なにかあったらすぐに私を頼るように。――君を誰にも触れさせたくない」


 なんかすごいこと言われてる。

 これは誤解を受ける。ふたりきりでよかったのかもしれない。久しぶりのモフモフがよっぽど嬉しかったと見える。


「お気遣いいただきありがとうございます」

 でもね、ポメ化したとき王子しか頼れないというのは、僕としても困るんだよ。

 むくれてみせたって、頷くわけにはいかないんだからね。




   ◇


 それから数日、僕はおとなしく過ごしていた。まるで優等生の見本みたいに。

 まあ、剣術の授業に関しては、落ちこぼれなんだけど。

 それでも出来ないなりに、いつもよりマジメに木剣を振っていると「あっ!」と悲鳴じみた声が聞こえた。


 木剣が宙をくるくると回りながらすっとんでいくのが視界に入った。どうやらレアサーラの手元からすっぽ抜けたらしい。


「ノエムート様、避けて!」

「え?」

 木剣なら、いま、離れたところに転がったみたいだけど?

 首を傾げた僕の髪にポスっとなにかが落ちてきた。


 どうやら木の枝である。


「も、申し訳ありません!」


 レアサーラは青くなったが、僕は笑いをこらえるのに必死だった。

 だって、枝が髪に刺さったんだよ。ないでしょ普通、こんなこと。正直こらえられなかったね。笑いながら枝をひっぱろうとしたら案の定絡まるし。


「兄上」

「え、リャニス?」

「無理に引っ張ってはいけません。俺がやります」

「う、うん。走ってきたの?」


 リャニスはすでに合格したわけだけど、新しい先生が決まるまで、ひとまず自主練という形で授業に参加している。


 彼は実践コースのさらに向こうで練習してたはずだった。僕のいる練習場から、目算で百メートルくらい。ワープかな。


「レアサーラ様が木剣を手放されたのが見えたので。……ですが、間に合いませんでした」

「いや、間に合ったらびっくりだよ。――って、レアサーラ様!? 頭をあげてくださいっ。痛くもなかったし、怪我もないですから!」


 レアサーラはソロソロと顔をあげかけ、また高速で頭を下げた。

 いったいなぜ。

 不思議に思って、リャニスが取ってくれた枝をしげしげ見つめる。クモでもついてた?


「あ、毛虫!」

 毒が採取できるかも。

 僕の考えを読んだかのように、リャニスが僕から枝を遠ざけ、ギフトで灰にした。早業である。


 ほかの生徒の手前、悲鳴は飲み込んだけど、あれはかなりガッカリした。

 だからこそ、こうして夜中にモソモソ起きだしている。


 毒。そう、僕はまだ毒耐性をつけること、諦めていないのだ。


 侍女たちは隣の部屋に控えているし、必ず誰かが不寝番をしているから、行動には細心の注意を払わなければならない。

 きっちり閉ざされた天蓋をそろりとめくって、音をたてないように移動し、机の引き出しから小さなケースを取り出した。常夜灯の薄明りを頼りに中を検めると、試験管によく似た筒が入っていて、それぞれほんのりと赤、青、緑の光を放っている。


 これはギフトに溶かしておいた毒である。

 赤はクモ、青は球根、緑は腐敗の過程で生じた毒だった。


「ふっふっふ」


 怪しげな笑みが漏れてしまうのも仕方ない。

 毒耐性をつける。それは死活問題ではあるが、もはや僕の趣味でもある。秘密の特訓。響きがいいよね。

 毒、危険生物、スリル。

 心がたぎる!


 おっと、いけない。興奮しすぎては誰か様子を見に来ちゃう。

 なぜ秘密にする必要があるのかというと、誰もが反対するから。このやり方を教ええくれたジョアンでさえも。


 そんなわけで、失敗してもすぐには気づかれない場所がいい。


 たとえば僕は、毎日侍女に着付けを手伝ってもらっている。彼女らの前に出るときはさすがに全裸ではないからそのとき、隠せる範疇がいいわけだ。

 お腹は、胃腸に来ることがあるから避けたい。


 内ももはバレにくいけど、うっかり掻いちゃうといけないから背中にしておこう。


 僕は赤の筒を取り出して、蓋を開ける。

 筒を背中に押しあてて、毒入りのギフトを自分の体内に取り込んでいく。


 手早くケースを元に戻して、素知らぬふりでベッドにもぐりこんだころ、カチャっと扉が開いた。誰かが様子を見に来たのだ。間一髪だった。


 再び扉が閉じてから、横向きの姿勢のまま、毒を全身に巡らせる。


 例えていうならギフトにも白血球みたいな戦闘部隊がいて、本来なら異物を排除してくれるはずなのだ。

 でも僕の白血球たちは仕事嫌いらしく、毒をそのまま、体に受け入れてしまう。


 僕は自分の体に、これは毒ですよ。排除すべき敵ですよと教え込まなくてはならないわけである。


 これが成功しない限り、次の日。


「――かっゆ!」

 と、背中に発疹を作る羽目になる。

 でも、全身真っ赤にならなくなっただけ成長してる。たぶん。


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