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20 誰に対するサービスなんだ

「……彼は?」

「ノエムート様が気になさるような者ではありません」

 マスケリーはきっぱりと言い切るが、僕は首を傾げた。


「クラスメイトなのに? しかも彼、合格したのに?」

 スクールは案外実力主義である。合格したものから次のステップに進むことができる。


 授業は流動的な班体制で進められるのだ。ギフトの授業に関しては、しばらくはこのメンバーで受けることになるだろう。


「兄上、彼はサンサール・ハンバルトです」

「ハンバルトというと、カーニバルの紋章家の分家筋だね」

「はい」

 話をしているうちにサンサールがやってきた。自分の話をしていると察したのか戸惑った様子で足を止める。


「合格おめでとう、ハンバルト」

 声をかけると、彼はびっくりした様子で僕を見た。


「君の名前は、いまリャニスから聞いたよ。授業中だし堅苦しい挨拶は抜きで。おふたりもそれでいいですか?」

 僕はレアサーラとクリスティラから了承を得ると、彼女らを簡単に紹介する。


「星の紋章家のレアサーラ様と、時の紋章家のクリスティラ様だよ。それから、僕はノエムート。リャニスとおなじ妖精の紋章家。サンサールと呼んでも?」

「は、はい! もちろんです。サンサールでもこのサル野郎でもお好きなように」


 いたずらを仕掛けるみたいにサンサールはニッと笑った。

「おい、ハンバルト!」

 マスケリーがすかさず声をあげたが、当の僕が笑ってしまったので、すぐに空気がゆるんだ。


「サル野郎は遠慮しておく。僕が叱られてしまいそうだ」

「へえ、ノエムート様って案外気さくなんだな」


 彼が敬語を取っ払ってしまったので、リャニスとマスケリーがぎょっとしたようにサンサールを睨みつけた。

 僕は軽く手を振って、そんなふたりをなだめる。


「兄上」

 無礼をとがめるようにと言いたいのだろう。でも僕はそんなことでいちいち怒りたくないし、ちょうどいい建前がある。


「スクールではむやみに身分を振りかざしてはならない。でしょ?」

「ですが、兄上に対してあまりに無礼です」

「いいんだ、リャニス。僕は構わない。ああ、でも彼女たちにもその話し方をするつもりなら、きちんと許可を取ってからにしてね」


 僕が認めると、リャニスもあきらめたようにため息をついた。

「サンサール。ひとつ忠告してやる。キアノジュイル殿下の前ではやめておけ。殿下は兄上をとても大切になさっておいでだから」

「あー」


 納得された。野生児にまで王子と僕がラブラブだって思われてるよ!?

 聖女さん、はやく来て!


 脳内で叫んでいるうちに、授業の終わりとなった。

 ほかに合格者が出なかったので、ひとまずこの六人が、おなじ班となった。




 次の授業は剣術の基礎訓練だ。

 いわゆる体育の位置づけである。男女共にまずは剣術の型を披露し、体力、視力、柔軟性などを計測する。


 この体力測定で合格したものだけが、実践訓練に進むことができるのだが。


「レアサーラさん、合格ですが本当に基礎訓練を続けますか?」

「ええ。わたくしは結構です。騎士を目指すには身長が足りませんもの」


 レアサーラの辞退理由に先生だけでなく、周りも忍び笑いだ。


 実践訓練はさいわい必須科目ではない。対人よりも対魔獣の集団戦闘のほうが重要視されるからということもあるが、危険な戦闘職を目指すのは、むしろ第二や第三スクールの子に多いのだ。


 聖騎士を目指している場合は例外だが。




 ちなみに僕は型の時点で不合格をもらった。

 まさかの!? っていう視線のあと、病み上がりだからみたいな同情票をもらったが、これが実力である。


 素振りひとつとっても、ほかの女の子のほうが、もう少しマシな音をさせてるから、たぶんまともに戦えば僕が負ける。

 そのまえに降参する気まんまんだけど。


 僕はすかすか木剣を振りながら、チラリと実践訓練に進んだ人たちを見やった。

 彼らは木剣で試合形式の訓練をしているみたいだけど、あれじゃあリャニスは退屈なんじゃないかな。

 生徒の中じゃサンサールが一番マシな動きをしているけど、それでもリャニスの相手にはならない。


「ノエムートさん、まじめにやってくださいませ」

 叱られてしまった。でもいい機会だから言うだけ言ってみようか。


「先生、差し出がましいのは重々承知ですが、リャニスに最終試験を受けさせてやってくださいませんか」


「ううん、そうですね……」

 即答でないあたり、勝機があると見た。


「個人授業の講師を、我が家で負担することもできると思います。リャニスは母上から直々に訓練を受けていたのです。生徒では太刀打ちできないと思いますよ」

「エマ様が直々にですか!? まあ、どうりで!」


 先生が急に目をキラキラさせた。母上のファンがこんなところにも。

 僕は微妙な気持ちになる。

 しかも彼女は、期待のまなざしで僕を見た。


「……僕が教わったのは守られる側の心得だけです」

「それはちょうど良いです。最終試験を受けられないかほかの先生とも相談してまいります」


 先生はスカートをつまんでターッと走って行ってしまった。訓練そっちのけである。




 そして僕はいま、妙に見慣れた円の中に立っている。


「攻撃対象はノエムートさんです。合図をしたら一人につき三つ、それぞれつぶてを放ってくださいね。リャニスランさんの勝利条件は、ノエムートさんをきっちり守り切ること。それができれば最終試験合格とします。よろしいですね」


 先生はニコッとしたが、僕は内心で冷や汗をかいた。

 礫を持っているのは、男子生徒全員。つまり、九対一である。

 礫と言っても訓練用で、紅白玉入れの玉みたいなものである。当たったところでちょっと痛いだけだ。だからまあ、怖くはない。でも、リャニスにはすまないことをした。


「ごめん、リャニス。僕ちょっと無茶ぶりしちゃったかもしれない」

 僕の弱音を聞き取って、リャニスはかすかに首を振った。


「いいえ、兄上。このような機会を与えてくださって感謝しています。実のところ、俺も少々不満でした。まさか木剣からやり直しとは思っていなかったので。

 それに、訓練とはいえ、こうして兄上をお守りできるなんて俺は嬉しいです」


 リャニスは子供のときみたいに、眉を八の字にして笑うと、僕の前にすっと跪いた。


「必ずお守りします、兄上」


 そう言って、リャニスは僕の手を取った。その真摯なまなざしにたじろぐうちに、彼はふっと笑って僕の手の甲にキスをする。誓いを立てる騎士さながらに。


 母上だな、これ教えたの……。


 可愛いからカッコイイへ、流れるような変身である。いったい誰に対するサービスなんだ。

 お兄ちゃんじゃなければときめいてるとこだよ!?


 あちこちから歓声があがっちゃってるし、なんなら先生まで喜んでるし、どうすんのこの空気。

 内心の動揺を必死に取り繕い、僕は微笑んだ。


「頼みましたよ、リャニス」




 開始の合図とともに礫が一斉に放たれた。

 対してリャニスは、たった三度、木剣を振りかざしただけだった。

 すべての軌道を読んだらしい。最小限の動きで、礫を全て落としてしまった。


 な、ナニそのワザ。


 二投目からは、何人か立ち位置を変えながら、タイミングをずらして投げてきた。


 それでも、リャニスは迷わない。曲芸のように剣を振り回し、次々投げつけられる礫を弾いたり、いなしたりする。やはりきっちりと全てを見ていて、僕にあたりもしないものは、ハッキリと無視する。


 僕は例によって、微笑んで立っているだけだった。ばしべしばしと、次々地面に礫が叩きつけられようと、弟の急成長っぷりにひそかに冷や汗をかいていようと、勝利を確信していますよって顔を作って。


 投げる側のほうが、だんだん顔色をなくしていく。

 最後の一投が力なく放たれて、リャニスは無造作にそれをたたき落とした。


 しんと辺りが静まりかえる。


 待って。リャニスってばすごすぎない?

 いくら素人相手でも。いや、素人だからこそ読めなくない?


 そんなふうに思っていることはおくびにも出さず、僕はリャニスにねぎらいの言葉をかけようと笑みを深める。


 その瞬間、リャニスがハッと振り返り、僕を抱きしめるようにしてかばった。


 僕の耳に、素手で礫を受け止めるかすかな音が届き、彼が持っていた木剣がからんと音を立てて地面に落ちた。


 なにごとかと振り返ると、クリスティラが投げのポーズをとったまま、きょとんと首を傾げていた。

 味方と思ってた側からの、突然の裏切り行為!


 しかも自分で投げといて、なんで不思議そうな顔をしてるんだよ。

 思いがけないアドリブに、さすがに僕も引きつった。


「合格!」


 先生のコールに、リャニスは僕から身を離した。なにやら硬い表情だ。

「咄嗟のこととはいえ、失礼しました」

「ああ、いや……。よくやりました、リャニス。見事です」


 本当はもっと褒めちぎってあげたいところだけど、僕の側も見られている気がするので、貴族っぽい対応にしておく。


 おかげで僕も合格をもらえた。

 なんの合格なんだと思ったが、実際、『護衛される側の心得』みたいな授業があったらしい。

 受ける前に合格してしまった。まさか、母上のあの特訓が役に立つ日が来ようとは。


 我が家では本物のナイフが飛んできたってこと、言わないほうがいいんだろうな。


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