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10 悪役令嬢レアサーラの訪問


「先日は、本当に失礼をいたしました。謝罪が遅くなったことも重ねておわび申し上げます」

 王子主催のガーデンパーティーで、僕の衣装を汚してしまったおわびをしたいと、レアサーラ嬢がやってきた。


「リャニスラン様にも、みっともないところをお見せして大変申し訳なく思っています。また、お優しい対応をいただいたこと、感謝の念に堪えません」

「お気遣いいただきありがとうございます。レアサーラ様」


 僕はニコリと笑って謝罪を受け入れたが、実際は緊張していた。

 ほら、お互い母上が一緒にいるしね。母親同士利害が一致したらしい。

 はい。社交の練習のお時間ですよ!


「さいわい衣装も無事にすんだことですし、どうかもうお気になさらずに。ああ、これはとてもおいしそうですね」


 しかし、ご令嬢の手土産として生ハム原木は正しいのだろうか。

 よくわからないけどまあいいか。

 お茶をすすめて歓談していたのだが、レアサーラ嬢が思いつめた顔で僕を見た。


「あの、ノエムート様! お怒りでないのでしたら、厚顔ながらひとつお願いしたいことがあるのです」

「はい。なんでしょう」

「そのわたくし、内緒話がしたいのです」


 顔のまえに手をあて赤面を隠しつつ、彼女は思わせぶりな視線を送ってきた。

 あー、恋バナかな。チラッとリャニスを見たらあわてたように目でやめてと訴えてきたし。めんどうだけど、断れる状況でもないか。


「ではすこし庭を散策いたしましょう。ライラは離れてついてくるように」

「承知いたしました」



 彼女が深刻そうだったので、華やかな薔薇園のほうではなく、生垣に囲まれたシルバーガーデンに案内する。

 ベンチをすすめると彼女はすなおに座った。


 僕はぼんやりと銀白色の葉っぱが風に揺れるのをながめた。いろんな形があるなあ。……いや、退屈だな。ちょっと水を向けてみよう。

「あの、リャニスでしたらまだ決まった方はいないようですよ」

「は?」


 ひそひそ声が台無しになるような反応だ。僕はかくんと首をかしげる。

 逆に彼女のほうは居住まいを正した。


「リャニスラン様よりノエムート様です」

「僕ですか? 僕はほら、一応王子の婚約者ですから」


「知っております。それより一応!? ……やっぱり変。あの、おかしなことを言うようですが、わたくし悪役令嬢なんです」

「はあ。知ってます。僕は悪役令息ですから」

 答えてしまってから、僕はハッと口を覆った。


「……え? レアサーラ様まさか」

「ああ、やっぱり。どうにも中身に違和感があると思ったら、ノエムート様って前世もちですか」

「あ! わ! ヤバいよ、それ。前世とか転生とか異端と思われるかも」


 僕は彼女にそっと顔を近づけて内緒話の体勢に入った。言葉崩れちゃったけど気にしてないみたいだしいいや。


「ってことは、ノエムート様も隠しているのですね」

「そっちも? うん。言ってないよ。リャニスにさえ」

「リャニスラン様を信用なさるのですか? のちのち追いだされる運命なのに」

「だって、かわいいんだよ弟!」


 レアサーラは爪を噛むような仕草で指を唇に近づけた。


「……ということは、リャニスラン様は違うんですね」

「違うと思う。十歳になっても変身しなかったし」

「変身?」

「うん。僕はした。レアサーラ様はございませんか。なにかこう、小説とは違う別の属性が混ざっていると感じることは」


 彼女は、ハッとしたように口元を押さえた。

「わたくし、とても……」

「とても?」

「ドジなんです」


 深刻そうに言うからなにかと思ったら! 僕は思わずふきだした。たしかに、すんごい転びかたしてたよね。


「それじゃあ。ドジっ娘属性ちびっこ悪役令嬢ってこと? 盛りすぎじゃない」

「なっ! 変なまとめかたしないでよ! じゃない、しないでくださらない!?」

「ははっ。いいよ、敬語じゃなくても。ぼくももうごちゃごちゃ」


「いいえ、そうはまいりません。母上に知られたらどれほど叱られるか」

 ゾッとしたように、レアサーラが二の腕をさするので僕もつられて怖くなった。

「そ。それもそうですね、よしましょう」

「の、ノエムート様はどのような属性がおありですの?」


 属性とか言っちゃってるけどね。


「僕はポメラニアンになりますね」

「ぽめ?」

「犬の。こう、わふっとした」

「あ。ええ? あー。……なぜ?」

 急に真顔になるね。声まで低くなったよ。


「さあ? それはわからないけど。とりあえず、その辺で困ってるポメがいたら僕なので、リャニスか殿下のところに連れて行ってくださいね」

「なんですか、その人懐っこさ! 悲劇の悪役令息感ゼロではありませんか!?」


「声、声!」

 僕とレアサーラは顔を見あわせ、申しあわせたようにその場にしゃがみこんだ。アリでもながめるフリでコソコソ言いあった。

「でもそれ、わたくしに言ってしまってよろしいんですか」


「屋敷の者はみんな知ってる。ポメ化の件は長く隠しておけることじゃないよ。まあ、積極的に言いふらすことでもないけど。むしろ僕らが警戒すべきは、僕らのもってる記憶のほうだ。わざわざ明かしたってことは、この件、利用するつもりもないんだろ? 僕の破滅は君の破滅につながるもんね。僕らは互いに協力しあえるってわけだ。そうだろう、レアサーラ。――あ、今のちょっと悪役令息っぽくなかった?」


「そこでドヤ顔しなければ」

 あきれられてしまった。咳払いでごまかしておこう。

「……呼び捨てだし」

「ああ、つい。そう呼んでたものだから。小説読むとき『様』ってつけてた?」

「王子、リャニ様、ノエムきゅんかな」


「ぐっ」

 僕は耐えきれずにふきだした。

「聞いといて笑うとか失礼じゃない?」

「ごめんなさい」

「まあいいです。それよりさきほど、さりげに殿下とおっしゃいました? 殿下はノエムート様がポメラニアンになるのをお許しになったのですか?」


 許すもなにも、なっちゃうもんはしかたないと思うけど。

「そこそこ楽しんでらっしゃいますよ」


「はっ! まさか、殿下も記憶が!?」

「うーん。殿下は、違うと思いますが、確信はもてません。なんせ小説と違うことをしてくるので」

「ああ、あのお衣装ですか」

「名前のこともそうです。キアノと呼ぶようおっしゃいましたから。ですが、甘くてスパイシーは健在なので」

「うっわ」

「ドン引きしないで! なぜか僕が浴びるハメになってるんだからね」


 小説の中身を知っているもの同士だからか、話がポンポンすすむ。

 ちょっと興奮しすぎかも。よし、話題を変えよう。


「ところでレアサーラ様はこののち殿下に求婚する予定などございますか? 先に言っておきますが、僕は降参しますので」

「嫌だわノエムート様ったら。あのような独占欲バリバリの衣装を受けとっておいて、いまさらなにをおっしゃいます」


「殿下はポメ化した僕がお好きなんです。だから、ポメ化が治まれば正気にもどると思いますよ」

「……名前の件はどう説明なさいます? 愛する聖女にのみお許しになった愛称なのに」


「そうは言っても、僕らはまだ子供じゃないですか。だからまあ、気が変わったらいつでもおっしゃってくださいね、すぐに譲ります。僕は血を見たくない」

「譲られても心底困りますけれど。血を見たくないという意見には心から同意いたします」


 レアサーラは気が抜けたように笑った。そうかと思えば、不意に顔つきを変えた。


「それから、もう一点。誘拐事件のことです」

「そろそろだっけ? そっか、すっかり忘れてた」

「のんきすぎません? 危ないですよ。顔はまさしくノエムきゅんって感じなのに。すごい違和感」


「いやいや、レアサーラ様だってかなり印象違いますからね? ドードゴランの雰囲気悪役令嬢のほうがそれっぽい」

「あー」


 いや、茶化している場合じゃないか。

 謝罪は名目で、彼女はどうやら忠告に来たらしいのだから。


「重々気をつけます。ありがとう。レアサーラ様」

 僕はありったけの感謝をこめてうなずいた。


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