8 恋バナ振られても
王城でのガーデンパーティーを皮切りに、ぜひ我が家の庭もと誘われることが増えてきた。
本日は、黄金の紋章をもつドードゴラン家のまねきに応じている。
パラソルつきの丸テーブルが三つ庭に設えられていて、ご令嬢たちが定められた席に座っている。僕は慣例上、令嬢扱いなので女の子に囲まれて座っているわけである。
右側にいるのが黄金の紋章家のアイリーザ。金髪縦ロールの悪役令嬢みたいな顔をした子だ。
ひとつ席を飛ばして左側には、時の紋章家のクリスティラ。薄紫の髪に白の総レースの装いで。どことなくメルヘンな雰囲気の女の子だ。
空席にはおそらく星明りの紋章家のレアサーラが座るはずだった。
このふたりのまえでは、レアサーラ嬢はちょっと薄味になっちゃうんだよね。がんばれレアサーラ! ちびっこ悪役令嬢も僕はいいと思うよ。
「先日のガーデンパーティーで、ノエムート様と王子が散策していらしたのをお見かけして、わたくし本当に美しい光景だと感動いたしましたの。それで、どうしてもお話を伺いたかったのです」
主催がうっとりとつぶやくと、まわりのテーブルのご友人たちが楽しそうにうなずいた。
「ノエムート様は王子のどのようなところがお好きなんですの!?」
「お名前で呼び交わしていらっしゃるんでしょう? いつからですの!?」
などとぐいぐいくる。
恋バナを期待されても十歳だからね、僕。しかも男同士だし。
笑ってごまかしたいところだけど、答えるまでは帰さぬ、みたいな圧を感じるね。
「王子はとてもおやさしい方ですよ。小さな獣にも慈しみの心を忘れないのです」
あたりさわりのない返事をしたつもりだけど、彼女らはきゃいきゃい喜んだ。こりゃダメだ。主催に話題を振って流れを変えよう。
「ところで、レアサーラ様の姿をお見かけしませんが」
「ああ、レアサーラ様なら階段から落ちたとかでいらっしゃらなかったのです」
アイリーザは小さく首を振り、豪奢な金髪を揺らした。
「階段から落ちた?」
僕は叫びそうになったが、なんとかこらえて愛想笑いを浮かべた。
「まあ、またなんですの? 彼女よくそうやって断りますわよね。わたくしがお誘いしたときは、パンが喉に詰まったと」
「わたくしのときはお風呂で足を滑らせたとおっしゃいましたわ。ふつうに断ってくださればいいのに」
ご令嬢たちはうなずきあっている。
えー、レアサーラって、そうなの?
どうやら僕はいままで、自分のことばかり話すのに忙しく、他人に注意を向けていなかったようだ。
「そ、そうですか。それでは、大きなお怪我をされたわけではないのですね」
アイリーザはきっぱりとうなずいた。
「そういった話ではないと思いますわ。彼女とても悪運が強いようなのです。ふつうの人ならまず助からないような場面でも、平然としてらっしゃいますのよ。まえにも馬車の窓から転がり落ちたことがあって」
それ、どういう状況!?
僕が顔を引きつらせたのを見て、アイリーザはハッと口を押さえた。
「嫌だわ、わたくしったらこのようなこと。当人がいらっしゃらないのに話すべきではありませんね。でも本当に、今日レアサーラ様がいらっしゃらなかったことを残念に思っていますのよ。リャニスラン様とのこと、いろいろお伺いしたかったのに」
おっと。思わぬ飛び火をするとこだ。
幸い、リャニスは向こうで男の社交をしている。庭を駆けまわってるだけともいうけど。いいな、僕もあっちに行きたい。
「ノエムート様。聞いてらっしゃいます?」
「はい」
逃避してたなんておくびにもださずに、僕は笑顔を浮かべる。
「リャニスラン様はどなたかお慕いする人がいるのですか?」
「兄弟で、そのような話はしたことがありません!」
嘘ではなかったので、僕は降参のポーズで首を振る。
女の子たちのニコニコ顔が、怖い。
「いえ、本当に。……それに、知っていたとしても僕の口からは言えませんよ?」
雰囲気悪役に負けられないんだよ、僕は。
男児の淡い恋心なんて繊細なもの、つつかないでほしいね。
「そうおっしゃらず、せめてリャニスラン様がどのような方を好むのかだけでも、教えていただけませんか」
三人ほど必死にうなずいている。ほかの子は興味本位かな。クリスティラ様だけは、マイペースにトンボを見てるけど。
それにしてもさすがリャニス、もうモテてるね。小説のなかでどんな子とつきあっていたっけ。いや、でも僕が答えたらそれが決定みたいになってしまう。
「ですから、僕がそれを言うのは……」
「お願いいたしますっ!」
しつこいな。女の子たちが声をそろえて腰を浮かせるので、さすがの僕もちょっとイラついた。
「――少なくとも。そのように寄って集ってひとりを問い詰めようとする態度を、リャニスは好まないでしょうね」
にっこり笑って断言すると、彼女らは静まり返ってきちんと座りなおした。
しまった。悪役令息感でちゃった。
ちょっと気まずい。
目をそらした先にリャニスがいた。どうしようリャニス。心のなかで呼びかけると、それに気づいたかのようにリャニスがふりむいた。そしてこちらに駆けてくる。
「兄上!」
「リャニス。どうかした?」
「はい。――申し訳ありません、すこし兄上と話してもよろしいですか?」
リャニスはアイリーザに了承を取ってから、僕をお茶会の席から遠ざけた。
日差しを気にしたのか、木陰に入る。
「兄上、大丈夫ですか」
「え?」
「なにか、お困りのようでしたので」
「え、おおお?」
なんでわかった!?
驚いていると、リャニスはハッと目を伏せた。
「……すみません、俺、差し出がましい真似をしましたか?」
「そんなことないよ! 実際に心のなかでリャニスのこと呼んだし」
「俺をですか?」
「そう。リャニスの好みの女性を聞かれてね」
「それは……」
そうだよね。困るよね。
「それでねリャニス。僕その、つい勝手に答えてしまって……」
僕は自分の発言をそのままくりかえしてみせた。恥ずかしさのあまりそっと顔を覆う。
「ごめんね。リャニスの好感度を下げたかも」
「いえ、兄上はちっとも間違っていませんよ。兄上を困らせるような方は許せそうもないので」
リャニスはにっこりと笑うけど、思ったよりも強い言葉が返ってきたな。
「えっと、リャニス?」
「もどりましょうか、兄上」
「え?」
とまどう僕を置いて、リャニスはすたすた女の子たちのテーブルに近づいた。
「失礼、すこし喉が渇いたので俺もご一緒してよろしいですか」
「ええ、もちろんです!」
リャニスは期待にきらめく女の子たちの視線をきれいな笑顔で受けとめる。
果実水をもらって一口飲んでから、さりげなく切りだした。
「ところで、俺になにか聞きたいことがあると伺いましたが」
女の子たちは顔を見合わせ、無言の押しつけあいをした。ひとりが押し負けておずおずと口を開く。
「リャニスラン様は、レアサーラ様とのご婚約をお考えですか?」
「レアサーラ様ですか? いえ、そう言ったお話はいただいておりませんが」
「いいえ、家同士のお約束ではなく、リャニスラン様のお気持ちを伺いたいのです」
「俺の気持ちですか。そうですね、トルシカ家のためになる方がよいかと。どちらにしても、俺は父上と母上の決定に従うつもりです」
リャニスの答えに、いちばん落胆したのは僕かもしれない。僕は兄として、リャニスには幸せになってほしいのだ。
家までもちこたえられずに、僕は馬車のなかでポメ化してしまった。
リャニスが心配顔で僕を抱きあげたけど、これ、慰めてもらっちゃいけないヤツだ。
「兄上、やはり彼女たちになにか心無いことをいわれたのでは?」
違う、そうじゃない! これ誤解されたままだとあの子らに悪印象が残っちゃう。
僕がぶんぶん首を振ると、毛があたってくすぐったかったのか、リャニスが笑った。
「兄上はおやさしいから、彼女たちをかばっているのではと心配になります」
僕はやさしくない。ずるいだけだ。
そんなふうに思いながらも、やっぱり僕はリャニスの手で癒されてしまうのだ。
やさしいのは、リャニスのほうだ。
「リャニス、たしかにリャニスはトルシカ家の次期当主にと望まれているわけだけど、父上も母上も、リャニスの人生そのものを奪いたいわけじゃないんだよ。なにもかも飲みこもうとしなくてもいいんだ。わがまま言ったっていい。たまには羽目を外していいし、好きな子ができたら――相手の気持ちもあるけど、望んでみたっていいんだ。僕が味方する! いつだってどんなときだって、僕はリャニスの幸せを願ってる。たとえこの先僕が――」
リャニスに追いだされてしまったとしても。そう続けることはできなくて、僕は言葉を詰まらせた。
「兄上……、俺のために泣いてくれるんですか?」
リャニスが僕の涙をぬぐった。
「だってリャニスは、まだたったの九歳なのに!」
「もう十歳です! 兄上が次の誕生日を迎えるまでは同じ年ですからねっ」
よほど腹に据えかねたのか、リャニスは僕の頬骨のあたりをぐりぐり押した。痛くもなんともない仕返しに僕はくすくす笑ってしまう。
「それに兄上だって、殿下は家同士の決めた婚約者でしょう? でも、お幸せそうじゃないですか」
「うん?」
「え?」
「いやでも、男同士だよ?」
「……え?」
リャニスがポカンとしてる。そうか、さすがの天才少年も恋を知るのはまだ早いか。
僕はなんだかホッとしてしまった。
「いまは、僕のポメ化が物珍しくて殿下もよくしてくださるけれど、いずれ女の子のほうがいいってなるよ。だから、僕はそれまでのつなぎなんだよ」
「そんなことは!」
「そういう意味では、僕が男でよかったね。女の子から女の子に乗り換えたら王子ちょっとヒドイなって思うけど、男なら友人になればいいもんね」
「……殿下が兄上を簡単に手放すとは思えませんけど」
リャニスは眉をよせた。
誤解されてる。
これは王子のせいだな。なにせ言動がやたらとキラキラしているからね。