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騙す女騙される女  作者: 二階堂真世
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ヘルパーは後妻業

今度のヘルパーさんはよく働く。まだ50歳にはなっていないようだ。動きも若々しいし、明るくてテキパキしている。少々のワガママも笑顔で、しなやかに聞いてくれる。

さすがに、介護を職業に選ぶだけある。前のヘルパーさんは70歳をゆうに超えていた。なので、物を探していても、なかなか見つからない。同じ年か、もしかしたら年上かも知れない。何かを読んでもらうのも、老眼鏡を探すだけでも時間がかかるのでイライラしてしまう。動きも遅い。料理が上手いだと勧められたのだが、何につけても味が濃いのだ。胃がんをして、半分胃が無い守は、塩分を控えめにしていたので、それを告げているにもかかわらず、何を食べても辛いのだ。そのうえ、お味噌汁や漬物を発酵食品だから体にいいと、毎回食べさせられる。健康雑誌には、それらが日本人が塩分を取りすぎる要因だと書いてあった。それを見せても、「一杯くらい、大丈夫ですって」と言って取り合ってもらえなかった。

介護事務所は同年代なので、話が合うからと思っているらしい。しかし、病気で体が不自由なので、介護には力がいるし、トイレくらいは自分で行きたいのに、めんどくさいみたいでオムツにされてしまった。お風呂も入りたいのに、こんな老人に出来るはずもなく、洗髪用の何やら臭いのキツイ液をつけられて、タオルでふき取るだけだった。何をするにもガサツで、とにかくイラついて怒鳴りたくなる。

すると、ヘルパーを派遣している会社から、「これ以上、ヘルパーの交代を言われましても、他に人材がわが社にはいないので、他の事業所を、お探しになってはいかがでしょうか?」と言われた。介護業界には若い人材はいないのだろうか?70歳、80歳は、当たり前。ややもすれば、自分よりも年齢の高い、女性がやって来て、目も老眼で耳も遠い。

言うことを理解してもらえず、愛想も悪い。食事も、野菜炒めか、肉じゃが、カレーばかり作って、数日食べなければならない量を鍋いっぱいに作って帰る。何が食べたいわけではないが、同じ料理ばかりだと飽きてしまう。それでも、45分しかないので、食材は買って来ておかなければならないので、安いものや好きなものだけ買うようになる。知らず知らず、出来合いものを買ってしまうので、ヘルパーさんに払う金額で弁当も、お惣菜も買えてしまうので、家事は頼むのを辞めようかとも考えてしまう。

しかし、一人暮らしなので、娘たちが何かあった時、見つけてもらうことができるので1週間に一度くらいは来てもらいたいと勝手にオーダーしてしまう。食事を作りに来る時間も、中途半端なので、食べたい時には冷えて、余計にマズイ。他人のことをボケていると思っているようで、上から目線でバカにしているのが特に腹が立つ。

なので、ケアマネージャーを呼んで、違う事業所を紹介してもらう。しかし、そこは、もっとひどかった。やって欲しい事を言うと、「それは、ヘルパーがしてはいけないことになっているので、できません」と言う。歩くのが困難なので、上の方にしまっている衣服を取って欲しいと頼んだだけなのに。「大掃除や、衣替えは、できないことになっています。」などと言って取ってはくれない。電気が切れているので、付け替えて欲しいと言っても、「それは、してはいけないことになっているので、規則を破ると事務所がうるさいので」と言って、やってはもらえない。

最近は、近くの電気屋も潰れ、こんな簡単なサービスのために来てくれる人はいない。遠くに嫁に行った娘を心配させたくないので、あちこち電気が消えた家で、ガマンをするしかないのだと諦めていた。そんな中で、「はじめまして、ヘルパーは初めてなので、色々手の届かないことも多いとは思いますが、よろしくお願いします」と言って、新たなヘルパーに変わったのはラッキーだった。まだ40代というのは、珍しい。

しかも、なかなかのベッピンさんだ。今までのような年寄りとは違い、料理も、パスタやシチューなどという洒落た物を作ってくれる。オムライスやコロッケまで手作りなのは、ビックリした。4時に来るので、夕食には少し早いが、「アツアツがおいしいので、食べていてください。もう少ししたらポトフもできるから」と言って、料理の手際もいい。亡くなったヨメさんも、料理上手だった。でも、和食が多く、煮物やおひたし、焼き魚というパターンが多かった。なのに、カタカナのメニューが次々に。キャベツも、ひと玉あれば、お好み焼きやヤキソバだけでなく、ロールキャベツやホイコーローなどの料理になって、胃袋を楽しませてくれる。

彼女が来る日が楽しみになった。その日の分だけでなく、ひじきやキンピラごぼう、お煮しめなどなど、タッパーに常備品を何品か作っておいてくれるので、数日豊かな夕食を楽しむことが出来るようになった。前のヘルパーだと、食事だけで、掃除や洗濯物の片づけなどまでは手が回らなかったのだが、食事をしている間に、いつの間にかやってくれている。若いので、きびきびした動きを見ているだけで、気持ちがいい。「もう、寒くなって来たので、冬物出しましょうか?」と頼まなくても、衣替えをしてくれる。電気もいつの間にか付け替えてくれて、家の中は明るくなった。「前のヘルパーは、そんなことは規則違反だと言って、してくれなかったのに、悪いねぇ」と言うと「そうなんですか?でも、困っているのに、そんな杓子定規な事言って、許せないわ」と言って、優しく微笑んでくれる。「でも、本当はダメなんでしょう?しかも、時間、随分オーバーしちゃってるし。」と言うと、「あぁ、次の人はキャンセルなんで、時間があるので気にしないで下さい。前から気になっていたので、やっておきますね。」と言ってくれる。さすがに悪いので、「これ、お礼だから」と言って、お金を渡そうとするのだが、「そんなの頂けません」と、なかなか受け取ってくれない。「いやいや電気屋にも頼めないし、もう1年近く、風呂の電気も消えてて嫌な思いをしていたんだ。事務所には言わなくていいから、受け取ってよ。そんなに多くは入っていないから」と言うと「シングルマザーなので、助かります。これで、子供とファミレスに行っちゃおうかな?」と嬉しそうにするものだから、「今度、よかったら子供も連れて来れば、美味しいものでも食べに連れて行ってあげるよ」と言ってたら、トントン拍子で彼女との距離が接近できて、結婚話にまでに進むなんて夢のようだった。

彼女も再婚になるので、籍だけ入れて、誰にも告げず同居することになった。年金も高い時だったので、生活費には困らない。年金保険も出ていたし、株主の配当金も合わせれば、裕福な生活が約束されたようなものだった。子供が小さいので、親に預けて当分は通いで世話をしてくれることになった。家の中は彼女がピカピカに掃除はしてくれるし、家事は完璧。結婚したからと言って、夜の営みなどはリタイアして、もう何十年にもなるので、今さらそんな気にはなれない。足腰が痛いので、介護のために結婚して、専属のヘルパーを得たと満足だった。70歳後半。あと何年、生きれるか?

最後に、こんな娘よりも若い女性と一緒になれるなんて夢のようだと思った。娘にも子供はいない。自分が築いた富も財産も、いずれは国のものになる。それを考えると、シングルマザーで子育てを頑張っている、けなげな彼女の未来のためになったら嬉しいとまで思っていた。しかし、相続税が3千万円以上かかると聞いて自分の家や財産を、奥さんが死んだ後も困らないように金や現金で隠すことを考えついた。弁護士にも相談して、様々な方法を取った。そして、あっけなく結婚して2年も経たずに死去してしまった。


初めて葬式で会う娘は、この1年で現金が、ほとんど無くなっているのを不信に思ったが、病気の診療に保険がきかない最新医療をしたとかで、その病状の様子を彼女から聞いて「何も知らなくて、一人で看病大変でしたでしょう?もし、この家も売りにだしたら住むところも無くなって、お困りでしょうから、遺産は放棄しますね。父の最後に、連れ添ってくださって、本当にありがとう」と涙した。

しかし、初盆に、実家を訪ずれると、家は既に売られていて、彼女はどこに行ったのかわからない。周囲の人に聞いても、ヘルパーの事業所に聞いてもわからない。ただ、墓はそのままで、供養は娘である自分がせざるを得ない。永代供養にするにも、代々の骨の一体あたりいくらという感じなので、何百万かかるかわからない。

自分が死んだら、墓に来る者はいないので、自然と共同墓地に入れられるのだろうか?父の奥さんの連絡先の電話も通じないのが気にかかり、戸籍を取り寄せたが、籍からは消えていた。怪しいと思うが、調べる術もわからない。数年経って、さらに調べたら、結婚していて、連絡しようかどうか迷ったが、会いに行って驚いた。どう見ても日本人ではなさそうだ。まったく違う人物だった。しかも、結婚相手は、かなりの年で、車イスに乗っていた。あの美人な父の結婚相手は、どこの誰なのだろうか?こうなると父の死や財産が、ほとんど無かった理由も疑惑が。


金を外国の銀行口座に移したという証明などなど、沢山の契約書が、その辺の落ち葉と共に、焚火になって焼かれていく。「へぇ、焚火ですか?小さい頃に、やりましたなぁ。中にイモを放りこんで。うまかったなぁ」という声がして、愛美は「もうすぐ焼き上がりますから、一緒に食べましょうね」と言って微小する。「ほぉ。それは、待ち遠しい。ちょっと体が冷えて来たから、オコタに入って、待っていてもええやろか」と?老人が顔中しわくちゃにして笑って言った。「まぁ、大変。お風邪でもひいたらどうするんですか?肺炎による死亡率が一番多いんですから。オコタで温かくして、待っていてくださいね。すぐ、お持ちしますから」と、心配そうに言う。「そうするよ」と言って、家の奥に入る男を見る目が急に鋭くなった。それから、数日後、その家も売りに出されていた。遠い親戚しかいない男性には、美しい奥さんがいただけだったから。近所の人も、悲しげに、挨拶に来た奥さんを疑う者はいなかった。あの時の、焚火で焼け残った紙の一部には、今までに騙した男の名前が残っていた。

「次は、北海道だ。身寄りの無い、お金持ちの老人が、お前の天使のような介護を待っている。人生の最後に、こんな美人の優しい天使と結婚できて、束の間の幸せを味わえるのだから。2億円払ったって、惜しくはないよな」と仕立ての良いスーツ姿の男性が悪態をつく。「どんな役でも、こなしてみせますよ。今度はナース役だったかしら?」と愛美は、姉御のようにドスのきいた声で返事をする。「行く前に、ちょっと整形したいんだけど、いいかしら?」と言うので男は「またですか?十分綺麗なのに、これ以上触らない方がいいと思うけどなぁ」と言う。「ちょっと目を二重にしただけで、世間は、男はデレデレなんだから。どんどん美しく、若くなるんだから。今度はもっと鼻を高くして、知性のある女を演じたいのよ」と笑って言った。「やれやれ、演技や演出に妥協がないのが愛美さんらしいんですがね。手術をすると、何か月か、かかってしまうから。相手が、その間、死んでしまわないか?毎回、心配やわ」と相棒の男は、呆れて首をすくめた。


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