1 成人の試練
僕の右側に立つのは、琥珀色の髪を背中に流した王子。マスカット色の瞳を優しく細めている。
僕の左側に立つのは、黒い巻き毛をすっきりと整えた義弟。黒葡萄色の瞳で静かに僕を見つめている。
この世界で僕、ノエムート・ル・トルシカは悪役令息として死ぬ運命だった。それを乗り越え、今僕に課せられた目下の課題は、二人の婚約者候補から一人を選ぶこと。
神様そりゃないよ!
僕と弟のリャニスは十四歳。キアノ王子は一つ年上の十五歳。前世の記憶的にはまだまだ子供、ゆっくり考えればいいじゃないかと言い張りたいところだけど、今日はもうスクールの卒業式だ。同時に成人のための試練が告げられる日でもある。二人はさっさとクリアしてしまいそうで不安だ。やめて、二人とも子供のままでいて!
ちなみにキアノも一緒にいるのは、王族の特別コースみたいなのを受けていたからだ。留年じゃないよ?
「ノエム、聞いているか?」
キアノに尋ねられ、僕はニコリとほほ笑んだ。
うん、盛大に現実逃避をしてて聞いていなかった。
「兄上、そろそろ参りましょう。式に遅れてしまいます」
「わかった、行こう!」
卒業式の主役ということで、本日は盛装だ。
僕は白を基調とした天使のローブみたいなやつ。淡い緑色の髪を飾るのは、琥珀とブラックアメジスト。キアノとリャニスで用意したものらしい。なんだかんだ仲良しだよね。
リャニスは長身が映える騎士服に、さりげなくアメジストの飾りをあしらっている。弟の可愛いおねだりだと思ってホイホイ石を渡した後で、その薄い紫は僕の瞳の色なのではと気が付いた。
キアノは案外シンプルな、ダークグレーのスーツみたいなやつ。公的には去年卒業しているので、後輩に花を持たせようというのだろう。ただね、素材がモノを言いすぎてうるさいくらいになってますよ!
彼の耳元を飾るのは濃淡の違う緑のアメジスト。こっちは、ご自身の目の色と僕の髪色に合わせたんだろう。
ちなみにアメジストは今年の流行だ。クラスメイト達も身に着けている。
卒業生の列に来たところで、王子とはいったんお別れ、彼は用意された席へ向かう。
僕とリャニスの席は卒業生の中でも最前列。全員がそろったところで着席となる。
その際レアサーラと目が合ったので、笑顔を送ると彼女から珍しく愛想笑いが返ってきた。常ならばなんというか「げっ」って感じの顔をされるのだけど、人前だから繕っているのだろう。
すました顔をしていれば、さすがは元悪役令嬢……とはあまり思えないな。僕も人のことは言えないけど、相変わらずのチビッ子だし。まあなんにせよ、お互い卒業できて良かったね。
次に目が合ったのはサンサール。相変わらずのニカッといい笑顔。ついでなのでぐるりとクラスメイト達を見回せば、目礼や笑顔を返してくれる。
彼らにもずいぶんお世話になった。
式は粛々と進行した。
後輩から贈られる歌がなぜかポメ賛歌だったり、舞台発表がポメ幻影魔法だったりちょっとおかしな方向になってはいるものの、――順調だ。
観客席の両親が若干引きつっていたようにも見えたけど、僕のせいではないと思う。
そう、僕、破滅は免れたけどポメ化は治っていないんだよね。
悲しいとき、疲れたとき、ひどく驚いたとき、僕はポメラニアンに変身してしまう。その謎現象を僕は神様からのギフトだと言い張った。そのおかげなのか、周りはポメ化をポジティブにとらえてくれている。
式も終盤となった。
卒業生たちは一人一人壇上で卒業証書代わりのバッチを戴く。
例によって身分順なので、僕の番はとっとと終わらせてきた。で、いま、バッチが入っている箱を開けたくて仕方がない。
この中には神託が同封されている。おみくじみたいなやつを、預言の塔でせっせと制作してるらしい。
そう、おみくじ。
一応、望みの職業に合わせた試練が出やすいと言われているが、なんせここは道化の国だ。
全く関係ないものが紛れ込んでることもあるらしい。
例えば最近まで行方不明だったうちのエシャーサ兄上。彼の試練は「真実の愛」を見つけること。一度は愛し合った女性に振られたため、なんとまだ試練をクリアしてないらしい。うちの兄、年齢的にはとっくに成人してるはずなのに、未成年だった。
実はこの国には結構いるんだよね、試練を乗り越えられなくて隠れ未成年やってる人。
あれ、てことは僕も成人しなければ結婚から逃れられる……?
僕の卑怯な考えを読んだかのように、二人の視線が絡んできた。隣に立っているリャニスと、最後に神託を受け取り壇上から降りてくるキアノの視線。
僕はまだ、恋を知らない。
彼らが僕に注ぐ感情を、どう受け止めていいかわからない。だからすごく、困っている。
二人には、どんな試練が下されたんだろう。
式が終われば軽く挨拶の時間。
僕の周りには人だかりができていた。
「ノエムート様、寂しくなります!」
純粋に寂しがってくれるひともいれば、恋の行方とやらの野次馬根性な人もいるし、フサフサモフモフが目当てな人もいる。
まあ貴族社会は狭い。普通にまた会えるだろう。
そんな中、マイペースにいち早くおみくじ……じゃなかった、神託を開けた人がいる。
レアサーラだ。
彼女はそっと僕に歩み寄りやや面倒くさそうに告げた。
「ノエムート様。言っておかないと拗ねるでしょうから教えておきますね。わたくし、しばらくお会いできません」
「え? なんで」
レアサーラは無言で試練の書かれた紙を僕に突き付けた。
うん、見間違いかな?
やけにカジュアルに「さくっとドラゴン倒してきてね」などと書いてあるように見えるけど。
「ドラ……?」
「では、そういうことで! ごきげんよう!」
「いやちょっと待って、説明!」
「おほほほほ!」
おざなりな高笑いと共に、あっけにとられたクラスメイト置いて彼女は去っていく。彼女の兄たちが「レアちゃん! どこ行くの!」などと大騒ぎしながらついていった。
「ドラゴン……?」
一発目からわけのわからない試練が出たことで、クラスメイト達は彼女につられるように次々箱を開けた。
本来なら挨拶が終わった後自室でゆっくり見るものなので、先生方が慌てて窘めるがもう遅い。
「よかった、騎士見習いだ!」
「侍女見習いをするようにと出ましたわ!」
みんな順調に、望みの職業に合わせた試練が出てるらしい。
僕の進路希望は、研究職だ。
卒業のための研究発表には「制作時のテンションによるポーションの変化」を提出してそこそこの評価をもらった。
試練も、できればそれに関するものがいい。
僕も開けちゃおうかなと周りの様子を窺うと、王子が紙を見つめて一瞬眉を寄せたのが見えた。
僕はそっと彼に歩み寄る。好奇心には敵わない。
「キアノ、変な試練でも出たんですか?」
レアサーラがドラゴン退治なら、キアノは不死鳥のタマゴを取ってこいとか言われているかもしれない。
「いや――、王宮勤めだ」
なんだ、割と普通だった。
そのわりに、隠すようにしまい込んだのは気になるけれども。
「リャニスはどう?」
「俺は……うーん、内緒です」
「内緒?」
「はい」
リャニスが困り顔で笑うので、これは聞き出せないなと思った。
「兄上はどうでしたか?」
「ああ、僕? 僕はね……」
ごそごそと、箱を開けた僕は、神託に書かれていた文字を読み、こてんと首を傾げた。
「僕の試練は――」