番外編 ノエムート様秘密ファンクラブ
モブ視点です。
ぼくには小さなころから、憧れがあった。
それはファンクラブ!
弱小貴族の息子であるぼくは、もちろん推す側だ。
王族や紋章家の子女には、往々にしてファンクラブがつきものなのだ。
会員は推しと昼食時に一緒のテーブルを囲ったり、茶会に招いてもらったり、お揃いの飾りをつけることを許されたりするらしい。
ああ、なんてすばらしいんだ。
憧れのスクール生活はしかし、失望から始まった。
「いま、なんとおっしゃいましたか? ノエムート様のファンクラブが、存在しない?」
そんなまさか、ノエムート様くらいになると、入学前からファンが集っていてもおかしくないのに!
ぼくは動揺のあまり口元を手で押さえた。
「非常に残念ですけれど、禁止なのです。キアノジュイル殿下のご命令です」
「ああ……」
やりかねないと思ってしまった。
殿下がノエムート様を溺愛しているという噂は、ぼくの耳にまで入ってくるくらいだ。
「殿下はノエムート様が心配なのですね」
「ええ、殿下はノエムート様を非常に大事にしているのに、大人の都合で婚約を解消させられそうなのだとか」
「そんな、お二人は想いあっているのでしょう!?」
「そう見えますね。ですが、ノエムート様には“ポメ化”がありますから」
それは、なんでも、人から犬に変身してしまう謎現象のことらしい。
「ノエムート様のファンクラブがないなんて……!」
ぼくは寮に戻ってベッドに突っ伏した。
同室の子もがっかりしていた。
「リャニスラン様のファンクラブも、立ち消えたそうだよ」
ご本人が「兄上を差し置いて」などとおっしゃられるだろうことを察して、先回りの解体だそうだ。
ぼくらは同時にため息をついた。
「ほんと、まさかですよね……」
これがきっかけで同室の子とは友達になれた。だが、それはそれだ。
スクールでの日々はやはり少々物足りないものとなった。
風向きが変わったのは、ノエムート様と王子の婚約が解消された後のことだ。
秋休みがおわると、ノエムート様はポメ化したまま授業を受けるようになった。
そう、ポメ化が常態化したのだ。
スクール内に激震が走った。なんだあの可愛い生き物は!
動物に変身してしまうなど、普通なら家の恥として、存在を抹消されてもおかしくない。
それをノエムート様ときたら、ご自身の魅力に変えてしまったのだ!
そのままでも可愛らしい方なのに、ポメ化しても可愛らしい。
なんて罪作りなお人だろう。
なんならもう、人間の姿でもポメに見えるときがあるくらいだ。
もう黙っていられなかった。
堂々と愛でることができないのなら、地下活動をするしかない!
『ノエムート様秘密ファンクラブ』はそうして始まった。
秘密である以上、我々に旨味は一切ないどころかリスクしかない。それでも推す。
会合はいつも、スクールから離れた場所でひっそりと行われる。
今日はカフェの一室を貸し切っている。
「あの方の良いところと言えば、やはりうるんだ大きな目」
「口元もまた愛らしく」
「やはりくるんと巻いたしっぽでしょう!」
集まったメンバーは深く頷きあった。
毛並みも、小さいおみ足も、などとみんなそれぞれ言い合って、感嘆のため息をつくのがお決まりだ。
殿下もこのくらいならお許しになる……と考えるのは危険思想だ。殿下もリャニスラン様も、ノエムート様のことになると狭量だ。
やはり我々の活動は隠し通さなくては。
それでもこうして集まって、あのお方の可愛らしさを存分に語り合えるのは嬉しかった。
「あなたはいいですね。ノエムート様のクラスメイトだなんて。撫で放題なんでしょう?」
「いえいえ、まさか。ノエムート様がお許しになってもリャニスラン様がお許しになりませんよ」
「あー、生殺しですね」
だけど、授業中にあのモフモフしたお姿を見てほっこりできるのは役得だ。
ちょっとした優越感だった。
ところが二年生になると、ノエムート様がポメ化する機会はずっと減った。
変身しても、殿下かリャニスラン様がすぐに隠してしまう。
「寂しいですね。いえ、こんなことを言ってはダメだとわかっているのですけど」
「お気持ちわかります」
あまりにも寂しくて、活動自体も減っていった。
そんなある日の休み時間。ノエムート様は机に向かって熱心に何かを書いていた。
横を通りかかったとき、紙が一枚ひらりと落ちた。
「これは……、なんてお可愛らしい!」
なんと、ノエムート様はポメ化したご自身の姿を描いていらしたのだ。
あまりに素晴らしく、じっくり眺めていたら、隣から咳払いが聞こえた。
リャニスラン様が冷ややかにこちらを見ていた。
「あ、申し訳ありません。お返しいたします」
ノエムート様ご本人はニコニコしていた。
「気に入ったんならあげようか? らくがきだけど」
「え!? よ、よろしいのですか!」
正直リャニスラン様は怖い。だけど、ノエムート様直筆のポメ画だなんて、もう二度と手に入らないかもしれない。
「ありがたく、頂戴いたします!」
ぼくは誰かに取られないように、絵を自分の胸元に押し当てた。
なんたる僥倖!
秘密ファンクラブで自慢しなくては。
浮かれるぼくの後ろで、ノエムート様はリャニスラン様とおしゃべりしていた。
「ほらね、ポメは人気なんだよ。やっぱり、王子に渡すならポメ化した僕の絵がいいと思うんだよ」
ポメ化という謎現象を、堂々と愛してしまうノエムート様。本当に推せる。
やっぱりぼくは、たとえ一人になっても、ノエムート様のファンを続けよう。
そう誓ったのだった。
新作の『訳あり王子カピバラライフを満喫中!――邪神? 封印? そんなことより温泉だ。』ものぞいてもらえると嬉しいです!