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17 毒耐性を身につけよう

タイトル変更しました。

「王子の旅立ち」→「毒耐性を身につけよう」


 港に、ひときわ豪華な船が停泊していた。

 王子がスクールへ向かう日がきたのである。

 島への行き来は意外と簡単だ。じっさい、パーティーだ茶会だとみんなよく帰ってきている。王子は一角獣を持っているし、なおさらだ。


 見送りの列のなかに僕を見つけると、王子はまっすぐこちらにやってきた。そして挨拶もそこそこに僕の頬を両手で包みこんだ。


「ノエム、体は平気か」

「はい、元気ですけど?」


 突然なんの心配だろう。たしかに例の修業のせいもあり、精神的には多少やられているけれど。でも、僕の目には王子のほうこそ疲れているように見えた。


「キアノこそ、顔色が優れませんよ。なにかあったんですか?」


 いつものキラキラが半減しちゃってる。お返しってわけでもなかったのだけど、僕のほうからも手を伸ばして、王子の頬骨に触れた。クマができてるから気になって。


「兄上、みなが見ていますよ」


 リャニスがやんわりと止めてくれなければ、そのまま頬をふにふにしちゃうところだよ。ふう、命拾いした。

 それにしても質問の仕方もよくなかったかな。王子は苦く笑うだけで答えなかった。


「ノエム、手紙をくれないか。どんな些細なことでも構わないから。できるだけ頻繁に」


 なんか、前にも似たようなこと言われたな。ポメ化したら知らせてくれって。そういえば、王子による軟禁生活を送っていたときだって、イレオスに驚いて変身したきりだもんな。

 こんど肉球拓でもおくってあげよう。


「わかりました。では、キアノもお返事をくださいますか?」

「もちろん、毎日でも」

「毎日だと僕のほうが間に合いませんよ」


 にっこりと拒否すると、王子はおもいきり顔をしかめた。そうかと思えば僕をきつく抱きしめる。そんなに寂しいのか。


「キアノ、ほかの方にもあいさつが必要なのではないですか?」

 僕は王子の肩をポンポン叩いてなだめる。

 すくなくとも、時の紋章家と、星明りの紋章家を見かけたぞ。レアサーラが海に落ちかけてた。


 いや、ハグが長いな。

 いつまでも王子が乗り込まないものだから、船が出発できずにいる。甲板にも徐々に人が集まっていた。

 あの豪奢な金髪は、フインキ悪役令嬢のアイリーザだろう。また恋バナお茶会を開催されちゃうよ。


「殿下、そろそろ……」

 見かねた従者が声をかけてくれたおかげで、ようやく王子も旅立ちを決意したようだ。


 僕は船に手を振った。

 王子はかの地で聖女に出会う。そして恋に落ちるんだ。

 友情と恋は違うと気づいたなら、王子もきっと変わってしまう。

 僕もそろそろ、次の段階に移ろうと思う。




 王子不在の一年間、僕は安泰である。なんせ原作じゃ二、三行で終わってたから。

 そこで僕は、守られるための修業をきっぱりと辞退して、かわりに図書室にこもった。


 悪役令息としての僕の死因は毒だ。正確には毒だと気づかず治療が遅れて、手遅れになっての衰弱死。


 ということは、気づいた時点で治療してもらえばセーフじゃない? って思わないでもないけれど、毒耐性があればもっと安心だ。


 僕がいま持っている知識といえば、ジャガイモの芽が毒だとか、青酸カリはアーモンド臭がするとかしないとか、イソギンチャクかなんかの毒がすごそうとかそんくらい。

 なんとも心もとない。そこでまずは、毒に対する知識を身につけようという次第だ。


「坊ちゃまは最近、そのような本ばかり読んでますね」

「うん。カッコいいからね!」

 怪しまれてもこれで乗り切った。


 それから、レアサーラに手紙を書いた。死亡フラグのことを相談できるのは彼女くらいだ。


「毒耐性って、どうやってつけるのかな」

 案内された部屋で持参したお菓子を食べながら、僕はさっそく切り出した。


「相談って、それですか?」

 レアサーラは眉を寄せ、壁際に控えるライラをチラリとみやった。僕は軽く身を乗り出して遅まきながら声を潜める。


「ほら、マンガとかでよくあるよね。ちょっとずつ毒を口にして耐性をつけるってヤツ。効果あると思う?」

「あれはフィクションです。ほかの人は全滅して、その人だけが運よく生き残るとかでしょう?」

「ああ、それそれ」


「平気に見えても体内に毒が蓄積して、やがて体を害するとかですよ。ノエムきゅん、絶対に真似しちゃダメだからね!」

 きゅん言われちゃったよ。これ本気の奴だな。

 レアサーラは言葉が乱れている事にも気づかず真顔で続けた。


「ほら、花粉症とかアナフィラキシーショックとかあるでしょう。あれだってそういう……。ああ、話してるだけで鼻が痒くなりそう」


 実感こもってるけど、それはすこし違うんじゃないのかな。鼻をおさえるレアサーラから、僕はそっと目をそらした。


「だいたい、毒なんてどうやって入手するおつもりですか?」

「身近なところに意外とあるみたいだよ。スイセン、ドクゼリ、イヌサフラン。春の山菜取り違えセットとか。ああ、でも僕ずっと気になってるんだよね。スイセンとニラをまちがえたって話よく聞くけど、においを嗅げばいいんじゃないかな?」


 レアサーラはあまりピンときていないようだった。都会の人かな。


「ええと、実はスイセンって葉っぱよりも球根のほうが危険らしいよ。だから毒殺を狙うなら根のほうも混ぜて……」

「方向性が変わってますよ。悪役にでもなるつもりですか」

「もともと悪役ですが」

「巻き込まないでくださいね。わたくし穏やかに生きていきたいので」


 それからしばらくおしゃべりして、その日のお茶会は終わった。有益な情報は得られなかったけど、別にいいや。レアサーラが相手だと取り繕う必要がなくて楽なんだよね。


「ではノエムート様、気をつけてお帰りくださいね」

 言ってるそばから本人が階段落ちするのには参ったけれど。しかしゴロンゴロン転がってたのに、本当に怪我とかしないらしい。


 ギャグ体質ってやつなのかな。僕がこの先しくじっても、彼女は大丈夫そうだな。そういう意味でも安心だ。


 帰りの馬車で僕は鼻歌交じりで窓の外を見ていた。

 ふと視線を感じて振り向くと、なにやらライラが僕をじっと見ていることに気づく。


「坊ちゃま、どなたか抹殺したい輩がいるのですか。……王子ですか?」


 危うくふきだすところだった。


「え、なに、ライラ」

「お命じくださるだけでいいのです。坊ちゃまの手を汚すなど」

「まって! 誤解だよ、思いつめないで! 誰も毒殺しようとか思ってないからね」


 まして王子を、だなんてひどい誤解だ。


「僕、王子には幸せになってほしいんだよ」

「……他人事のようにおっしゃるんですね」


 ライラが意外そうに眉をあげたので、僕は一瞬息をのんだ。そのとき、馬車がガタンと揺れて僕は否定をしそこねた。変な間が空いてしまって焦る。


「王子だけじゃないよ。家族にも、友達にも、ライラたちだって。いや、ライラはもう家族みたいなものだけどさ。僕はみんなに幸せになってほしいんだ」

 その場のごまかしみたいに言ってしまったが、これは本心だ。


「家族……? あたしがですか」

 ライラは呆然とつぶやいた。

「うん。あつかましいかな」

「いえ、まさか! その逆です」

 首を傾げる僕に対して、ライラは目を伏せた。

「坊ちゃま、あたし、平民の出なんです」


 ギフトは貴族にしか与えられないとされる。だから間違って平民がギフトを得てしまった場合、貴族に引きとられるのだ。ライラス家の養女だとは知っていたけど、そこまでは頭がまわらなかったな。


 いや、でもどこかで彼女が平民出身だと聞いたような……。って、あれか! 僕はさっと青ざめた。

 ライラにいちゃもんつけて下働きの身分に落としたときだよ。王子の婚約者である僕に、平民の侍女など相応しくないなどと思いあがって。


「うっ、あのときは、本当に申し訳ないことを」

「いいえ坊ちゃま、謝罪ならもう充分いただきましたから。そうではなくて、そのようなことをおっしゃっていただけるとは思ってなくて」


 ライラはいつもより、心持ち饒舌だった。


「あたしは、多少腕が立つからと奥様に拾っていただきましたが、ほかに取柄もないし、貴族社会にもなじめそうもありません。最初は、坊ちゃまのことも嫌いでした」

「最初はってことは、いまは違う?」

 ライラが頷いてくれたので、僕はホッとした。アレを多少腕が立つで片付けるのもどうかと思うけど、今は触れまい。


「あたし、貴族のなかで坊ちゃまほど素直でお優しい方を知りません」

「それは買い被りすぎだよ。僕は身の内に悪い心を秘めてるよ。いっぱい!」


 悪役令息だからね。いろいろごまかしてるし、嘘だってつく。


「悪い心は、誰でも持ってます。妬みも嫉妬も、誰かを呪うような気持ちも。ジョアンを見ていたら、このくらいの気持ち、普通なのかなって思います」


 ジョアンを基準にするのはどうかと思うけど。ライラの純粋な気持ちを踏みにじりたくないな。せっかく褒めてくれてるんだし。それに仕事仲間が仲良しなのはいいことだ。


「そうだ。毒に興味をお持ちならジョアンに尋ねてみてはどうですか? 彼女はもともと、坊ちゃまの毒味係として雇われたそうですから」

 ライラが怖いことをあっさりと言った。

「僕、誰かに毒盛られてんの!?」


「王子の婚約者はたいへんな名誉なのだと窺いました。婚約が決まったばかりのころは、いろいろと危険がありましたよ。あ、でもご安心を。すでに奥様と旦那さまが対処済みです」

 わあ。僕やっぱり、悪役令息できてないのかもしれない。まわりのほうが、よっぽどだよ。


 後日ジョアンに毒耐性のことを相談したところ、彼女は最初、僕に教えるのを渋った。そりゃそうだろう。

 だがお見合いを何件かセッティングしてもらうことで彼女の口も軽くなった。

「毒をそのまま摂取してもだめですよ。ギフトに溶かすんです。それを全身に巡らせてすこしずつ耐性をつけていくんです」


 ジョアンはなんてことないように言ったけど、これがなかなか難しかった。

 他言無用を約束したため、ほかの人には相談もできなかったし、ギフトのコントロールを練習しつつの荒業だったから、僕はしょっちゅう失敗した。

 顔に発疹ができたり、お腹が痛くなったり、熱を出したり。




 そんなわけでその年、僕は社交を休みまくった。ほとんど家から出ず、王子に会うことさえしなかった。なので冬になって非常に驚くこととなった。


 本日は舞踏会である。

 一年の終わりと新年のはじまりを寿ぐために、王族と紋章家、それに力のある貴族たちが集まっている。

 この春スクールに通うことになる子供たちにとっては、はじめての舞踏会だった。

 お茶会の席とかでよく会う子もいれば、話したことのない子もいる。着飾った同級生たちはみな、正直僕より年上に見えた。


 リャニスだけが早熟なのかと思ってたよ。ぐんぐん背が伸びて声変わりも終わらせちゃったし。

 でも、この世界ではこんなもんらしい。

 レアサーラだけは記憶のまんまのちびっ子で、お互い代わり映えしませんなと目配せしちゃったよ。


 いや、一応僕も伸びたけどね、背。

 リャニスが伸びすぎるから、並ぶと僕のほうが弟みたいになっちゃうだけで。


 そして久々に会った王子も成長していた。リャニスより少し背が高いかな。肩ほどだった髪も、背中まで伸びている。

 挨拶のために王子の前に立つと、彼はすっと目を細めた。


「おひさしぶりです、キアノ。なかなかお会いできず申し訳ありません。……あの、怒ってますか」

「怒っている。と、言いたいところだが、君の顔を見たら全部ふっとんだよ。きれいになったな、ノエム」


 王子ムーブ、健在! だからそういうの、聖女にやってほしいんだって。

 っていうか悪化しない? 僕はぜんぜん変わってませんけど。なんなんだよ、きれいになったって。

 久々に浴びた王子の甘くてスパイシーに、僕はすっかり動揺してしまった。

 頬を隠すため持ち上げた手を、王子は下からひょいと取った。


「ここからは私がエスコートする。ご苦労だったな、リャニス」

 やっぱりまだ怒っているようだ。棘のある笑みをリャニスに送って、王子はそのまま僕をダンスの会場に導いた。


 ちなみにダンスの会場へはいれるのは王族と紋章家の子息だけだ。侍女や侍従もここでいったん離れる。

 僕も入るのは初めてだ。


 ホールはステージを取り囲むようなU字型になっていて、五階層のバルコニー席となっている。

 ステージは薄暗く、椅子が一脚主を待つようにぽつんと置かれているのがかろうじてみえるだけだ。


 そこに、パッとスポットライトがともったとき、先ほどまでは誰もいないと思ったのに、人が座っている。

 歓談していた人々がふいに静まり返り一斉に頭を下げた。


「みな面をあげよ」

 頬にくっきりと涙の形の紋章の浮かぶ、国王がそこにいた。琥珀色の髪に水色の瞳の王は、けだるげに立ち上がり、祈りを捧げるように両腕を掲げた。


「今年も神々の恵みにより無事、幕が下りようとしている。今宵はみな等しく道化となり、歌い踊るがいい。終幕のその瞬間まで神々を飽きさせるな!」

「神々を飽きさせるな!」


 人々の唱和に驚いているうちに、音楽がスタートした。


「ノエム」

 キョロキョロしていたら、王子に声をかけられた。彼は僕と目が合うと微笑んで、きれいなお辞儀をした。

「私と踊ってくれないか」

 僕の立場で断れるわけがないのに、王子はすこし緊張しているようだった。

 その緊張が僕にも移ってしまった。

「よろこんで」

 王子の足、踏みませんように!


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