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14 今夜だけは一緒に

 クロフとライラの活躍があって、僕とリャニスは無事、誘拐犯のもとから帰還できたのだけど、僕はまだポメラニアンのままだった。


 僕はリャニスの手をペロペロ舐めた。慰めようとすると、なんかそうなっちゃった。


 リャニスも僕も動揺しているせいか、なかなか元にもどれない。親子三人になだめられて、ようやく変身できた。けれどみんなの手が離れると、途端にポメになってしまう。


「兄上!」

 リャニスがまた泣いちゃいそうだ。

 それでも彼は懸命に僕をなでた。今度はすぐ人に戻った。もう手をはなしても大丈夫なのか、僕にも自信がなかった。


 僕とリャニスはじっと見つめあった。リャニスの気持ちが、僕にはわかる気がした。いまは離れたくない。目を離したすきに、リャニスが居なくなっていたらと思うと怖いのだ。きっと、リャニスだって同じだ。


「母上、どうかお願いです。今夜だけ、リャニスと一緒に寝ちゃダメですか」

「ノエム、あなた! あなたは王子の――」

「そんなことわかっています! だけど、別にいいでしょう! 十歳の兄弟が一緒に寝たとこでかわいいだけだよ!? ほかになんかありますか!」


 僕は必死だった。思いつくまま、まくしたてた。


「僕は最低です。リャニスを守ると言いながら、結局リャニスを巻き込んだ。なんか変な人に狙われてるらしいし、離れていたほうがリャニスにとっても安全だって頭ではわかってるんです。だけど、無事を確認できる場所にいてほしい。お願いです母上、せめて今日だけでも」


「母上、俺からもお願いします。兄上のお側に居させてください。このような状態の兄上をお一人にするなどできません」


 僕はともかく、リャニスにまで懇願されて母上も少々たじろいだ。

 メソメソしていた父がふいに顔をあげた。


「そうだね。一夜に何度も変身すれば、ノエムの体に負担がかかるかもしれない」

「それはそうですけれど……。そうだわ、ノエム。今夜は母と休みましょう」

「え? 母上は嫌です」


 普段どれだけご令嬢扱いされようが、僕は身も心も男なのだ。十歳にもなって、母親の添い寝は心から遠慮する。

 父上もわかってくれたのか、ゆるく微笑んだ。


「うん。今夜はリャニスに任せよう。エマ、私たちはまだやることがあるだろう?」

 父上が手を差し伸べると、母上もそれ以上文句は言わなかった。しぶしぶって感じだったけど。


「やることって?」

「我が家に侵入者があった。誰か手引きした者がいるはずだ。あぶり出さなくては」


 父上は笑顔だったけど、目が笑っていなかった。ちょっと怖い。ふわふわしてても、一応は悪役令息の父なんだなと僕はようやく実感した。




 はやく寝るように言われたのだけど、僕とリャニスは枕をぴたりとくっつけて、ベッドの中でいつまでもポツポツ話をした。


「ごめんね、リャニス。すっかり巻き込んでしまって」

「それは違います。俺、はじめから知っていましたから」

「え! な、なにを!?」


 僕は目をひんむいてリャニスを見つめた。心臓がバクバクいっている。どれがバレたんだ。前世、死亡フラグ、わざと攫われようとしたこと。どれもマズい!


「兄上もご存じのこととは思いますが、ここ数日、我が家のまわりを不審なものがうろついていたでしょう?」

 僕は顔色を変えないように努めた。

 ……ご存じありませんけど?


「それに、例の装置のそばでも怪しげな人物が兄上に近づこうとするのを見ました」

「例の装置? ああ、馬糞変換装置か」

 念願かなって見学できたというのに、いろいろあったから記憶からすっ飛ばすところだった。


「それで、どうにも心配になって。――兄上には申し訳ないのですが、クロフと相談して兄上に鈴をつけてもらっていたんです」

「鈴!?」

「だから、クロフが来ることを俺は確信していました。兄上は不安でしたよね。本当にすみません」


 え、僕、GPSつけられてた。いや、でも。だからあんなに早く助けに来たのか。

「それ、よく母上が――」

「ああ、いえ。さすがに母上には話していません。クロフも、本当に使うことになるとは思っていなかったみたいですよ」


 あぜんってヤツだ、これ。

 誘拐イベントが起こると知っていてなお、準備不足だった僕に対し、周囲の状況から危険を察知してきっちり対策していたリャニス。差が……。

 なんなんだ。リャニスは名探偵にでもなる気なのか。


「でもね、兄上。俺は非常に不服なんです。兄上は、俺のことばかり気にして、ご自分が攫われたこと、ちっとも反省していらっしゃらないじゃないですか」

「そ、そんなことは」


 はっきりいって、僕はうろたえている。

 僕が攫われることは予定調和だ。だから、そう。反省なんてしていない。

 しまった。これが一番バレちゃだめなヤツだったか。


「ハンセイシテマス。ゴメンナサイ」

「ちゃんと目を見て言ってくださいよ」


 おそるおそる目を合わせると、リャニスはあきれ顔などではなく、僕を心から案じているようだった。なによりも堪えた。

 このままだと、リャニスにあれこれ打ち明ける日がいつかきちゃうんだろうな。

 嫌だな。僕が早死にするってこと、この子には知られたくない。

 ため息を、押し殺した。


「……わかったよ。もう、無茶なことはしない」

「約束ですよ」

「うん。約束」

 それでようやく安心したというように、リャニスは大きなあくびをした。




 次の日にはもう、僕は心身ともに持ち直していたのだが、家族全員の過保護により、ベッドに押しこめられていた。


 くっ、これが物語の強制力っていうやつか。

 無事救出されたノエムは、怖くて引きこもり気味になるんだよね。そのときばかりはさすがのノエムもツンケンできなくて、見舞いにきてくれた王子のまえで素直になっちゃう。王子とほんの少し、いい感じになる貴重なシーンだ。


 だけど、犯人はまだ捕まっていない。いくら王子だってそう簡単には来られまい。

 てことは僕、しばらく部屋から出してもらえないのかな。


 ちょっと気が遠くなりかけたのだが、王子は次の日の朝やってきた。どうやら開門と同時に出てきたらしいのだ。聖騎士を引きつれて、一角獣でぶっ飛んできた。


 王子はちらりとリャニスのほうを気にしたが、出ていけとは言わなかった。


「ノエム、遅くなってすまない。本当は、すぐにでも飛んできたかった」

「実際飛んできてくださったではないですか。お気持ちだけで充分です。あの、誤解しないでくださいね。僕はもう元気ですから」

 むしろさっさと寝室から出たい。本心なのだが、王子はどうにも納得していないようだ。

「知らせを聞いて、どれだけ心配したか……」


 え? 泣いちゃう? 王子も泣いちゃう?

 ううう、小さい子に泣かれるのダメだな。胸が押しつぶされそう。

 僕は気づけば王子の頭を撫でていた。


「キアノ、ほら、顔をあげて。こっちを見て。ね、僕ならもう大丈夫! だから王子も元気をだして。王子は笑ってるほうがいいよ」


 微笑みかけてから僕は内心、ちょっとあせった。いま敬語忘れたな。

 王子は、僕の名前をつぶやいたきり呆然としている。なんとかごまかさなくては。


「キアノが顔を見せてくださったから、僕はとても元気が出ましたよ。でも、今は危険な状況でしょう? 王子になにかあったら、それこそ僕は立ち直れません。ですから、事件が解決するまでは、もう我が家にも顔をださないほうが良いと思うのです」


「平気だ。そのために護衛を増やしたのだから」

「いいえ、殿下」

 リャニスがそこで口を挟んだ。


「いくら数を増やそうと、経路や護衛の数を知られれば対策をたてられます。殿下が動けばどうしたって目立ちますし、危険です。それに聖騎士だって、王子の私用で動かして良いものではないでしょう」

 リャニスの言い分は正しい。護衛が首もげそうなほどうなずいているし。けど、ちょっと言葉がキツイ。いつもいい子なのに、どうして王子にだけ喧嘩腰なんだろうね。睨み合わないで! ヒヤヒヤするよ。


「リャニスも僕も、キアノの身を案じているのです」

「それを言うなら君のほうがよほど……」

「え?」

 王子が低くつぶやくので、僕は聞き取りそこねた。

「ノエム。君はこの家で攫われた。そうだろう?」


「はい、まあそうですけど。ですが内通者はもう処分したそうですし」

「いいや、それでは生ぬるい! 犯人が捕まるまで私のもとに来るといい。それならば、誰も文句はないだろう」

「んえ……?」

「君の身の安全も保障できて、私もウロウロするなと叱られずにすむ。わかったな、ノエム」


 あ、これ。決定事項だ。

 絶対に譲らないぞって顔に書いてあった。


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