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50 キスじゃない何か

 突然の(ひらめ)きに声を上げた修司(しゅうじ)に、美弦(みつる)が「何よ」と手を休めた。


「俺さ、昔から伯父さんに感情を高ぶらせるなって言われてたんだよね」

「興奮が暴走を引き起こすって言うものね。バスクとして正しい事だと思うわ」


 「だろ?」と(うなず)いて、修司は「だからさ」と人差し指を美弦の肩に突き付ける。

 「何よ」と苛立った視線が返って来るが、スルーして話を続けた。


「お前の方が強そうだし、ここでお前が興奮すればいいんじゃねぇのか?」


 安易な考えだとは思わない。我ながら良く思い付いたと自分を(ねぎら)いたいくらいだ。


「はぁ? 良く分かんないんだけど。私に暴走させようっていうの?」

銀環(ぎんかん)付けてれば暴走しないんだろ? 普段より一瞬でも力が強くなればいいんじゃねぇの?」


 距離こそあるが、軽い風船を動かすだけの力で良いのだ。

 美弦はもう一度風船を見上げると、不服そうな顔のまま(うなず)く。


「やってみる価値はありそうね。でも、どうすればいいのよ」

「やっぱり、感情の高ぶりといえば怒りだよな? お前ちょっと怒ってみろよ」

「簡単に怒れるわけないじゃない!」


 既に苛立(いらだ)っているが、自覚はないようだ。怒りが彼女の通常スキルだとすれば、そこからの高ぶりは望みが薄いのかもしれない。


 じゃあ何だと考えて、修司は一つのアイディアに顔を上げた。

 前に(ゆずる)と観た、ジャスティが主演の映画の一シーンが蘇る。主人公のえりぴょんが、想いを寄せる男に突然キスされて逆ギレするという場面だ。


 これだ! と確信して彼女に振り向くが、冷静に考えれば正気の沙汰(しょうきのさた)とは思えない。

 こんな場所で彼女にキスなんてできるわけないし、そんな度胸持ち合わせていない。逆に妄想で膨らんだ頭が興奮してきて、修司は慌てて頬を両手で叩いた。


 けれど他にアイディアもなく、自分を(ふる)い立たせて頭にイメージを並べていく。彼女が怒り狂う顔は幾らでも想像できるのに、いざそこに持って行くまでの過程は命の危機さえ脅かすものばかりだ。


「一人で何ニヤけてるのよ、気持ち悪い。今ならアンタの方ができるんじゃないの?」


 それは一理あるかもしれないと技を試みるが、意識が散って風船に集中できず、思うようにはいかなかった。やはり美弦に(たく)すしかない。

 もう、ぶっ叩かれてもいい。

 キスは絶対に無理だが、「覚悟しろよ」と意気込んだ。


「はぁ?」


 躊躇(ためら)余地(よち)はない。

 修司はそのまま間合いを詰めて、美弦の身体を抱き締める。笑ってしまうくらい、自分でも予想外の行動だ。

 柔らかい感触と少し熱い体温が伝わって、修司は捨て身の気持ちで両腕に力を込めた。

 美弦は一瞬抵抗を見せたものの、大きい目を更に見開いて身体を震わせる。


「ちょっと、何してんのよ……」


 彼女の声まで震えていた。

 修司自身、目的を見失ってしまいそうになるが、このアイデアは秀逸(しゅういつ)のようで、彼女の逆鱗(げきりん)をえぐる効果は十分にあったようだ。

 予想以上の怪力で美弦は修司の身体を突き飛ばし、彼女の右手がバチーンと音を立てて修司の(ほお)を撃ち付ける。


「ばっかじゃないの、変態!」


 ホールに響く怒号。そして同時に彼女の両手は再び天井へと伸びた。

 貼り付いたままだった青い風船が左右に大きく振れる。そしてゆっくりと白い天井を離れたのだ。


「ああああっ!」


 美弦の怒りが歓声に変わる。修司を振り返り「すごい」と興奮して、また頭上を(あお)いだ。

 ようやく試練達成。しかし三十分なんてリミットはとうに過ぎていて、京子の力の効果が切れたのか、美弦の力が届いた結果なのかは良く分からない。


 静かに落下してくる青色の風船を眺めて、修司は耳まで真っ赤な美弦とハイタッチした。



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