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騙す女騙される女  作者: 二階堂真世
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恋人はサンタクロース?

今年も町にはユーミンの「恋人はサンタクロース」の歌がかかり始めた。もうすぐクリスマスだ。この歌を聞くと去年の苦い思い出が蘇ってくる。

そう、昨年11月に前の恋人との別れがあった。7年同棲していた。いつまでたっても結婚しようとしない恋人と、喧嘩ばかりしていた。そもそも、結婚していても3年もすると相手に飽きて、7年目にもなると浮気して奥さんなんて抱かなくなると友人たちは言っていた。なので、まだ同棲して恋人同士でいたから7年目で破局を迎えたのかも知れない。

男はいい。いくら年を取っても、子供を産まないので、結婚適齢期など女ほど厳しくはないだろう。20代は、同棲の自由さに憧れ、仕事もしたい洋子には居心地も良かった。

しかし、年々男性からのアプローチが減ってくる洋子に比べて、前の彼氏はどんどんモテはじめた。若い女の子から尊敬されチヤホヤされたら、浮気のひとつもするのは当然かも知れない。でも、結婚していないので、どこかに訴えることもできないし、7年間尽くした慰謝料がもらえるわけでもない。

ある日、家に帰ると恋人の物が全て無くなっていた。そして、携帯電話をかけても通話拒否。『棄てられた』とおもったら泣けてきた。それから、一人で食事をするのが嫌で、毎日居酒屋で飲んで帰っていた。家の中は掃除もしないので荒れ放題。マンションの賃貸料は、全て自分で払わなければならない。貯めていた結婚資金を徐々に切り崩す他なかった。『この積立貯金が無くなったら、自殺したらいい』とまで思うようになっていた。

混ぜると危険な薬をネットで注文したり、自殺サイトを検索したり、最悪な日々だった。思い出すだけで胃が痛んだ。それを癒してくれたのが、宇田正敏。今の彼だった。前の彼のようにマンションに転がり込んで来ることは無かった。几帳面で真面目すぎるのが少し物足りないが、優しい人だった。出会ったのは前の彼がいなくなって、一か月ほど経った時、近くの居酒屋でいつものように酔っていたら話かけられた。

少し年下だったので、最初は付き合うようになるとは思わなかった。なのに、24日のイブの日に、素敵なレストランを取ってくれたのだ。前の彼は、そんなこと一度もしてくれなかった。と言うか、今まで付き合った男性たちに、イブはもちろん、記念日を大切にしてくれた人などいなかった。いつも、尽くして相手の誕生日にはお祝いをして、ご馳走を作って楽し気にしていたけれど、本当は寂しかった。

なので、こんな夢みたいなスチエーションに酔って、失恋の痛手も忘れることができた。そういう意味では宇田正敏には感謝しなければならない。あれから一年、本当に幸せだった。今年もイブに、素敵なレストランを用意してくれるだろうか?ここ数か月、忙しそうでラインしかしていないが、「イブには洋子のためにサプライズドを用意しているから」という一節を信じて待っている。

田辺洋子は、来年の誕生日で30歳になってしまう。女の婚期は遅くなったと世間は「35歳位に結婚するのが普通になっている」などと言うものだから、悠長に独身生活を気ままに楽しんでいたのだが。25歳過ぎたあたりから、周囲の男性たちの見る目が変わった気がする。仕事の後に飲みに行っても、ワリカンが多くなった。彼氏がいるせいだと思っていたが、別れて他の男の人と付き合おうとしたら、「おばさん」と同僚の男の人に言われてショックを受けた。まだ20歳そこそこの女子にはデレデレ顔で奢っているのに、この差別。

見た目は自分の方が、ずっとイケている。純情そうに上目使いで、イチオクターブ高い作った声で、「ウッソー」とか「エーッ、本当ですか?」などと、キャピキャピ顔で言うだけで場は盛り上がる。つけまつ毛とカラーコンタクトで大きく見せている目も、メイクを取ったら驚くほどほど薄い顔の筈だ。

なのに「若いといいねえ」などと、上司もお酒をつがれるだけで喜んでいる。洋子くらいのキャリアになると、もちろんお酒はつがれても、『コンパニオンじゃああるまいし、アフター5まで男性社員に愛嬌を売りたくない』と思ってしまう。それが態度に出るのだろう。「かわいくない」と陰口を言われているくらい察知できている。話かけられても、長年一緒に仕事をしていたから、性格もお見通し。面白くないし、何もためになる話は無い。『ロクな男がいないから、払ったお金の酒分だけは飲んで帰りたい』そのせいで皆が「ウワバミ」と悪口を言っていることくらい、わかっている。こちらも、男と別れて、生活費も切り詰め、一人では広いマンションからの引っ越し費用も高いので躊躇してガマンしているのだから。飲み放題3千円という忘年会など来たくはなかった。「たまには、会社の皆と飲み会でコミュニケーションをはかるのも大切だよ」と部長に言われて、仕方なく参加したのだが『やっぱり辞めておけば良かった』と後悔している。最近、正敏と、あまり会えないので欲求不満なのかも知れない。昨年のクリスマスは、お洒落なフレンチを予約してくれて、18金のネックレスをプレゼントしてくれた。その夜、酔った洋子をマンションまで送ってくれてオオカミになった。正敏は大きな病院の医療事務をやっていた。一度、忘れ物を届けて、病院の食堂でランチをしたことがある。病院で働く看護婦さんや、医師とも仲良く話をしていた。人間関係も良好なのが羨ましかった。「今日は早番なんだ。もうすぐ上がれそうだから、駅の近くの居酒屋で待っていてくれる?お礼に奢るよ。ボーナスもあるし」と言うので、居酒屋で待っていた。正敏は先輩だと言う好青年を連れて来て「一緒に、いい?」と言って、隣の席に座った。3人でカンパイして、世間話で盛り上がった頃「ところで、田辺さんは、投資とかやってるんですか?」と話かけられた。「とんでもない。投資なんてする余分なお金なんて、ありませんから。そんなバクチみたいなこと、絶対に無理」と言うと正敏に笑われた。「日本人は金融リテラシーが無いですからね。僕たちは経理をしているから、数字や社会の動きに敏感だけど、普通の人は、節約してたらお金が貯まると思って、ずっと貧困に喘ぐことになるのにね」と先輩と株やビットコインなどの話で盛り上がっている。「ビットコインなんて50倍ですよ。付き合いで10万円預けていたら500万円になっていて、ビックリ。日本で貯金していても、一年で今、利子100円ないでしょう?郵便で明細送って来る金額よりも安い利子なんて、どう?」と聞かれても、貯金がいくらあるかさえわかっていないのだから、話にならない。

2人の話を聞くでもなく聞いていたら、自分の無知さに恥ずかしくなった。「右肩上がりの株に、投資していた方が絶対にいいよ」と勧められても「そんな株なんて何も知らないし、暴落して紙切れになることだってあるんでしょう?」と拒否した。「いやいや、積み立てニーサなら、銀行よりも金利がいいし。これから物価も上がるし、お金の価値も下がるから。一番安心な投資だよ。ひと月1万円からでも始められるよ」と説明されても、お金に疎い洋子には理解できなかったし、そもそも興味も無かった。

それから、正敏は羽振りが良くなって、贅沢なホテルやレストランに連れて行ってくれるようになった。たまに、銀行の通帳を見せてくれる。そして、「10万円でも、仮想通貨買ってみたら?今度、新たに凄い利益が出る仮想通貨も出たんだ。10万円預けて月に1万円の利子のようなものがつく。1年も経たずに2倍になるんだ。これで、僕たちの結婚式やハネムーンの費用も、すぐに貯まるし、今より広いマンションの頭金も用意できる」とベッドの仲で囁かれると、つい幸せな未来をイメージしてしまって、『10万円くらいなら』と、お金を預けてしまった。それでも、月々、口座には1万円づつ振り込まれて来たし、10か月にもなれば、その利子分も仮想通貨に換えてもいいと思うようになった。そのうち、掛け金が多いほど、夢の新婚生活が実現できると思い、積み立て貯金の300万円も換えた。「10か月で利子だけでも300万円になる。そうしたら、頭金500万円で、駅の近くに経っている新築マンションを買う頭金にしよう」と2人で夢膨らませていた。そして、このクリスマスイブには、仮想通貨を一時現金に換えて、マンションの頭金と結婚資金にするつもり。お給料も高い正敏と結婚すれば、専業主婦。30歳までに結婚して、2人は子供も作りたい。今まであざ笑っていた会社の男たちを見返してやりたい。『結婚式は軽井沢の教会でもいいなあ』とパンフレットを見ていたら、正敏が「メリークリスマス」と言って、ケーキとシャンペンを持ってサンタの格好をしてやって来た。「何?その格好。」と呆れたが、嫌ではなかった。イベントには盛り上がる性格なのはわかっていたし、そこがまた好きだった。『正敏といると楽しい。平凡でつまらない日常が輝きだす。夢がある。未来は、きっと素晴らしい。正敏となら、幸せになれる。』と、この時も信じて疑わなかった。その日は、洋子の手作りのチキン料理にスモークサーモンやシーフードたっぷりのオードブル。そして、色鮮やかなサラダに、正敏の持ってきた、本物のシャンパンで、したたか酔ってどちらからともなく体を重ねた。幸せだった。【恋人はサンタクロース】というユーミンの歌がユーチューブから聞こえる。「明日は新築マンションの説明会だ。一緒に行って、申し込みしよう」と正敏は言った。

目が醒めると、部屋の仲の様子が、どこか変だった。正敏の姿も見えない。携帯に電話してみる。連絡が取れない。コーヒーを入れて、パンが無いのに気づく。すぐ近くのコンビニまで買いに行くとサイフの中からカードが無くなっていた。小銭はあるものの、紙幣も全て無い。嫌な予感がした。急いで家に帰って、預金通帳や印鑑も消えているのを確かめ、その場に座り込んでしまった。しばらく、呆然として、記憶をさぐる。昨夜は、シャンペンを飲んで、意識を失くしてしまったが。あれくらいで、酔うはずは無い。『何か、シャンペンに入れられたのかも知れない』と疑惑は深まり、不安がどんどん大きくなった。携帯電話は、何度かけても出て来ない。そのうち電源が切れたのか?GPSも使えない。

仕方ないので、正敏の働いている病院にも電話した。しかし、医療事務をしているというのも嘘だった。わざわざ社内食堂で食事をしたのも、近くにいる人と親し気に話をしていたのも、働いているフリをしていたのだ。全て嘘だった。社員食堂は、そこの社員が一緒でないと入れないと思い込んでいた。外部からの人も、ノーチェックで入れるなんて知らなかった。だから、てっきり、あの大病院で働いているものだと思ってしまった。

めんどくさいし、色々プライベートのことを聞かれるのは嫌だったが、勇気を出して警察に届けた。ビットコインに続く仮想通貨の詐欺が横行していることを初めて知った。考えてみたら、契約書も正敏に任せていた。銀行も最近はネット銀行が便利だと言って、新たに作ってくれた。全て正敏にしてもらっていたので、自分では何もできない。画面に映った明細だけ見て喜んでいた自分のバカさ加減に情けなくなった。それでも、何度かマンションに来ているのだから防犯カメラか何かに映像は残っているかも知れない警察の人と一緒に防犯カメラを見た。3か月分しか残っていなかった。『だから最近、来なかったのか』と、計算しつくされていたのが、わかってショックを受けた。

しかし、イブの日には来てくれたのでマンションの防犯カメラを確認したが。カメラにはサンタクロースに紛争した正敏の姿が映っていたが、帽子とヒゲに阻まれて顔の認証ができない。もちろん手袋をつけていたので、指紋も残ってはいない。

シャンペングラスも綺麗に洗ってあったし、家具からも洋子と前の彼氏以外の諮問は残されていなかった。全然足がつかないよう考え尽くされていた。プロの仕業だ。カードの被害は、すぐに止めたので50万円しか引き出されてはいなかった。カードでのショッピングはカード会社の保険で被害は無かった。家にあった現金は20万円まで火災保険で保証してくれた。すぐに銀行には連絡したので、通帳と印鑑があっても、これ以上引き出せないはずだ。ただ、投資した仮想通貨は返って来なかった。そもそも、投資したという証明の書類自体がサギだったのだから、どうしようもなかった。

正敏は、あのイブの日、大きな白い袋に、洋子の大切にしていたジュエリーやブランド品や金目の物を、いっぱい袋に詰めて悠然と出て行ったかと思うと腹が立った。

束の間見た、甘い夢。若き日々を前の彼氏との日々に費やし、結婚を急いだ女は節約して貯めたお金も贅沢品も全て失った。絶望的になって、生きるのも嫌になった。歳末、お正月と一人この辛い思い出ばかりの部屋で過ごすのは、耐えきれなかった。『久しぶりに実家に帰ろうか』とふと両親の顔が目に浮かぶ。男と同棲して、両親がうるさく結婚を迫るので帰らなくなって久しい。両親が心配して電話してきても、出ない。いつの間にか、電話もかかって来なくなった。今、どこにも自分を気にしてくれる人はいない。友人達とも疎遠になって、今さら連絡する気にもなれない。

友達は皆、結婚してしまった。この広い世の中で、それでも待ってくれているのは親だけかも知れない。きっと、今頃母はおせち料理に奮闘していることだろう。そのへんの、防腐剤いっぱいのおせちしか、ここ数年食べていないのに気がついた。「もしもし、お母さん?元気?今年、年末帰るけど、いい?」と言うと電話口の母の声が色めき合っているのがわかる。何も言わなくても娘の見に何かあったと予感しているのだろう。「早よう帰っておいで。何も買って来ないでええから」と言う母の顔が目に浮かぶようだった。電話を切ると、何故か、涙がこみ上げて来た。『一人ぼっちは寂しい。でも、まだ自分は帰る所があるだけマシだよ』と苦笑した。

あわただしい年末、大掃除をしていて気がついたことがある。精力剤だと言って正敏にも飲ませていたサプリのビンが無くなっていたのだ。それは、前の彼氏が置いて行ったものだった。かなり高価なもので効果もすごかったので、一度使った正敏も欲しかったのだろう。これからサギをするにも。好きでもない女を抱かなければならない時、重宝するに違いないから。

でも、その中に、前の彼に棄てられ自殺を考えて取り寄せた薬をブレンドした毒も入れておいたのを忘れていた。いつか、正敏が、その毒を精力剤と間違えて飲む所を想像したら、笑みが溢れて来た。仲間に高値で売ろうとするかも知れない。そうしたら、仲間たちも一掃できるだろう。一気に気持ちが晴れて元気になった。せめてもの仕返しができたと思うだけでも何故か嬉しくなった。【正直者は救われる】という勧善懲悪を、これからも信じていける気がした。


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