表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/671

39 カニ鍋を突く仲

 長い()の付いた()()()()を手に現れた空閑久志(くがひさし)は、マサの同期四人組の一人で、技術員を兼任する北陸支部のキーダーだ。

 顔のラインで切り揃えられたおかっぱ髪と白衣がトレードマークで、年季の入った皮ベルトの時計と銀環(ぎんかん)の並んだ左腕を持ち上げて、これ見よがしに前髪を払ってポーズを決める。


 綾斗(あやと)は突然の抱擁(ほうよう)に乱れたタイを直しながら「元気そうですね」と苦笑いした。


「久志さんに貰った金のだるま、ちゃんと部屋に飾ってありますよ?」

「うんうん、綾斗はいい子だね」


 満足そうな久志と面倒そうな綾斗を交互に見つめて、京子は「そっか」と声を挟んだ。


「綾斗この間まで北陸にいたんだもんね」

「そうそう。僕と綾斗は、同じ鍋でカニを(つつ)き合う仲なんだよ」

「間違ってはいないですけど……」


 久志は特別感をアピールするが、綾斗はこっそりと苦笑いを浮かべる。


「いいなぁカニ鍋。東京に居ると、食べる機会なんて殆どないし。なんか久志さんに会うの久しぶりな気がします。もしかして昨日の総会で来てたんですか?」

「そういうこと。久しぶりの東京だから、色々満喫させてもらったよ」


 そういえば昨日マサが彼の名前を口にしていたのを思い出し、京子は「久志さん」と彼に詰め寄った。


桃也(とうや)の指輪、久志さんが作ったって聞いたけど本当なんですか?」


 久志が鋭い猫目を光らせて「まぁね」と胸を張る。

 彼が桃也と面識があったなんて、想像もしていなかった。


「京子ちゃんが桃也と付き合ってるって聞いた時は、僕も驚いたんだよ」

「ちょっと、それって誰からの情報なんですか? マサさんにバレたの最近ですよ?」


 桃也がバスクだという事を京子は今まで全然知らなかったのに、何故こうも自分の話題はあっという間に流れていくのだろう。


「まぁそれは内緒ってことで。『大晦日の白雪』の後、桃也は少しだけ僕たちのトコに居たんだよ。けど桃也がバスクだって京子ちゃん気付かなかったんでしょ? 僕の仕事って完璧じゃない?」


 ずっと姉の形見だと言っていた桃也の指輪が、実は久志が作ったものだという。彼の名前がそのエピソードに出てきた途端、(だま)されたという思いが強くなってしまったのは何故だろうか。


「完璧ですよ。疑ったことさえなかったんです。私は桃也の事、何も知らなかった」

「僕も最初は驚いたけどさ、マサのことも許してやってよ。アイツ桃也を守るのに必死だったんだから。それよりさ、これを──」


 神妙な顔をする京子の肩をポンと叩いて、久志は持っていた黄色い紙袋を差し出した。


佳祐(けいすけ)から京子ちゃんにってお土産預かったんだ。アイツ昨日帰っちゃったけど、京子ちゃんに会いたがってたよ」


 佳祐はマサ・やよい・久志に続く、『同期四人組』最後の一人だ。

 九州支部のキーダーは彼一人しかいない。そのせいでいつも忙しそうにしているが、面倒見が良く京子にとっては優しい兄のような人だった。


「私も佳祐さんに会いたかったな」


 紙袋に印刷された有名店のカステラマークを確認して、京子は「やったぁ」とはしゃぐ。


「それで、そのさすまたは何なんですか?」

「聞いてくれる? これは僕が作った特別なさすまたなんだ。護兵(ごへい)や施設員でも扱える武器だよ」


 久志はさすまたを構えて、手元のスイッチをカチリと押した。

 ビインと音が鳴って、Uの字に開いた先端にバチバチと光が走る。けれどそれはすぐに消えてしまった。


「ちょっと不具合多いんだけど、これなら暴漢にも太刀打(たちう)ちできるでしょ?」

「当たったら大分痛そうですね」


 つまりスタンガンを大きくしたものらしい。不具合さえなければ破壊力は抜群だろう。

 久志は細い()を撫でながら、残念そうに呟く。


「僕はここに金沢らしく金箔を貼りたかったんだよ。なのにウチの二人が反対してさ」

「でしょうね」


 二人というのは、彼の助手である双子の少女だ。まだ入って浅い彼女たちに、久志は頭が上がらないらしい。

 久志は京子にその長い柄を握らせると、「ごめん」と両手を合わせた。


「これ朱羽(あげは)ちゃんに届けてくれないかな」

「朱羽に? 彼女が欲しいって言ったんですか?」

「そうじゃなくて。報告室のオジサンたちが彼女にってね。朱羽ちゃん事務所に一人だから心配なんだってさ」

「えぇ? 朱羽はキーダーですよ? また特別扱いして。久志さんが持っていったらいいんじゃないですか」

「そういうこと言わないでよ。僕だって行きたいけど、あそこの事務所に出禁食らっててさ」

「出禁って」


 黙っていた綾斗が(いぶか)しげに彼を伺う。


(しばら)く来ないでって言われちゃったんだ」


 そのシーンが何となく頭に浮かんで、京子は綾斗にこっそりと耳打ちした。


「私の同期なんだけど、男の人が苦手なの」

「そうなんですか?」


 そして京子は久志に思っている事を告げた。


「何やったか知りませんが、久志さんは距離が近すぎるんだと思いますよ」


 「そうかなぁ」と本人は自覚がないらしい。


「僕そろそろ帰るけど、二人も欲しかったら今度来るとき持ってくるからね」

「いえ、結構です」


 京子と綾斗の声が揃って、久志は「そうか」と白衣を(ひるがえ)した。


「じゃ、何か別のもの持ってきてあげるから、それは頼んだよ?」


 押し付けられたさすまたを握り締め、京子は去っていく久志を見送った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 久志のキャラ、めちゃくちゃハマりました! こういうキャラがいるとさらに面白いですね。 綾斗がちょっと可哀想だけど……笑
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ