表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
162/671

66 ナイスタイミング

 (ゆずる)から来たメールに添付されていた写真を思い出し、修司はゾッと背中を震わせた。

 アイドルグループ・ジャスティのツアーファイナルがあるのだと譲が張り切っていたのは、つい数時間前の事だ。


「まさかジャスティのライブ会場ですか? 観客が居るんですよね? 今日友達がそこに行ってるんです」

「友達? あぁ、好きな奴がいるって言ってたもんな」

「はい。そこでホルスとキーダーが接触するだなんて、危険じゃないんですか?」


 近藤によって仕組まれたものとはいえ、穏やかに事が進むとは到底思えない。

 横浜のそのホールと言えば、国内外を問わず大物スターが毎日ライブをしているような場所だ。その収容人数を考えれば、いざ騒ぎになった時の混乱は避けられないだろう。

 桃也も「危険だろうな」と苦笑する始末だ。


「なら、そこにいる人たちは……」

「守るよ。それが俺たちの仕事だ」

 

 きっぱりと言い切る彼の顔に不安は見えない。

 狼狽(うろた)える気持ちを抑えて、修司は「はい」と息をのんだ。


「近藤が今日で指定してきたんだよ。ホルスとの交渉はライブ後って絶対条件だ。ホールには昼間からウチのメンバーが待機してる。別支部のキーダーも入ってるから安心しな」

「別支部? って、もしかして……」

「平野さんじゃねぇよ」


 期待する修司に、桃也は先に返事する。応援は九州支部のキーダーらしい。

 「時間だぞ」と促す桃也。(すで)に開演から一時間経った頃で、向こうは興奮の真っ只中(ただなか)だろう。


趙馬刀(ちょうばとう)は持ってるか? あと、その格好だと向こうでキーダーだって分からねぇな」


 羽織ったシャツの(すそ)(まく)り、修司が「あります」と腰の趙馬刀を見せると、タイミングを計ったように部屋のブザーが鳴った。

 桃也が入口で応答すると、『修司くん居ますかぁ?』と緊張感(きんちょうかん)のない女性の声が修司を指名してくる。横のモニターに荒めの画像で映し出されたのは、メガネを掛けた施設員(しせついん)の女だ。


『貴方の制服持って来たわよ』


 そういえば最初の朝に採寸していたことを思い出す。

 修司が「ありがとうございます」とモニターに向かって頭を下げると、桃也が扉を開いて彼女を迎えた。


「ナイスタイミング。流石だな、セナさん」

「こうなるんじゃないかって思ってたわ。二人で京子ちゃん達のトコ行くんでしょ? 間に合ってよかった」


 華やかな香水の匂いを振りまいて、セナは「急ぐわよ」と修司に詰め寄る。彼女の手がおもむろにシャツのボタンへ伸びて、修司は慌てて身をよじらせた。


「うわぁあ。俺、自分でできますから、向こう向いてて下さい!」

「可愛い、修司くん」


 初めての制服に感動する暇もないまま、修司は彼女が後ろを向いた隙に急いで服を脱ぐ。テーブルに置かれたズボンを()いて、シャツのボタンを締めながら「もう大丈夫です」と声を掛けた。


 もたつく修司の手から深緑のアスコットタイを(うば)って、セナは手早く襟元(えりもと)に結んだ。開いていたシャツのボタンをきっちりと留めて、「胸を張りなさい」と修司の背中をドンと叩く。


 壁掛けの大きな鏡の前まで手を引かれ、修司はそこに映る自分の姿に「うわぁ」と声を上げた。採寸(さいすん)の時に一度(そで)は通しているが、改めて着替えた自分が別人のように見える。


「何か、着せられてる感じだな」

「若い子には地味なのよ、この服」


 ボソリと呟いた桃也の感想に、セナまでもがそんなことを言う。 

 律もそうだが、この制服は女子ウケが良くないらしい。

 一緒に渡された身分証の写真は学生証と大差なかった。上に書かれたキーダーという肩書(かたがき)を恐れ多く感じてしまう。


「修司、キーダーになるんだな?」


 確認する桃也に「はい」と答えると、セナが間に入り込んで修司を見上げた。


「ねぇ修司くん、貴方はここに来たばかりで戦いなんてまだ見様見真似(みようみまね)でしょう? 美弦(みつる)ちゃんのこと心配かもしれないけど、助けようなんて思わずにパートナーになってあげてね」

「パートナーですか?」

「そう。無理しちゃダメって事よ?」


 その言葉を噛み締めて、修司は「わかりました」と頭を下げる。

 「行くぞ」と走り出す桃也を追い掛けて、階段を駆け上がった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ