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15 ホームシックではないと思う

 王子たちの住まいは石造りの集合住宅だ。ところで王子とひとくくりにされているが、ここにいるのは当代の王の子だけではない。この国では王族の子供はだいたい王子と呼ばれる。次代の王候補としてまとめて管理されている感じだ。王族も大変だよね。

 キアノ王子の部屋はといえば、東翼の三階にあるらしい。王子はウキウキしたようすで僕を案内してくれた。


 王子の私室。未知の領域だよ。王子がうちにくる以外は、公的な場で会うことがほとんどだから。

 三部屋ほど順に見せてもらって、最後は寝室だ。まあ、ゴージャスですね。だけどよく見ると家具なんかは年季の入ったものが多い。


「ノエムはこの部屋で休むように」

 返答に困っていたら、侍従が代わりに止めてくれた。

「王子、それはなりません。ノエムート様には別の部屋を用意いたします」


「危険があるからと私が連れ出したのだ。しっかりと目の届く場所にいてもらわなくては。それに、ノエムは婚約者だぞ」

「であればこそです。お互いの名誉に傷がつくことになります」


 王子はムッとしている。めんどうだよね。お泊り会もできないなんてさ。


「仕方ないですよ、王子。兄弟同士でさえダメだって言われちゃいますからね」

 弟の寝顔を見るチャンスがあれで終了だなんて、ほんと世知辛いよ。


 しかも、リャニスのほうが先に起きてたから、見られなかったという……。

 遠い目をしていたら、王子がどすどす近づいてきて僕の肩を揺さぶった。


「それはそうだろう! 兄弟と言っても、リャニスは義弟ではないか。そんなこと、許されるはずがない」

「も、もちろんそうですね……」

 よし。墓場まで持っていこう。こんなに怒るとは思わなかった。文化の差だな。


 リャニスといえば、今回は一緒じゃない。

 王子に連れてこられたのは僕だけだ。もちろんリャニスも一緒にと言ったのだが、「俺はやりたいことがありますので」と断られてしまったのだ。


 ついでに王子の住まいは女人禁制のため、ライラたちも連れてこれない。

 ものすごーく心細い。

 来たそばからホームシックとか恥ずかしすぎるから、言わないけどね。




 さて、暇である。

 当然ながら王子は忙しい。一応朝食と夕食はご一緒しているが、日中は僕ひとりだ。

 自主的に勉強しちゃうくらいには退屈だ。


 危険だからと外に出してもらえないし、おしゃべりする相手もいない。

 窓から王子の帰りをのぞき見て、駆け寄ってしまっても仕方ないと思う。


「キアノ! お帰りなさい」

 僕はいまワンコ状態だ。しっぽがあったらブンブカ振ってるに違いない。

 王子がわしゃわしゃ髪を撫でるのがその証拠だ。


 ハッと我に返って、お互いなんとなくごまかしあう。


「かわりないか、ノエム」

「はい。少々退屈なくらいです」

「すまない。私が一緒にいてやれればいいのだが」

「いいえ、とんでもない。むしろご迷惑でしょうから、そろそろ帰していただきたく」

「犯人が捕まるまではダメだ」


 きっぱり言われちゃったよ。

 ……あの仮面の男。あの人がそう簡単にしっぽなんて掴ませるだろうか。相当な自信があるから、あの場に姿を現したんだと思う。


 それに、保護だってわかってはいるけど、だんだん軟禁されている気分になってきちゃったんだよ。

 僕、今度は王子に誘拐されてない?

 僕が微妙な気分になっていることに、王子は気づかなかったようだ。


「今日は客人を連れてきたんだ。勉強でわからないところがあると言っていただろう? 彼に聞くといい。――入れ」

「はい」


 返事と共に入室してきた人物を、僕は一瞬見誤った。

 黒いブーツ、黒いマント、そのゆったりとした歩き方。


「あ」

 つぶやいてまもなく、僕はポメ化した。

 しっぽを巻いてあとずさりした僕を、王子が拾い上げる。


「ノエム? どうした、イレオスだぞ」

 そう。よく見れば僕にもわかった。だけど僕は、彼を仮面の男と勘違いしたのだ。

 怖い。違うとわかってもまだ心臓がバクバクいっている。


「これは、驚かせてしまい申し訳ありません。ノエムート様」

 イレオスはすこし屈んで僕をのぞきこんだ。僕は思わず、王子にぴたりと体をくっつける。


「どうやら出直したほうが良さそうですね」

「すまない、イレオス。あの事件以来、ノエムは少々、変身しやすくなっているんだ」

「いいえ。こんなときに心苦しいのですが、一度この目で変身を見てみたいと思っておりました。実際、とても興味深い。なるほどポメ……、ですね」


 王子になでられているせいか、イレオスの話し方が穏やかだからなのか、僕はだんだんと落ち着いてきた。とはいえ、まだ元にはもどらない。


「ノエムート様、お可哀そうに。さぞおつらいことでしょう」

 僕の様子を見て、イレオスは見舞いの言葉を口にした。心から僕を案じているように見えた。なんだか、怖がってしまって申し訳ない。


「殿下、ノエムート様を家族のもとに返して差しあげてはいかがですか。心細いのではないでしょうか。まだお小さいのですし」


 あ? なんだって!

 家族に返してあげたら、のあたりはいい人だなって思って聞いていたのに。僕を子供扱いするとは許しがたい。


 王子は僕の頭をなでながら、明るい笑い声を立てた。


「これでも本人は大人のつもりでいるのだぞ。イレオスともそんなに年の差はないようなことを言っていたからな」

 突然の暴露!

 抗議のつもりで僕は、王子のみぞおちにごりごり頭を押し付けた。


「それは……」

 イレオスはわずかに眉をあげ、すぐに笑みを浮かべた。怒らないね。それどころか微笑ましそうに謝られちゃった。大人の対応だ。彼と比べるとたしかに僕は子供かも。

「大変失礼をいたしました、ノエムート様。お許しを」


 あれえ?

 僕は首をひねった。なんかもう、ぜんぜん怖くなくなっちゃったぞ。はじめて会った日の印象通り、ただの行き過ぎたイケメンだ。


 だが、彼は宣言どおり帰ってしまった。

「では、殿下。今日はこれで失礼します。ノエムート様もまたお会いしましょう」




 イレオスが立ち去って、王子はポツリとつぶやいた。すこし残念そうだった。


「ノエムはイレオスが苦手なのか?」

「いえ、そんなことは、ないはずですが」

「だが、もどったな」

「そうみたいですね」

 抱き合ってるみたいな姿勢のまま会話をしていたら、侍従に咳払いされてしまった。そりゃそうだ。


「キアノは、イレオス様と仲がよろしいのですね」

「そうか? うん。そうかもしれないな。実はイレオスとも婚約の打診があって」

「え!?」

 それ、どういう組み合わせ!?


「いや、誤解するな。きっちり断ってくれたんだ、彼は。今後いっさい、そのような話がでないよう取り計らってくれたんだ。――だから、色々と相談しやすいということはあると思う」


 話しながら、王子は視線を下げた。

 迷うようなそぶりに、彼がなにを言おうとしているのか、僕はなんとなく察してしまった。


「僕との婚約を解消するように、働きかけるものがいるのですね? いいのです。隠さないでください」

「ノエム」


 王子はハッと顔をあげた。

「私は、君との婚約を白紙にもどす気はないからな!」

 ふむ。そのほうが王子のためだと思うよ。僕からほかの誰かに乗り換えて、そこからさらに聖女に乗り換えるとなると、王子のイメージがだいぶダウンしちゃうから。


 ポメ化のせいで、王子に余計な苦労をかけてるわけだよな。僕にできることはなんだろう。やっぱ、防波堤になることかな。


 僕は王子の手を両手で包み込み、微笑んだ。

「はい。キアノ。許される限り、おそばにおります」




   ◇


 数日後、犯人が捕まった。

 たぶん、身代わりだなと思ったけれど、僕は口を閉ざした。下手なことを言えば、帰宅できないからである。

 迎えに来てくれたライラを見て、僕はホッとしてしまった。

 実に一週間ぶりである。


 王子はすこし、寂しそうだ。僕も寂しいかも。家に帰れるのは嬉しいけれど。こんなに長い時間、一緒にいることってなかったもんな。


「あたし、王子のこと見損ないました。こんなときに坊ちゃまを家族から引き離すなんて。やり過ぎだと思います。坊ちゃまなら、あたしがしっかりお守りするのに」

 馬車が出発するなり、ライラは怒りだした。


「ライラ、僕のこと心配してくれるのは嬉しいけど、不敬罪とかで困ったことになるからね。ほかでそんなこと言っちゃダメだよ」

「わかっております」

「でも、ありがと。怒ってくれて」

 僕はライラの肩にそっとよりかかった。


「みんなは元気にしてる?」

「……はい」

「なんか、間が」

 え? セクハラで訴えられちゃう? 内心焦ってまっすぐ座り直す。


「いえ、お元気はお元気でいらっしゃいますよ。ただ、詳しくは奥様に聞いてくださればと思います」


 ライラが口ごもるようなこと?

 なにをやってるんだ、母上は。


 屋敷にもどるとすぐにリャニスが駆けてきた。

「兄上! お帰りなさい!」

「りゃ、りゃ、りゃ……リャニス! その怪我どうしたのおおおっ!?」


 リャニスは顔に痣を作っていた。顔だけじゃない、良く見ると手にもいっぱい切り傷やら打身やら。ほかは隠れてるからよくわからないけど、足元めくってみたらやっぱり傷がある。


「あの、兄上」

「なに、なんで、こんなことに……」

 ボロっと泣きだした僕を見て、リャニスも慌ててしまったようだ。

 胸の前で手をぶんぶん振って、ついでに首もいっぱい振っていた。

「これは、母上が!」

「母上が!?」


 出迎えにやってきた母上に、僕はつめよった。

「母上、これはいったいどういうことですか」

「なんです、ノエム。はしたない。まずは挨拶なさい」

「ふわあっ! ただいま、帰りました!!」


 怒りのあまり、変な声出た。

「それで母上、リャニスの怪我はどういうことなんですかっ!」

 いくら母上でも、僕の大事な弟を傷つけようなんてただじゃ置かないぞ!

「兄上、これは稽古です」

 リャニスが割って入った。止めるなリャニス、僕は怒ってるんだ。


「稽古おっ!?」

「そうですよ、ノエム。リャニスは決意したのです。実に立派なことです」

 母上は、いつにもましてキリっとした顔で頷いた。

 僕の横でリャニスもキリっと顔を引き締めた。


「はい。俺は、兄上を守り切れませんでした。驕っていたのだと思います。あんな後悔、もう二度としたくないんです! ですから母上に頼み込んで稽古をつけていただいているのです!」

「そんな、そんなことしなくても!」


 なにその、決意は固いみたいなまなざし。オロオロする僕に対し、リャニスはふと笑った。

「兄上、俺は強くなります。だから、兄上も応援していてください」


 あ、兄の威厳、どこに行った……?

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