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11 うまく攫われなきゃ

 僕とリャニスは、剣術の稽古をしている最中だった。

 リャニスは先生と真剣で打ち合っているし、僕はすこし離れて藁束を木刀でポスポス叩いていた。


「ていっ!」

 ぽすぅん。そんな感じ。

「はははっ! ずいぶんと弱そうな打撃だな」

 王子のあかるい声が聞こえたので、木刀をもったまま駆けよってしまった。


「それでは全然痛くなさそうだ。ノエム、ためしに私を打ってみよ」

「えっ!? だ、だだだダメです!」

 僕はあわてて木刀を放り投げた。


「降参か?」

「はい」

「そんなことではすぐに攫われてしまうぞ」


 王子は自分がそうするとばかりに、僕の手をつかんだ。

 ドキッとしてしまった。レアサーラに忠告されたばかりだ。とはいえこのフラグ、避けるわけにもいかないんだよね。

 僕の代わりに、誰か別の子どもが攫われる可能性だってあるわけだし。

 

「ノエム。怖がらせたか」

 王子はまじまじと僕をのぞきこんだ。さり気なく頬に手をかける王子ムーブつき。僕もだいぶ慣れてきたよ。


「いえ。平気です」

「殿下、攫われるとはどういうことですか、なにか事件でもあったのですか」

「いや、そうではない。リャニスランは少々マジメすぎるな」

「そうなんですよ、キアノ」

 王子が苦笑したので、僕も調子に乗って頷いた。

 

「リャニス、安心してね! うっかり攫われるとしたら僕だから!」

 バチンとウインクしたら、王子がため息をつき、リャニスはすっと表情を凍らせた。


「それのどこが、安心できることなのですか」


 あれ? 見たことないくらい怒ってる? 僕がへらりと笑って降参のポーズをとると、その手を片方、リャニスがつかんだ。

 反対の手は、王子が握った。両側からの圧が!


「本当に……。心配だな、君は。自分ならば、攫われていいと言うのか」

「いえ、その――」


 そういうわけじゃないと、僕はハッキリ言えなかった。 

 だってこれは、僕に用意されたイベントなんだよ。それなのに代わりにリャニスが攫われたら?

 考えたくもない。

 王子だって危ないんじゃないか。原作じゃこんなふうに身軽に来なかったはずだ。


「……兄上?」

 疑いのまなざしを向けられている。僕は内心の焦りを隠して笑った。ちょっと引きつっていたかもしれない。

「あ、えっとほら! リャニスはしっかりしてるから」


「ノエム!」

「兄上っ!」

 王子とリャニスが声をそろえた。こんなときばかり、気が合うなんて。まあ、責めることはできないけど。

 僕は表面で謝りながら、考えていたわけだから。どうやら僕はうまく攫われなきゃいけないぞって。




 とはいえ僕の計画は、さっそく頓挫とんざしようとしていた。

 僕のうちは、紋章七家と呼ばれる上位の貴族である。そのうえ、僕は王子の婚約者。家のなかを移動するときでさえ、侍女がついてくるんだよ。ぬけだすの難しくない!?


 そしてもうひとつ、頭を抱えているのはリャニスのことである。

 いつもは、僕のほうからリャニスを探して付きまとってるわけだけど、なにか察したのか、珍しくリャニスのほうから付いてくる。


「兄上、どうかされましたか? なにかお探しですか」

 抜け穴を少々。なんて言うわけにもいかないよね。


 小説の中のノエムは、もしかしたら僕が思っていたよりも孤独だったのかもしれない。気位が高いノエムは、ご令嬢たちともうまくいっていなかった。


 家でもリャニスのほうが大事にされていると感じていたし、使用人たちも彼を煙たがっていた。

 だから余計、王子の愛情に期待したのだと思う。


 いまの僕はというと、メチャメチャ見まもられている。

 ポメ化のせいで僕は、手のかかる子だなあ、仕方ないなあと、あったかい目で見られている。

 ありがたいよ! すごくうれしいけど、手詰まりである。




 その日は会話の少ない夕食だった。父上はまだ帰ってなくて、食卓を囲んでいるのは親子三人だ。

 リャニスが不意にフォークを置いた。

「兄上、お願いがあるのですが」

「いいよいいよ。なんでも聞いちゃう」


 僕は気楽に答えた。

 身内だけとはいえ、我ながら気持ちわるい返事だ。でもね、弟の貴重なおねだり、答えはイエスしかないんだよ!


「安請け合いはいけませんよ、兄上」

 うおう、目つきがひんやりしてるよ。まだ怒ってるのかな。

「えっと、ごめんね。なんのお願い?」

「実は、一緒に来ていただきたい場所があるのです」


 外出か……。

 誘拐フラグの心配もあるけど、大人もいるし、まあ大丈夫かな。いや、それよりチャンスととらえるべきかな。


「いいよ。どこに行くの」

 リャニスは答えず、ため息をついた。

「兄上、そのまえにひとつ約束してほしいことがあります」

「う、うん」


「当日はけっして俺から離れないでください」

「僕ってそんなに危なっかしい!?」

「そうですね。兄上はこのところ特に、落ちつきを欠いているように見えます。そうかと思えば、なにか考え込んでいらっしゃいますね。――非常に、心配です」


 あやうく吹きだすところだった。

 するどいどころの話じゃないよ! リャニスって本当にチート持ちなんじゃない。心のなかを読まれてるようだ。

「な、なんのことかな……?」

 

 全然ごまかしきれていない。リャニスのまなざしが、ますます冷ややかになった気がする。

「ひとりにするよりは、俺と一緒に来ていただいたほうが、まだ安心できます」


 僕は困って母上に視線をやった。どちらにせよ、出かけるなら母上の許可がいると思ったからだ。母は食事の手を止めキリリと僕をみつめた。


「ノエム。リャニスのいうことをきちんと聞くのですよ」

「僕が兄なのに!」

 騒いでも相手にしてもらえず、結局リャニスと約束を交わすはめになった。

 ひとりでウロウロしない。それから、リャニスから絶対に離れないって。

 ああ、誘拐フラグが遠ざかるよ。



   ◇

「というわけで、どこに行くかは知らないけど、出かけることになったから」

 おでかけの予定について侍女たちと打ち合わせしていたら、ライラが顔を曇らせた。


「その日は、奥様のお言いつけがありまして」

「ああ、お見合いするんだっけ? わかった。つき添いはヘレンに頼むから、ライラは安心して行ってきて」

「いえ、そうではなくて。あたし、行きたくないんです」


 ライラの答えに、部屋の中がピリッとした。

 日中はライラが付いていてくれることが多いけど、僕の侍女は一応交代制だ。細身のクール美人ライラ、ふっくらおっとりしたヘレン。そして、玉の輿に執念を燃やすジョアン。ヘレンはともかく、ジョアンのまえでこの話題はマズい。今もなんか、妖怪みたいな顔でライラを睨んでるからね。


 僕もね、ジョアンにあの顔されたことある。

「坊ちゃまなんて最高に妬ましいですよ! 男のくせに王子の婚約者なんて。その年でもう安泰だなんて!」


 ぜんぶ顔と態度と口に出しちゃう分、陰湿なことはしないからいいんだけど、この手の話題のときだけ顔面がホラーなんだよ。夢にでそう。


「ライラ、すこし話そうか。今日のブラッシングはライラがしてくれる? ふたりは先に休んでていいよ」


 ふたりが退出してから、僕は切り出した。

「相手のひと、聖騎士だって聞いてるよ。ライラに一目ぼれしちゃったんでしょう? すごいじゃないか」

 聖騎士とは一角獣に乗る騎士のことで、いわゆる花形だ。結婚相手としてはかなり倍率が高いらしい。


「相手が誰であろうと、あたしは結婚する気はありません。あたしはお見合いよりも、坊ちゃまについていきたいです」

「気持ちはうれしいよ、ライラ。それでも向こうにもメンツってものがあるからさ、ちょっと顔を見るだけでも」


「坊ちゃまも、奥様とおなじことおっしゃるんですね」

 まあね。すでに言いふくめられたあとなんで。

 でも、ライラは納得できないようだった。

 しばらく黙り込んだまま、僕の髪をとかしていた。


「ライラ、我が家としてもね、ライラを預かっている以上、そういう機会をまったく与えないというわけにもいかないんだよ。すでにライラは結構な量のお見合い断ったあとだって聞いたよ。そのつまり、わかるよね? 僕は母上には逆らえない」


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