12 操縦席の彼
四階でパイロット服のコージが京子を迎える。黒いサングラスを胸のポケットにしまって、「おいで」と手を振った。
「嫌そうな顔してる」
「だって。呼ばれた理由が何となく想像できて……」
長官の胸像を彰人に投げ付けた時にねっちりと叱られた記憶が蘇って、京子はこの上ない程憂鬱だった。
アルガス長官の宇波誠は、声を荒げて不機嫌を撒き散らすような叱り方はしないが、笑顔で咎める姿勢がまた心にズキリとダメージを与えて来る。
胸像の額にデコピンをかました事を後悔しながら、京子はコージの前で重い足を止めた。
「コージさん、いつ来たんですか?」
「ヘリでって事? 一時間くらい前かな。夕方にはまた発つけどね」
そんな短い滞在時間で長官に出くわした不幸を呪って、京子は階段の手摺にぐったりと項垂れた。
「京子は長官が嫌い?」
「嫌いって言うか、ちょっと苦手です。長く居る割にあんまり話した事ないせいかな。コージさんは長官と居る時間が長いですよね? コージさんこそどう思います?」
「俺?」
コージは京子の掴んだ手摺に腰を預けて「そうだな」と笑う。彼の緩く結わえた髪が肩に流れて、フワリと香水の匂いを漂わせた。
そういえば彼も独特の匂いがする。初めてコージに会った頃は、マサの汗臭さと対照的な香りに大人の魅力のようなものを感じていた。
「俺は好きだよ。俺をパイロットとして雇ってくれて、ちゃんと給料払ってくれるからね」
「割り切ってる……?」
「そういう事」
ニコリと笑うコージはマサの二つ年上で、アルガス航空隊のキャプテンパイロットだ。愛機のシコルスキーで、各支部を行き来している。
「まぁ、振る舞いが部下との距離を離しているなら、それは長官の悪い所かもね」
本部にのんびり居座られても困るが、殆ど外に居て何かあった時に指示ができない今の状況も納得がいかない。
けれど彼に対する評価は人それぞれで、桃也が長官のことを好意的に話しているのを聞いたことがあった。
「俺はキーダーじゃないけどさ、京子が思ってる程長官は悪い人でもないと思うぜ?」
「悪い人じゃなくても……やっぱり今日は友好的になれない気が……」
「まだ暗い顔してる。何かやらかした?」
「ちょ……長官の胸像にデコピンを……」
コクと頷いて、京子が指を弾く仕草を見せると、コージは「あっはは」と声を上げて笑った。
「見られたかもって? 大丈夫、大丈夫、今日はそういう話じゃないから」
京子の背中を強めに叩いて激励するコージは、話の内容を知っているらしい。
それが京子にとって良い事か悪い事かは、彼の表情から読み取ることができなかった。
けれど、そんなコージを信じて長官室に入ったことを、京子は少し後悔した。
「いらっしゃい、田母神君。さっきはちょっと痛かったよ」
長官が満面の笑みを広げて、指を弾く仕草をキメて見せたからだ。





