表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/671

13 初恋の王子様

 朝起きたら、涙が出ていた。

 これで何度目だろう、また夢に彼が出てきた。

 とうの昔に諦めた事なのに、夢の中の彼が何度も笑いかけて来て、忘れ掛けた想いが引き戻される。


 いつも同じシチュエーションは、何かの暗示なのだろうか。

 小学五年の時に行った林間学校──これは(まぎ)れもなく自分の記憶だった。


 オリエンテーションで迷子になって、泣き出してしまった自分を探しに来てくれたのが彼だ。別に友達だった訳でもなく、それまで好きだと思ったこともない。

 ただ頭が良く運動神経も抜群(ばつぐん)の彼は、クラスの女子に人気があった。性格も温厚で、きっと迷子になったのが別の人でも、彼は同じ様に助けに行っただろう。


『見つけた』


 ()き分けた草の間に現れた彼のホッとした笑顔に、京子は更に声を上げて泣いてしまう。

 困り顔一つせず「帰ろう」と手を差し伸べてくれた彼。

 きっかけなんて他愛ない。自分はその手に恋をした。


彰人(あきひと)くんは……』


 繋いだ手の温もりに思わず何かを口にしたが、その言葉を思い出せないまま毎回そこで目が覚める。


 夢に見る記憶は、そんな切り取られたようなワンシーンだ。

 迷子になって彷徨(さまよ)うシーンに始まり、手を繋ぐところまで。

 自分が恋をする瞬間から目覚めるたびに、罪悪感を覚える。


 (かたわ)らで眠る桃也(とうや)の寝顔に涙を拭うと、彼の(まぶた)が開いて目が合った。


「どうした? また王子の夢でも見たのか?」


 桃也の手がベッドサイドのライトに伸びる。まだ薄暗い部屋に照らし出された彼は、(あき)れ顔から笑顔を(にじ)ませた。いつもの桃也だ。

 彼とまだ付き合っていない頃、そんな夢の話をしたことがあった。


「王子じゃないよ。……けど、ごめん」

「謝るなよ。気にするなって言っただろ?」


 桃也はあくびを零しながらゆっくりと身体を起こし、京子の頭をそっと()でた。


「他の男の夢見たくらいで、俺が怒るわけねぇだろ」


 「うん」と(うなず)くと、ふと自分の左手に違和感を感じた。

 薬指に見覚えの無い指輪がはめられている。小さな石の付いた、女の子らしい華奢(きゃしゃ)なものだ。


「これって……」

「お前いつも俺の指見て(うら)めしそうにしてるだろ。けど、これは外せねぇから」

「――ごめん」

「いいよ。誕生日なんだから、もっと笑ってろ」


 京子は引き寄せられた胸に乾きかけた涙を押し付け、「ありがとう」と彼を抱きしめた。



   ☆

 公園での爆発騒ぎの翌日、アルガス三階の報告室から出てきた京子を綾斗(あやと)が迎えた。


「お疲れ様です、京子さん」

「待っててくれたの?」

「今来た所ですよ。大分長かったですね」

「オジサンさんたち、余計な事まで根掘(ねほ)葉掘(はほ)り聞いてくるんだもん」


 疲労困憊(こんぱい)で、京子は廊下に並んだソファに(くず)れた。

 朝九時前にアルガスに着いた途端連行され、そこからずっと報告室に入っていた。時計は(すで)に十一時半を過ぎている。


 上層部の男三人を相手に一人で受け答えする形式から、『法廷』や『取調室』といった異名を持つこの場所は、京子にとってこの上なく苦手な場所だ。


 綾斗は報告室から出てきた彼等に会釈(えしゃく)し、京子の横に腰を下ろす。


「足は平気なんですか? 朝病院に行ったってセナさんに聞きましたよ」

「そう。アルガス御用達の整形外科があって、連れてって貰ったの」


 グルグル巻きにされた包帯の上に履いた靴下が、こんもりと膨れている。


「まだ痛いけど、どうにか歩けるよ。本当はタクシーで行くつもりだったのに、朝ご飯食べてたら突然セナさんが家に来て大変だったんだから」


 通勤時間真っ只中の七時台に、自慢の真っ赤なスポーツカーをマンションの入口に横付けしたセナは、道行く人の大注目を浴びていた。


「桃也くんに久しぶりに会った、って喜んでました」

「そんなことまで言ってたの……」


 「はあっ」と京子は溜息をつく。予測はしていたが、相変わらずのおしゃべり好きだ。


「知り合いだったんですね」

「そう。昔マサさんのアパートに桃也が住んでた時があって、たまにごはん作りに行ってたんだって」

「何だか成長を喜ぶ親みたいでしたよ。報告室では桃也さんのこと聞かれたんですか?」

「聞かれたよ、あの眉毛に! 誰と何でそこに居たんだ、とか。やんなっちゃう」


 報告室の三人は、京子の中で『ヒゲ』『眉毛』『メガネ』とあだ名が付けられている。事ある(ごと)に呼ばれるせいで、顔を思い出しただけで気が滅入(めい)った。


「それで、答えたんですか?」

「まさか。詳しく言う義理なんてないし。恋人とご飯食べて、海見てたって言っただけ」

「災難でしたね。けど、京子さんの怪我がその程度で俺ホッとしました。他に巻き込まれた人もいなかったし。京子さんがいなかったら、もっと大惨事になってたと思います」


 フォローする綾斗の言葉に、京子はゆっくりと顔を起こす。


「違うよ、綾斗」


 昨日飛んできた光の熱の感覚を、はっきりと覚えている。


「いなかったら、じゃない。多分、いたから起きたんだよ」

「……京子さんが狙われたってことですか?」


 「うん」と(うなず)いて視線を落とす。桃也にもらった指輪が天井の明かりを受けて白く光り、その横で銀環も負けじとその存在を主張していた。


「綺麗な指輪ですね」


 綾斗は立ち上がり、京子の前に手を差し出した。

 彼の手首にもまた、銀環が光る。


「歩けますか? 大舎卿(だいしゃきょう)が戻っていますよ」


 京子は「ありがとう」とその手を(つか)んだ。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 描写が丁寧とかストーリーの先が気になるとかモンブラン可愛いとかなんか色々あるんですが、とにかく桃也くんが好き!! 家事万能なイケメン良きですね〜( *´艸`)
[良い点] 昨夜から読み続けて、ここまで読了(#^.^#) 京子を狙ったのは何の目的なのか…… 恋愛面も今は幸せな二人ですが今後はどうなるのか このままなのか 色々と楽しみです(#^.^#)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ