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47 帰ってきた男

「そういえば、この間力を使ったって言ってたけど、山に行った時の事?」


 こちらを伺う京子の質問に暗い空を渡るヘリの光を思い出して、修司(しゅうじ)は身を強張(こわば)らせた。


「バスクはよくやるんだよね。でも山には管理者が必ず居るし、ああいうのは良くないから。大体、あそこがアルガスの所有地だって知ってたの?」

「……はい」


 何も知らずに連れて行かれたからと誤魔化すことはできなかった。

 あの山がそうだと知って、帰る選択をしなかったからだ。


「もぅ。そんなにあの女を信用してたの?」

「……多分、そういう事なんだと思います」


 (りつ)と二人きりだったらもう少し警戒しただろうか。あそこに第三者的な彰人(あきひと)が居たことで、気が緩んでしまったのかもしれない。


「意地悪なこと聞くようだけど、私の仕事だと思って許して。あの日は関西の支部から戻るところだったの。まさかあんな派手にやってるとはね。私は気配感じ取るの苦手だけど、それでもすぐ分かったよ」

「えっと……」


 じっと見つめる京子の視線から逃れて、修司は出し掛けた言葉を飲み込んだ。

 アルガスに事情は筒抜けらしい。

 あの時やってきたヘリの恐怖が一瞬強く下りてきて、修司は膝を抱え込んだ。


「あれは京子さんだったってことですか」

「そういう事」

 

 ヘリの接近を敵の襲撃(しゅうげき)だと感じて命の危機さえ垣間見たが、その相手は目の前で穏やかに微笑む京子だという。


 敵か味方かを判断しろよ――そう自分に言い聞かせる。

 「すみません」と絞り出す修司に京子が「うん」と返事して、


「あんな所で勝手に力を使うのは良くないよ。あれだけでも抑止力(よくしりょく)にはなったでしょ?」

「怖くてチビったんじゃない?」

「んなワケないだろ!」


 ニヤリと笑う美弦に反抗するが、近い状態だったことは否定できなかった。

 京子はそれ以上の追及はせず、今度は意外な人物の話題を口にする。


「全く、師匠(ししょう)が師匠なら弟子も弟子だね。修司は平野さんのトコに居たんだって?」

「えっ……」

「アンタがここに来る事になって、色々調べさせて(もら)ったのよ」


 美弦は「バラしてないし」と口を動かす。

 最早(もはや)隠せることなど何もない丸裸状態だ。


「なら、平野さんの店の前で倒れたキーダーってのは、やっぱり京子さんだったんですか?」

「そんなこと聞いてたの?」


 ずっと疑問に思っていた事を尋ねると、京子は「ちょっと恥ずかしいね」と肩をすくめ、ケラケラと笑い出した。


「あの頃は東北にキーダーが不在だったから、能力沙汰(ざた)に関してはウチが管轄を広げて受け持ってたの。入りたてだった綾斗と行ったんだけど、平野さん頑固で大変だったんだから。すぐには無理だけど、平野さんにはそのうち会えるよ。同じキーダーなんだから」

「はい」


 京子は美弦と同じことを言うと「そろそろ別の事しようか」と立ち上がって制服を整えた。


 ポケットを探った京子は、真っ赤なゴム風船を取り出しておもむろに(ふく)らませる。修司は何をするのかと思ったが、美弦も眉を寄せたまま首を傾げていた。


 何の変哲(へんてつ)もない風船が顔くらいの大きさになって、京子は「これくらいかな」と口を縛る。


「まぁ、ゲームみたいなものだよ」


 ふわりと空中に投げた風船は、ヘリウムガスを入れたかのようにぐんぐんと上昇し、やがて天井に貼り付いた。

 アルガスでは二階分だが、民家なら四階ほどの高さだろうか。首の後ろが痛いくらいに天井を仰ぎ、修司は遠くの赤い丸に目を凝らした。


「あれを割るのが今日の課題。私が力で押さえておくから、力で割っても、落としてから割っても好きにしていいよ」

「えっ? そんなこと俺にはまだ……」


 修司はずっと握っていた趙馬刀(ちょうばとう)をズボンのポケットに突っ込んで、手を横に振った。

 銀環(ぎんかん)の効果で、ただでさえ未熟(みじゅく)な力が抑制(よくせい)されているというのに、あんな遠くのものを操るなんて到底(とうてい)無理だと思ってしまう。


「そんなに難しく考えなくていいよ。ちょっと動かせば落ちて来るって。美弦はどう?」


 美弦は顔面に緊張を貼りつけて、風船を見上げたまま首を傾ける。


 そんな時、背後でカチリとペンをノックする音がした。

 それまでなかった気配が突然現れて、修司はドキリとする。


 背中を振り向こうと(こころ)みたが、相手を確認する直前でパンと頭上で高い音が鳴り、視線が上へと引き上げられた。

 割れた風船が力を失って宙を舞い降りてくる。同時にカツンと叩き付けられたペンが、くるくると床を滑って後方へと走っていった。


 余りにも一瞬の出来事で、修司にはきちんと状況を把握することが出来なかった。

 ポタリと落ちた赤い風船から顔を起こすと、


桃也(とうや)――」


 戸惑うように息をのんだ京子が、修司の後ろを一点に見つめたまま緩い笑顔を(にじ)ませた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 桃也、帰ってきましたね。 どうなるのかな……どきどき
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