表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/104

18 入学


 短い船旅がおわり、僕は学園島に降り立った。

 島はひとつの街であり、そこにはみっつのスクールがある。


 王族や紋章家、それに成績優秀者が入学する第一。下位の貴族が通う第二。そして第三は平民出身者や落ちこぼれが行くヤンキー校のようなところである。


 僕が通うのは当然第一で、新入生は僕を含めて十五人。ほとんどが顔見知りだ。

 馬車がぞろぞろと連なって、スクールへ向かう。


 馬車の窓から街並みが見えた。一階が店舗で上階は住居、といった感じの石造りの建物が並んでいる。

 どのスクールに属していようと、遊びに行く街はひとつだ。つまり、この島全体が王子と平民の出会いを可能にする舞台装置の役割を果たしているとわかる。


 ただ、一つ懸念事項があった。どうにも、王子が聖女と接触した気配がないのだ。


 聖女は王子に見いだされるまではただの島民だから、平民がスクールに入るなんて! とか騒ぎになるはずなのだけど。

 しかも、キアノ王子が婚約者よりも大切にしている女の子だからね。ノエムの身にも激震が走るわけだよ。


 待てよ。まさか、聖女まで転生者ってわけじゃないよね。

 王子を巡って争うはずの三人が三人とも、「ご辞退申し上げる」では、あまりにも王子が憐れじゃない?


 場合によっては、聖女を探しに行く必要があるかもしれない。

 いや、それとももう会っているのかな。そんで言い出しづらいとか。だとしたら、こっちから話題を振ったほうがいいのかな。


 つらつら考えていたら到着したようだ。

 校舎の周りを石垣がぐるりと囲んでいて、馬車はそこに沿うように停止した。ここから先は徒歩だ。


 先に降りたリャニスが、エスコートしてくれるようなので素直に手を取る。ライラとクロフが後ろから付いてくる。


 わあ、と生徒たちの間からかすかな感嘆の声があがった。

 新緑の柔らかなトンネルが、生徒たちを迎えてくれた。

 プラタナス、イチョウ、サクラの混在する並木を抜けた先に、尖塔のある校舎が見えた。


 校舎を正面に見据えたまま、円形の庭を右手に進めば池があり、さらに奥へと進むと礼拝堂と図書館がある。左手に進めば温室があるらしい。誰かの使用人が誇らしげに説明している。


 寮のホールでは、先輩たちが待ち構えていた。男子は西棟へ、女子は東棟へ案内される中、僕を迎えに来たのは王子だった。

 中央棟は王族のための住まいで、やはり男女に分かれている。


 さて、僕は男女どちらの寮にも入れない。微妙な立場だからね。そのため、中央棟の離れに特別寮なるものが用意されている。


 僕はチラッとリャニスと視線を交わした。

 手を振りたいところだけど、王子にエスコートされちゃってるので笑みだけ送っておく。

 あーあ。僕も男子寮がよかったな。


「あれから体調はどうだ」

 渡り廊下の途中で、王子が不意に切り出した。


「はい。元気です」

「本当に?」


 王子は心配そうに僕を覗き込んだ。

 体調不良の原因を、王子にも打ち明けたほうがいいだろうか。それとも病弱だって思われていたほうが、本当に毒にやられたときに言い訳できるだろうか。


 迷いが生じて目をそらしてしまったせいで、王子の顔つきがだんだん深刻なものになってきた。

「ノエム……」

 僕はため息を押し殺して笑みを作った。このままだと、会うたび毎回この質問されそうだ。


「あのキアノ、お願いが。すこし屈んでくださいませんか」

 僕は王子の袖をくいくい引っぱって背伸びをした。

 リャニスもそうだけど、王子も成長しすぎなんだよ。


「ライラ。人が来ないか見張ってて」

 ライラがあたりを警戒しだすと、王子もようやく身をかがめてくれた。僕は彼の耳元でささやく。


「実は僕、毒に対する耐性が人より弱いみたいなんです」

「毒!?」


 僕はとっさに王子の口をふさいだ。

 彼の前に回り込み、ふるふる首を振ってみせると、王子はたじろいだように頷いた。

 騒がれるのは困る。あんまり大っぴらにするようなことでもないと思うんだよね。思いっきり弱点だし。毒殺とか怖いもんね。


 手は離したものの顔は近づけたままで、僕は内緒話を続けた。


「それで、ですね。毒耐性をつけるための修業をつけてもらっていたんです。だから、無茶をしなければもう、寝込むことなどないです」

 基本的には、僕って健康だから。


 王子は深く息をはき、目を伏せた。

 まつ毛長いね。ぼんやり見つめていたら、王子とパチッと目が合ってしまった。

「では、もう無茶はするな」


「……はい」

「どうしてそこで目をそらす」

 実は僕、まだ習得できていないのだ。一年かかっても、僕の毒耐性はマイナスだ。


 たとえば庭に普通にある、観賞用の花をちょっと肌にこすりつけただけでも赤くなる。

 薬も効き過ぎるからってかなり少なめに処方されてたらしい。

 守る気のない約束は、避けたいな。


「どんな理由があったにせよ、結果的にキアノを追い返してしまったことは事実です。一年もの間、不義理をいたしました。ポメ化の件だけでも、ずいぶんご迷惑をかけておりますし、さらなる瑕疵かしがあると知られれば、これ以上王子のおそばにい――」


 いるわけにもいかない。そう言いかけたとき、今度は僕のほうが口を塞がれた。


「ノエム、それ以上口にしたら、いくら君でも、許さない」

 妙な迫力に押し負けて、僕はコクコク頷いた。


 そっか。まだ時期じゃないってことだね。王子には王子のタイミングがあるもんね。

 焦りすぎた。

 僕はさりげなく王子から距離を取り、歩きましょうと促した。


「えっと。僕のことよりも、キアノの話が聞きたいです」

 なるべく自然に聞こえるように、僕は話題を変えた。かなり不自然だったかもしれない。


「私の話?」

「スクールでどんなことがあったのかとか、スクールに限らず、その……。仲良くなった方がいるのか、とか」

「安心しろ、ノエム。君がいちばん親しい」

 手ごわいな、王子。そう簡単に、聖女の情報は渡さないってことか。




 一晩明けて、入学式だ。

 僕は真新しい制服に身を包み、元気いっぱい出発しようとして、侍女に引き留められた。

「坊ちゃま、王子がお待ちです」


 特別寮のホールで待っていた王子に、僕は急ぎ足で近づいた。


「キアノ! わざわざ迎えに来てくださったのですか? 二年の集合時間はもう少しあとだと聞いていたんですが」

「君の制服姿を、いちばんに見たくて。――よく、似合ってる」


 さっき侍女たちに褒めそやしてもらったけど、それは別枠かな。

 僕もそれとなく王子を褒めておく。


「キアノの制服姿も初めてみました。お似合いですよ」

 いいなあ、男子の制服。よく言えば見慣れた感じの、ブレザータイプのやつ。

 ちなみに僕の制服は例によって男女どちらでもない仕様。徹底しているね。


 渡り廊下の先で一年生たちが静かにはしゃいでいた。女子の制服は、ロングスカートなんだね。

 リャニスは出口付近で僕をまっていて、王子を見てやはり驚いた顔をした。


「殿下、わざわざお出でいただかなくても、兄のことでしたら心配いりませんよ。俺がついています。母からしっかり見ておくよう言いつかっておりますので」

「気にするな。これからもノエムの送り迎えは私がする」


 僕のこと、ものすごく手のかかる子供みたいな扱いするのやめてくんないかな。


「あの、キアノ。お気遣いいただき感謝します。ですが――」

「拒否しないでくれないか、ノエム。この一年、私がどんな気持ちでいたと思う」

「はい、申し訳――」

「もう謝罪は要らない。いまはすこしでも君のそばにいたいんだ」


 向こうで歓声あがっちゃってるよ。

 だから、それ! 僕に浴びせてどうするんだ。


 キラッキラの王子光線をまともに喰らって、思わず僕はふらめいた。

 それがいけなかった。

 王子は僕の背中をガシッと支え、間近に瞳をのぞきこんだ。


「ほら、ちっとも安心できないじゃないか。さあ、手を」

 乗っけちゃうんだよ。条件反射で。で、手を取ったからには送り迎えを了承したってことになっちゃう。


 だから、婚約破棄しづらくなっちゃうよ!?

 王子は僕を心配してるみたいだけど、僕には王子の将来が心配だよ。


 聖女と結婚できなくなったら、僕と結婚しなきゃいけないってこと、王子はちゃんとわかってるのかな。


 入学式のあいだずっと、僕はそんなことばかり考えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ