2 話題にあげちゃいけないらしい
「僕の試練はね……」
僕は神託の書かれた紙に目を落とし、そのままそっと折りたたんだ。
箱に戻して蓋を閉じるまで、菩薩の笑みを浮かべていた。
「いずれ、わかるんじゃないかな?」
とりあえず、衆目監視の中で言えるようなものでもなかった。
そこで、いったん家に持ち帰り、家族会議である。
両親、リャニス、王子が着席している。
……王子は家族じゃないよね?
チラッと見るが、遠慮する気はないようだ。
「では、読み上げます」
僕はため息を堪えて試練の内容を読み上げた。
「道化の国で最高峰の舞台に立ちなさい。――あなたは、トップスターになるのです!」
なんとなく、ポーズ付き。
「ノエム、ふざけるのはおやめなさい」
「では母上、お改めください」
僕だって本当は、神託の内容を疑いたい。できれば手違いであって欲しい。悪ければいたずらとか嫌がらせとかで中身をすり替えられたとかさ。
そりゃ容姿なら自信あるよ。美貌の元悪役令息だし。
それともむしろ、ポメ化して舞台に立つ?
――いや、それは最終手段だな。受けそうではあるけれど、トップスターになるのは無理だろう。
神託が書かれた紙は、母上から父上に手渡され、父上は顔を覆って天井を仰いだ。
「どうしてうちの息子たちは、まともな試練を戴いてこないんだろう」
「息子たちって、リャニスは普通だよね」
するとリャニスは微笑んで首を傾げた。
「どうでしょう」
不思議に思って見つめると、リャニスはふっと真顔になった。
「俺の気持ちは決まっていますが、強要したくないというのが課題ですね」
なるほど、教えてくれる気はないらしい。
そのとき、父上が「ごほん」と咳払いをした。
「今はノエムの課題のことだよ」
話そらした張本人とか突っ込んじゃダメだよな。神妙な顔しておこう。
「どんなにふざけて見えても神託は覆せないのでしょう?」
念のため聞いてみるが、両親の表情を見る限りダメっぽい。
「なら、やるしかないんでしょうね」
「ノエム、これは大変なことですよ。トップスターになることは、言うほど簡単ではありません」
重々しい表情で言い切るのは母上だ。
「それはもちろんわかってます」
「いいえ、あなたはわかっていません。役者になるための素質があなたには欠けているんですから」
「そ、それはなんですか……」
「気力、体力、説得力です!」
一瞬、少女漫画ばりにショックを受けてしまったと僕だけど、妙な単語が混じっていなかった?
説得力?
「たしかに気力と体力は少なめですが、僕の演技、説得力はありますよ。悪役とか得意です」
するとキアノがふきだした。
「……なんですか」
「いや、なんでも」
そういや彼には、君には悪役なんて似合わないなどよく言われていたっけ。
「あなたが得意と思っていても、舞台の上では通じませんよ。ともかく、いまのままではあなたを紹介することなどできません。どんなに小さな劇場でもです。まずは体力をおつけなさい!」
母の一言で、僕の試練はひとまず体づくりから始まることになった。
王子を見送りに出たときに、ふと僕は気が付いた。
「キアノの試練はなんだったんですか?」
こそっと聞いてみると、キアノは「ああ」と苦く笑った。
「ガエタン兄上の下でしばらく働くことになった」
僕はギクッとして、引きつった。
あの人、僕に媚薬的なものをかがせようとしたんだよね。事件は有耶無耶になったけど、僕としては警戒心が残った。
キアノがみんなの前ではぐらかしたの、僕のためだったのか……。僕が動揺しないように。
「大丈夫だ、ノエム。もう二度と君に手出しはさせない。一番近くで見張れると思えば、そう悪い話でもない」
彼は身をかがめ、内緒話でそう言った。
「いや、その……! 試練に私情を挟むのは!」
「何を言っているんだ。私の試練なのだから、私情も何もない」
そう言って、王子は軽やかに去っていった。
家族会議が終わって自室に下がると、どっと疲れが出てきた。
でも僕は、侍女たちに聞きたいことがある。
「みんなの試練てどんなのだったの?」
すると三人は一瞬黙り込んだ。
最初に答えてくれたのはヘレンだ。二人にどこか気遣うような視線を向けたあと、ふっくらした胸に手を当ててニコリと笑った。
「わたくしは、紋章家にて見習いをすることでした。奥様に認められてそのままこのお屋敷でお勤めさせていただいています」
「そうだったんだね、いつもありがとう」
僕も笑顔で答えたけれど、微妙にヘレンのいい方に引っ掛かりを覚えた。
「そして坊ちゃま、……ジョアンもライラも、まだ試練を終えていません。ですので――」
若干言いにくそうなヘレン。
成人の試練をおえていないということは。
「え? 二人とも未成年だったの!?」
「はい」
屈託なくうなずくライラと、おどろおどしい顔で僕を睨むジョアン。
「ジョアン、無理に答えなくていいからね」
必殺先回り。
「個人の事情だもんね」
むしろ聞きたくないんだけど。
だが、ジョアンはホラーな顔つきのまま、案外律儀に答えてくれた。
「別にいいですよ。お屋敷の皆様ご存じのことですし。――わたくしの試練は、婚約することです」
自虐のつもりか、彼女はニタァと笑みを浮かべた。
僕は天井を仰いだ。
神様!
なんて試練を与えるんだ。
ジョアンの結婚願望が強すぎる理由はこれか!
ていうかジョアンまで隠れ未成年だったなんて……。
「あれ、でも二人とも普通に働いているよね、見習い枠じゃないよね?」
「ええ」
ヘレンが頷き、少し言いよどむ。結局ジョアンがあとを引き継いだ。
「三年経って、預言の塔が実現困難と認めた場合に限り、みなし成人制度が適用されるんです」
……ジョアンの婚活、実現困難て認められちゃったんだ。そっかー。
僕はその日身をもって、成人の試練ってあまり話題にあげちゃいけないものなんだなと、知った。