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74 ラスト1曲分の激闘

 二人の放った光の加減で、風景が白く霞んだ。

 律の懐に飛び込んだ京子が趙馬刀(ちょうばとう)を高い位置から振り下ろすが、瞬間的に現れた光に(はじ)かれてしまう。そこから横へ(すべ)らせた刃の動きに、律は後ろへと素早い跳躍(ちょうやく)をした。


 律が胸の前で五つの小さな円を描くと、指の動きに合わせて光が軌跡を残す。

 横並びの円が左からボンボンと硝煙(しょうえん)()き上げて光の玉へと姿を変え、一つずつ順番に京子を目掛けて発射された。


 京子は片手に持ち替えた趙馬刀で、玉を斜めに打ち落とす。

 重みのある音を立て地面にめり込んだ光の玉は、律の張ったバリアーこと隔離壁(かくりへき)()まれ(はかな)く散った。


 すぐに律の追撃(ついげき)が掛かり、今度は彼女の指が正面に大きく弧を描く。地面に近い位置でぐるりと線が(つな)がり、円の中心でいくつもの線が交差した。

 車輪のような光の外側を勢いよく手でなぞると、(じく)を中心にそれはぎゅんと高速回転を始める。


 光が律を離れる前に、京子は真横に構えた趙馬刀の切っ先を左手で掴み、迎撃態勢をとった。

 律は強気に「どうかしら」と笑って、車輪を京子の構えの中心へと放つ。


 一つ一つの動作が一瞬で、修司は目で追うのがやっとだった。(まばた)きすれば全てが終わってしまいそうで、必死に(まぶた)をこじ開ける。

 自分もこうならねばならないのかという焦燥(しょうそう)を頭から追い出し、今はただ京子の無事を祈った。


 京子は広げた足と水平に構えた刃で、衝撃を受け止める。

 キーダーの力で生成されたその青白い刃の硬さや大きさは、意志の強さに比例するらしい。


「京子さん、頑張って下さい!」


 恐怖を打ち破るように、修司は必死で叫んだ。

 車輪は地面を切るカッターのようにキンと高い音を響かせて、趙馬刀の刃を切り込もうと勢いを増す。反発し合う光が刃の輪郭(りんかく)をぼやけさせるが、京子はそこから力ずくで自分の肩の上へと攻撃を()退()けた。


 宙へ放り出された車輪は勢いのまま天井に衝突し、ガリガリと()()()()()いくが、天井自体にダメージはない。隔離壁がなければどれだけの被害が出ただろうと想像して、修司はゾッと背筋を震わせた。


 鋭い形相(ぎょうそう)で京子が地面を蹴ったのは、そんな天井の衝撃(しょうげき)に修司が目を奪われていた一瞬のことだ。

 趙馬刀の切っ先が律の目の前に突き付けられる。

 律には趙馬刀がない。彰人のような剣を作り出す能力もないことを修司は知っている。


 修司は京子の勝機(しょうき)を確信したが、


「私の速さに追いつけるわけがないでしょう?」


 律のその言葉が終わる時には既に二人の間合いは広がっていたのだ。

 五分五分と言いたいところだが、京子の方がやや劣勢(れっせい)に感じて、修司は懇願(こんがん)するように手を合わせる。


 ただでさえキーダーは力を銀環で抑えつけられている。

 かつての戦いで京子はアルガスに飾られている長官の胸像を敵に向けて吹っ飛ばしたというが、彼女が得意だという念動力(ねんどうりき)を使うには、ここに飛ばすものが何もなかった。モニターも椅子も並んでいるが、律の張った隔離壁に()え付けられたもので、この空間の中では動かすことができない。


 離れた状態で間合いを取り、そこから光を撃ちつける――二人が互いに光を飛ばし合ったのは、ほんの数秒だ。驚く程身軽に攻撃をかわし、どちらもダメージを受けないまま再び動きを止めて対峙する。

 呼吸を繰り返す二人に若干(じゃっかん)疲労が見え始めた。


 「面白い」と不敵な笑みを浮かべる律が、実力を伴っていることを修司は良く知っている。

 けれど、それは京子も同じだ。桃也でさえ彼女には敵わないと言っていた。だから、奇跡なんかじゃなく実力で律を倒してほしいと思う。

 そして、律を含めた誰もが命を落としませんようにと矛盾した祈りを込めながら、修司はその戦いを見守った。


 余裕の律を(にら)みつけながら、京子は額の汗を指で(ぬぐ)い、離れた位置から呼び掛けた。


「そんなに戦いが好きなの? 亡くなった恋人がホルスだったからって、ずっとそこに居座る理由なんてないんじゃない?」

「貴女だってそれだけ戦えるのに、どうして銀環をしてるの? それさえ外せば最強よ?」


 京子の強さを認めた上で、勝機は自分にあると踏んでいる律。

 『能力者の力は世界を(おびや)かすものだ』と判断した国が銀環を作り出し、力を抑制させたのがキーダーの起源(きげん)だ。全てを消さず、対バスク用として暴走を起こさないギリギリの威力に絞られた力で、キーダーはその任務をこなしている。


「銀環を言い訳になんてしない。銀環があってもバスクと戦えることを証明するのが、私たちキーダーの存在意義なんだよ」

「意気込むのは勝手だけど、能力が伴ってないじゃない。けど、これでいいのよ。銀環を否定するために私はこっちに居るんだから、ここで負けるわけにはいかないの」


 苛立(いらだ)つ京子に妖艶(ようえん)な笑みを返し、律は視線を修司へと移した。


「国に背く覚悟を、見ておくといいわ。けど、修司くんもその制服を着てるなら、自分の意思を行動に示すことは大事なんじゃない?」


 コロコロと鳴る鈴の音のような愛らしい声で、律はそんなことを言ってくる。

 彼女のテンプテーションに引っ掛からない自信はあるが、焦燥(しょうそう)()き立てられた自覚はあった。


「だから修司を挑発しないで!」


 京子が声を張り上げて律を非難し、趙馬刀を足元へ振り下ろした。地面へ向けた(つか)から白い光が剥がれ、律目掛けて真っすぐに走る。

 防御が遅れて光の先端が彼女の腕をかすめて空中へ散った。

 「クッ」と短く叫んで、律は衝撃に堪える。


「これくらい……」


 淡い黄色のカーディガンに血の色が瞬く間に(にじ)んで、修司はハッと我に返った。

 戦うことが死に直結する危険性を孕んでいる事を、余り考えないようにしていた気がする。


 ジャスティの曲は、すでにラストのサビに入っていた。

 傷口に手をあてがう素振りも見せず、平然と構える律の様子を伺いながら、修司は自分ができるだろう戦法を頭に巡らせる。

 戦々恐々としていたら、ずっとこのままだ。誰かが目の前で命を落としても、今の自分では泣くことしかできない。


 (キーダーになったんだろ?)


 未熟だが、秘めた力はゼロじゃない。恐怖に逃避したくなる感情を頭から追い出すと、冷静さがぶっ飛んでしまった。


 現状に(あらが)って、修司は改めて趙馬刀を胸の前で構える。

 使ったことなど一度もなく、訓練さえしたことがない。第一これはお守りだと言って渡されたものだ。けれど、趙馬刀の刃の硬さが意志の強さならば、少しは使えるような気がする。


 修司は大きく両足を開いた。


 そんな修司の決心をよそに、律が空中に大きな円を一つだけ描いた。ここに来て何度も目にした、これは律の戦闘(スタイル)だ。

 線の両端を(つな)ぐことで光の発動空間を作り出す技は手中で作るより効果的だが、書き始めの位置で威力を保つ実力が求められる。


 律の体を覆う程の大きな円だった。けれど書き出しの線に指が戻る直前で、光の線がぐにゃりとよじれる。

 出血のせいだ。よろめいた彼女の懐に京子が飛び込んで、再び刃を振り上げる。

 目を見開く律。


「降参した方が身のためだよ」


 京子が趙馬刀に力を籠めた瞬間、律はにやりと口角を上げた。


「残念、貴女の負けよ」

「京子さん、後ろ!」


 背後に回した手に律が光を構えているのが分かって、修司は無我夢中に叫んだ。





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