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スラッシュ/キーダー(能力者)田母神京子の選択  作者: 栗栖蛍
Episode3 龍之介
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17 憧れの男

 『マサさん』という人の話題になった時の朱羽(あげは)の反応に、恋愛の話なんだろうと予想はしていた。そして実際にそれを肯定された時のダメージは、予想よりもデカい。


 彼女に恋い焦がれる身として、それ以上の話は聞きたくなかった。

 好奇心もゼロではないけれど、『マサさん』との恋愛が良い結果でなかったことも何となく感じ取ることができて、詳細を知ることを申し訳なく思ってしまう。


「私と京子のトレーナーだった人よ。京子ってのは私の同期で」

田母神(たもがみ)京子さんですよね?」

「そう。龍之介、京子とも知り合いなの?」

「いいえ、名前だけです」


 アロハ男が口にしたのを聞いて、銀次に後ろ姿の写真を見せられただけだ。


「そっか。ほんっと有名人ね。アルガスに入った頃は、ここで一緒に訓練してたのよ」


 綾斗(あやと)美弦(みつる)のトレーナーだと言っていた。

 美弦は彼に対してそんな感情は全くなさそうだが、教育係の男性に生徒が惚れるというのは漫画やドラマだと珍しくないシチュエーションな気がする。


「誕生日は八月十日で、血液型はA型。出身は山梨よ。彼のことは何でも知りたかった。初めての気持ちだったの」

「その人もキーダーなんですか?」


 何気なく聞いた一言に、朱羽は「どうなのかな」と曖昧な返事をする。


「トールって言うのが正しいのかしら。その人、元々はキーダーだったんだけど、突然力が消えてしまったらしいのよ。私が初めて会った時にはもう……ね」

「あれ……」

「ん? どうかした?」


 「あ、いえ」と咄嗟(とっさ)に何でもないフリをした。朱羽の想うその相手が、銀次の憧れのキーダーと重なる。

 能力者がキーダーを選ばない場合、力を消されて元能力者(トール)と呼ばれた。本来それは自分の意志で決めた結果を指す言葉で、自然消滅をそう呼ぶことに朱羽は戸惑っているようだ。


「この力に絶対なんて物は何もないのよ。私もいつそうなるか分からないわ」


 朱羽は顔の前で上向きに左手を開いた。うっすらと白い光が灯った気がして龍之介は瞬きを繰り返すが、あまりにも一瞬のことで確信には至らない。


「朱羽さんたちキーダーの力は、未知ってことなんですね」

「そうよ。十五歳でアルガスに入ってはみたものの順風満帆でもなかったし。トールになろうかって悩んだ時に、キーダーのままアルガスを離れる選択を上が認めてくれたのよ」

「あの事務所へって事ですか?」

「そう。逃げ道へ入り込んだまま、これを書き換えなきゃいけないような時間が過ぎちゃったわ」


 朱羽はポケットから茶色のカードケースを取り出して、龍之介の前に広げた。

 八年前に撮ったという、キーダーになりたての彼女が微笑むIDカードだ。髪が長く化粧っ気のない幼い顔をしているが、大きく開いた目元が今と変わりなく見える。


「可愛い!」


 思ったままに呟くと、朱羽は「でしょ?」と笑ってカードをしまった。


「彼は全然悪くないのよ。私が子供だっただけ。意地張った結果がこれよ」

「朱羽さんはここに残りたかったんですか?」

「ううん、これで良かったの。私はあの事務所に居るのが好きだから」


 寂しそうな顔をする朱羽。


「その人のこと……今も、好きなんですか?」

「そんなこと聞かないで。もう諦めてるつもりだから。彼にはちゃんと相手がいるの。暫く会ってないから考えることもなかったのに、名前聞いただけで戻っちゃうものね。来週来るだなんて、冷静でいる努力をしなきゃ」


 気合を入れた朱羽は戻ってきた綾斗に気付いて、龍之介の耳にそっと顔を近付けた。


「綾斗くんは私と一緒。片思い同盟の仲間なのよ」

「かたお……」

「ダメよ」


 思わず繰り返そうとした声が、朱羽の人差し指に止められる。

 それ以上問いかけることもできぬまま、彼女の悪戯な笑顔に阻まれてしまった。



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