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騙す女騙される女  作者: 二階堂真世
6/6

ブスで良かった


恵は薄暗いカフェで一番安いメニューのカレーを食べて待っていた。スマートフォンの掲示板に【神求。ワケあって家出中。行くところも、お金も、友達も無い。めぐみ連絡求む】と書いたら数人の男性から連絡があった。返事の早い人に助けてもらおうと思っていた。しかし、来たのはオジサンばかり。「なんだ。写真と全然違うじゃあないか。これはサギだ」と怒って帰ってしまった。

10代ののかわいそうな女の子が飢えて泣いているというのに、口汚く言い放って出て行ってしまった。写真は中学生の時、運動部にいて痩せていた時のものだ。高校は進学校だったので部活は盛んではなかった。なのに、運動もしないのに食欲だけは前のまま変わらず旺盛だったので、こんな体型になってしまった。

行きたい大学には行かせてくれない先生や親たち。勉強ばかりを強制されても、目標を失っているのだから家に引きこもるしかない。なのに、無理やり追い出されてしまった。財布には2千円しか入っていない。思い切って遠くまで来てしまったのだが、ここからどうして良いものかわからない。

友人たちが、スマートフォンの掲示板に救いを求めたら素敵な優しい男性にご飯を奢ってもらったと言っていたのを思い出した。そこで2年前の一番痩せていてかわいく映っている写真に少し手を入れて、写真を添えて救いを求めたのだ。

しかし、来る者みんな、気持ちの悪いオジサンばかりで、こちらの方が喋るのも断りたいくらいなのに。「ブス」とか「ブタ」とか見た目ひどいことばかり言う。誰も、恵のことを心配してくれる人はいなかった。話していた友人は確かに美人だった。刹那気な様子に、クラスの男たちもイチコロだった。

つまりは、綺麗な女の子だけは救ってもらえるってこと?この年で、耐え難えい現実を見せつけられて、一層生きているのが嫌になった。『どうせ、醜い私なんて、勉強ができたからって、いい大学に入って一流企業で勤められたとしても、一生独身のまま。誰にも愛されず、孤独のまま働きづめで何年生きていたとしても何もいいことなんて無いじゃないの』と怒りすら感じ始めた時、目の前にマスクをした美青年が座った。「恵さんなの?大丈夫。僕が助けてあげるから。お腹空いていない?」と聞かれて「今、カレー食べたんですが、お金が足りなくって困っていたんです。」と恥ずかしそうに上目使いで言うと「じゃあ、これ払っておくから。僕が出てから3分後に駅前に行ってくれる?そして2つ目の角を左に曲がったところに車があるから。そこに来てくれる?この辺りも防犯カメラばかりだから、一緒にいるところを撮られたら逃げられない。すぐに捕まって、助けた僕まで罰されてしまうんだ。それとも、このまま家に帰る?まあ、車に乗ってからでいいか。帰りたいなら車で送って行くから、もう大丈夫だよ」と口早に言って、清算して出て行った。

ジャニーズにいそうなイケメンだった。背も高い。あんな男性となら、今すぐ逃避行してしまいたい。恵は胸の鼓動が早鐘のように鳴っているのを止める術もわからず戸惑うばかりだった。今までのオヤジたちを相手にしなくて良かった。いや、相手にされなくてラッキーだったと思った。

見た目もハンサムだし、心も優しい人と出会えるなんて夢のようだった。早く、あの人に会いたい。はやる思いで水をこぼしそうになる。不自然だと印象に残ってしまうので、さりげなくしようとすればするほど行動がぎこちない。「さっきの方が、お勘定を払ってくれたので」とレジ係りに言うと「ありがとうございました」と明るく返されて頭を下げた。

『こんな時間に制服を着た女の子が一人で』と、いぶかしがったりはしないのだろうか?ちかくのコンビニエンスストアには、まだ学生服姿の若者がたむろしていた。コロナの影響で行く所を失っているのだ。『こんなところで飲み食いしている方が危ないんじゃないのか?』と一瞥しながら、左に曲がる。そこには小さな黒のバンが止っていた。中を覗き込むと後ろの席に例のイケメンが座っていた。ドアを解錠してくれた。「誰にも不信に思われなかった?」と甘い声がした。「大丈夫です」と言って、後部座席に座る。「家に帰りたい?」と男の声がする。「いいえ。どこかに逃がしてください。もう家なんか帰りたくない」とか細い声で言った。この男性と一緒にいたかった。そう長くはなくても、色々話したかった。しかし、運転席の太った強面の男が舌打ちをした。「なんだ。ブスじゃあねえか?そんな女を連れて行ったら、兄貴に叱られそうだ。お前、何見てたんだ?」とバックミラー越しに睨む。「このリアルマスク、熱くって。マスクもつけているから息もできないし、相手を確認する余裕なんて、ありませんよ」と言って顔をめくる。恵はビックリして声も出ない。マスクを脱いだ男は、どこから見てもチンピラで顔も醜かった。多分、喧嘩したばかりなのだろう。目もはれ上がっていたし、顔も青アザだらけだった。首のところにも傷がある。体のあちこちが痛むようで、忌々しそうに恵を見て絶望的なため息をついた。「仕方ないから、内臓でも売り飛ばしちゃいましょう」と言われて、恵は震え上がった。自分の身に何が起こったのかを初めて知った。「しかし、こんなに太っていたら、内臓を取り出す医者も嫌じゃあないのか?」と運転す男は下品な笑いで恵の顔を見る。

「家に帰して」と恵は訴える。「誰にも言いませんから。助けて。なんでもしますから。お金だったら、親から取って来てもいいわ」と必死だった。「どうする?」と運転する男はチンピラに聞いた。「これ以上、兄貴に殴られたら殺されてしまいそうだ。写真を撮って、証拠を見せましょう。兄貴も、きっと諦めてくれますって」とチンピラは言った。そして、誰も来ない山道の途中で車を停めて、「脱げよ」と言った。何を言われているのかわからない恵は、ただただ黙って震えていた。後部座席の扉が開かれ恵は引きずり降ろされた。そして、「ここで殺されて、埋められたくなかったら制服を脱いで裸になるんだ」と男が言う。もう一人の太った男がめんどくさそうに「お前の裸なんて、こちとら見たくも無いんだが。証拠のために撮らせてもらうぜ。それに、3日後、そうだな、いくら用意できる?この写真を、お金を持って来たら処分してやるよ。でも、持って来なかったら、3匹のコブタの挿絵と一緒に掲示板に挙げてやる。そうだな。100万円は、もらわなければ足代にもならない。いいな」と威嚇して、制服も下着も剥ぎ取った。そして、何ポーズか撮られて、「3日後、あのカフェで。わかったな」と言い放ち、恵を置いたまま車を発進させた。「本当に、ブスで良かったな。可愛い子なら、暴行されて売春婦として、もて遊ばれて最後は臓器売買で、命は無いところだ。今までだって、何十人もの家出娘を、この方法で助けてやったんだからな。まあ、顔がブスだけなら、どうにかなるけど、その体じゃあ煮ても焼いても喰えねえや。良かったな。」とチンピラの声がした。「もっと太っていたら、好きな奴もいるけれど、中途半端なんだよ。誰にも売れねえ」と太い方が言ってゲラゲラ笑った。

恵は心も体もけがされたような気分がして涙が止らなかった。しかし、何か言って怒りを買ってしまったら、本当に命は無いかも知れないと思うと大人しく脱いだ服を着るしかしようがなかった。「ブスで良かったな」「中途半端なブタで良かったな」と言う笑い声が耳にリフレインする。「俺たちのことを警察に言ったりしたら、ただでは済まされないぞ。まあ、この山奥から無事帰って来れるかどうかもわからないけどな」とあざ笑って車は遠のいて行った。恵は、泣きながら服を着て、ポケットに入っているスマートフォンを見つけ、急いで家に電話をかける。しかし、圏外の表示が出るだけで、コールできなかった。

ここは、どこら辺なのだろうか?どこかららか野獣の遠吠えが聞こえたような気がして、とにかく山から下りようと必死だった。疲れて、のども乾いて、足も痛くなって座りこんでしまっても、生きて戻りたいと念願している自分が可笑しかった。親や先生のことなんて、死ぬほどの悩みでも無かったと、後悔した。

きっと、恵が家出したら、親も教師も後悔してくれると、どこかで『思い知らせてやる』なんて甘えたことを考えていた。たった一度の家出で、監禁され、命まで失った子たちがいたなんて思いも寄らなかった。こんな法治国家でも、闇の世界では残虐な事件が増えていることなど、テレビの絵空事だと思っていた。レイプされて風俗に売られ、ヤク中毒になって、最後は臓器売買で亡き者にされるなんて。そんな目に会った子がいたなんて信じられなかった。それは、服を脱がされ写真を撮られた時に、引きずられ顔とお腹を嫌というほど蹴られた時に感じた命の危険。肉体的な棒力なんて初めてだった。手にべっとりついた血に、『こんな無様な格好で、死ぬのは嫌だ』と思って耐えた。男たちが去っても、当分裸のままで横たわっていた。寒くて散ばった下着や制服を痛さをこらえながら集めて着た時、とにかく怖くて下に向かって進んでいた。どこをケガしたのだろう?息をするのも、歩くのも辛かった。 

遠くに見える光は道路を照らす照明塔なのか?それも、かなり下の方だった。最近運動もしていないし、何しろ体が重い。筋肉も無いので、下っている足が笑っている。何だか意識も朦朧となって来た。座り込むと二度と起き上がれない気がした。どれほど歩いたのだろう?恵はSNSで見も知らない人と安易に会うことの恐ろしさを知った。

マッチングアプリで恋人や結婚相手を見つける時代なのだから。フェイスブックやインスタやブログで、情報発信を誰でもできる時代だから。世界中の人々と繋がることができると夢が広がっていたのに。チャンスや富や名声を得た人も多い、最新のツールだとしか思っていなかった。色々後悔しても始まらない。人は興味のあることしか検索しない。

目の中に汗だか血なのか、入って目が開けられない。どうせ暗闇なのだから見えないので同じなのだが。空に浮かぶ月の明かりが、こんなにありがたかったことは無かった気がする。山側を辿って歩いていたのだが、大きな石に足を取られて転んでしまった。そこから、もう歩けなかった。若くて美しい女性を狙う事件とか。お金のために犯罪が次々に考えられていることなど、想像すらしない。可愛い子は太らせて、あるいは醜く装って箱入りにしておかなければ守れない時代になって来た。「知らない人にはついて行ってはいけないよ」と幼い頃から言われてきたのに。神のように優しい人に助けられたとしても、学校や将来を棄てた人間に明るい未来など来ないことを。ただただ怒りに身を任せ、『自分の羽では飛べないくせに、巣を飛び出してキツネや野獣の獲物になった小鳥のようだ』と思っていたら、朝の光が空を一気に明るく照らし始めた。車が山の方から降りて来る音がした。恵は道路の真ん中に立って手を振って、助けを求めた。しかし、車は無視して恵を轢きそうになって初めて止まった。「バカヤロウ。危ないじゃあないか」と男の怒声がした。「助けて下さい。殺されそうになったんです。」という叫び声も、車の発車する音に遮られてしまう。『希望は、また絶たれてしまった』と恵は、そこに座り込んで、眠りに落ちた。

昨夜は一睡もしていなかった。体は疲れきっていた。もう一歩も歩けない。『せめて、目のつく場所に寝転んでいよう』とゴロゴロと体が汚れるのも気にもせず、寝転がって居心地の良い場所で意識が無くなった。気がつけば病院にいた。『あれから何日過ぎたのだろう?』診察しに来た医者に尋ねる。「意識が戻ったんですね。もうすぐ警察の方がいらっしゃいますが、気分はどうですか?」と聞く医者はマスクをしていたが目は涼し気で声も優しくて素敵だった。「今日は何日ですか?」と聞くと、山に置き去りにされて3日目だった。『あの写真は、今晩お金持って行かなかったらSNSで拡散されちゃうのかな?もう結婚も就職もできないんだろうな』と考えると涙が止まらなかった。

そこに若い男女の警察官が現れた。名前や連絡先を聞かれた後、男の警官はどこかに連絡を取りに部屋を出て行った、。「詳しく教えてくれるかな?」と女の警官が優しく気を使いながら調書を取っていた。家出して男たちに連れ去られ山の上でヌードを撮られ、今晩カフェにお金を持って行かなければSNSで、その写真を拡散すると言われたことなど。できるだけ自分の感情を押し凝らして、事実を。今一番大事な問題点を必死で訴えた。数時間して両親が迎えに来てくれた。二度と会えないと何度も諦めていたせいか、嬉しくて涙が止まらなかった。父は激しく怒っていたが、ヤクザたちに比べれば怖くは無かった。どれだけ威嚇しても命までは取って行かない。それどころか、こんなにブスで醜い娘なのに、大切に思ってくれている愛情が痛いくらい感じることができた。たぶん、世界中で一番愛してくれているのが、この父親だと気がついて思わず胸に飛び込んで泣いた。

かくしてサイバー警察という部署の警官が、「危ないところでしたね。家出して、掲示板に安易にアップして性的な被害はもちろん、監禁、暴力、人身売買、、臓器の売買、クスリ密売や詐欺の手下になる等々、犯罪は後を絶ちません。だいたいは、ネットにアップした子を呼び出し、遠くから様子を見て自分の好みだったら声をかけて食事を奢ったり、住み家を与えて保護だという名目で監禁するパターンが一番多いようですね。でも、最近は防犯カメラがあちこちあるし、会いに行っても相手の好みじゃないと、ついて来てくれない。なので、リアルマスクで男前に紛争して会いに行き、別々に待たせた車に行って連れ去られているようです。人身売買や覚せい剤などのクスリに、最近は臓器売買まであって、裏社会の大きな財源になっているという話です。お嬢さんが、山まで連れて行かれて、逃げ出せたのは、本当にラッキーだったと思って下さい。例のカフェに100万円持って行って頂きましたが、来ませんでしたね。写真も、どこにもアップされていないようですが、またアクセスして来て脅される可能性も無いとは限りません。不便でも、当分スマートフォンは解約して、用心した方がいいかも知れません。相手のアドレスは、ネットで検索しましたが、すでに解約されており、また持ち主も劇場詐欺に使われていたものなので関係は無いようですし。ひどい目に会いましたが、命が無事だったことは何にも替えられませんからね。」と恵の顔も見ずに機械的に説明して、「二度と安易に見知らぬ人と会ったりしないように。ネットの中での情報は写真すら加工して別人になれるのですから騙されないように」と言って恵のフェイスブックを親にも見せる。「誰なの?恵の名前を語っているけど、別人じゃない?」と母親がパニクっている。「本人映像を色々操作すれば、こんな風になるんですよ。」と警官は笑った。「それは、友人たちが面白がってアップしたもので。私がやったんじゃあないわ」と言うと父に頭を叩かれた。「こんな写真をオープンにするなんて、自分から誘っているのと同じじゃあないか。せっかく美味しいものをたらふく食べさせて、太らせているのに。結婚するようになるまでは、誰にも襲われないよう肉布団を身に纏い男を遠ざけなければ、心配で夜も寝れないじゃあないか」と言う父の顔は冗談を言っている様子は全然無かった。 

その今にも泣きそうな歪んだ顔を見て、自分は父親似だと思わず苦笑した。母が「恵には言わなかったけれど、恵が生まれる3年前に長女の春香が紙隠しに会って、お父さんは恵もそうなったらどうしよう?』と、不安で恵に厳し過ぎたのかも知れないわね。本当に何も無くて良かった。これで恵まで失ったらお母ちゃんもお父ちゃんも、もう生きてはいけなかったわ」と目を泣き腫らしていた。

『ブスでブタで良かった。どんなに醜くても、こんなに愛してくれる人がいるんだから。きっと将来出会える筈。お父ちゃんのように、ブサイクでも心底愛情に溢れた頼りになる男性と。それから恵は良く食べ、良く勉強をし、よく太って大学生になった。一人住まいを心配する両親に、安心してもらえるようスマートフォンは位置確認ができるよう、いつもセットしていたし、防犯カメラのある道しか歩かないよう気も使った。この危機管理さえあれば、自暴自棄になって危ないことをすることも無くなるだろう。

やがて恵が恋をした時、ダイエットして綺麗にメイクした時、シンデレラのように新たな世界が広がることは後の話になるのだが。【君主危うきに近寄らず】との言葉があるが、男性とは違い女性は、できるだけ安全な環境で、大切に愛情深く育てた方がいいと言われる。男性ならば、少々危険な冒険も必要かも知れないが。一度目をつけられ狙われたら、逃げられない。武道でも習って身を守るか、強い男性に守ってもらうか?危機管理は、子供の頃から教え込むことは大切だと思う。いくら平和で思いやりのある優しい人々の住む日本だと言っても、海外からも、国内でも子供や女性を狙った事件は知らないだけで増加し続けているのだから。


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