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34 聞こえてきた真実

 宿泊先のホテルで朝食をとり、京子たちは支部に顔を出した後帰路へ着く。

 二時間程の移動はあっという間で、昼前には東京へ戻ることができた。


 六日振りの関東は、雲一つない春めいた青空が広がっている。

 体調が万全とは言えないが、もうすぐ桃也(とうや)に会えると思うと少々の熱も辛くはなかった。


 制服一式とキャリーバッグを引きずりながら電車に乗り換え、マンションのある駅を横目にアルガスを目指す。


 門の前に立つ護兵(ごへい)に「お疲れ様です」と歓迎されて中へ入り、京子と綾斗(あやと)は報告を兼ねて大舎卿(だいしゃきょう)の部屋を訪ねた。しかし本人の姿はなく扉のロックもかかったままだ。


「いないのかな」


 忠雄から預かった地酒と菓子の入った紙袋に『戻りました』とメモを貼りつけて、ドア前に置く。


「もしかして今日会議じゃないですか?」


 綾斗に言われて、そんなイベントがあったことを思い出した。

 新年の恒例行事で、全国に散らばった支部の代表が集まる。『意見交換を主とした会議』と言えば聞こえはいいが、事実上の新年会に過ぎない。


「多分それだ。綾斗詳しいね」

「仙台に行く前にセナさんから聞いたんですよ。今回の任務、最初は大舎卿と俺だったらしいんですけど、会議があるからって京子さんに変更したそうです」

「会議って言うか、飲み会だけどね」


 マサの憧れる管理部のセナは、無類のおしゃべり好きだ。アルガスの内部事情に詳しく、彼女に隠し事など無駄だと京子は思っている。


「へぇ。けど寒かったし、私で良かったのかもね」

「京子さんも倒れましたけどね」

「まぁ……けど、綾斗が居てくれたお陰でもう治ったし。色々迷惑かけちゃったけど、ありがとね」

「はい」


 綾斗は小さくはにかんだ。


「こんなこと言ったらまた年寄り扱いしてって怒られそうだけど、爺はもう長い出張とか行かなくていいと思うんだよ。私と綾斗で十分だもんね」

「そうですね」


 綾斗がもう一つの紙袋を手に、二つ隣にあるマサの部屋の扉を叩こうとした時だ。

 中から激昂(げきこう)する女の声がして、綾斗の手がビクリと止まった。


雅敏(まさとし)さん! 黙ってないでちゃんと答えて!」


 激しく()れる声に、京子は綾斗と顔を見合わせる。

 ドア越しで姿は見えないが、呼び方と声で彼女がセナであることは明確だ。京子の行動にぷんすかと説教することはよくあるが、マサ相手に感情的になる彼女は見たことがない。


「セナさんですよね、これ」


 (ささや)く綾斗に「うん」と短く答えて、二人で扉の向こうへ耳をそばだてた。


「どうしてこれがここにあるのよ。本当なの? 偽物なんでしょ? はっきり答えてよ」

「……本当です」

「そんな! 京子ちゃんはこのこと知らないんでしょう?」


 低く返事するマサにセナが声を荒げる。

 「私?」と自分を指して、京子は綾斗を振り向いた。


「京子ちゃんの気持ち知っててそんなことするの? 彼女がどれだけ苦しんだか分かる? それに……」


 取り乱すセナを相手に、マサはいつもの偉そうな自信は微塵(みじん)たりとも出さない。


「アイツの気持ちを知っても話せなかった。まさかあの二人が一緒になるなんて思わなくて」


 京子は眉をしかめ、扉から一歩足を引いた。これ以上聞いても自分に都合の悪い内容でしかないことは分かった。

 桃也の名前が出ることにも違和感を覚える。


「京子さん、行きましょう」


 察して綾斗が京子の腕を掴み、廊下の向こうへと促す。けれど京子は動かずに首を振った。

 聞かなければならない話だと覚悟するが、セナの言葉は想像を遥かに超えたものだった。


「桃也くんの家族の死因が刺殺(しさつ)だったなんて」


 京子と綾斗は「は?」と同時に呟き、白い扉を見やった。

 頭が白くなると言うことは、こういうことだろうか。

 声を理解できても、二人が何を言っているのか京子にはさっぱり分からなかった。


「しさつ……って? 綾斗?」  


 頭が混乱する。

 ぽつりと声にして尋ねると、綾斗は京子から手を放して勢いのままにドアノブを引いた。


「お前ら……聞いてたのか?」


 マサが放心したように青ざめていくのが分かる。

 一瞬静まり返る空気を打ち破ったのは京子だ。


「マサさん!」


 セナの左手が、テーブルの上に置かれたファイルの上に乗っている。表紙には良く見る報告書のテンプレートが使われていた。


「京子ちゃん……」

「それって『大晦日(おおみそか)白雪(しらゆき)』の事なの? 被害者の四人は、みんなバスクの暴走で死んだんだよね?」


 その犯人はまだ捕まっていない。

 バスクが放った力で町の一角に穴が空き、それが原因で犠牲者が出たのだと思っていた。あの日何もできなかった後悔を背負って、京子はずっとその犯人を捜している。


 それなのに。

 自分の解釈とは別の所に真実があるなど考えたこともなかった。


 口を開かないマサに憤って、京子は「マサさん」と強い音でもう一度彼を呼ぶ。

 ガクガクと震え出す拳を握り締め、一番聞きたくない質問を投げた。


「桃也は知ってるの?」


 マサは伏せた瞼を開いて戸惑う表情を浮かべるが、やがて静かに(あご)を引いた。


「もういい!」


 (わめ)くように叫び、京子は部屋から走り出る。


「京子さん、待って下さい!」


 追い掛ける綾斗を離し、京子は自宅マンションまでの道を全速力で走り抜けた。





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