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41 理解のできない事

 照明を落としてベッドに入ると、颯太(そうた)は祖父母の事や、修司(しゅうじ)の母である千春(ちはる)に初めて会った時のエピソードを楽しそうに話してくれた。


 太陽に焼けた匂いのする布団が心地良い。

 いつの間にか寝てしまい、修司が次に目を覚ました時は部屋が朝の光でいっぱいになっていた。


 目覚まし時計のない、いつもより遅い起床だ。

 書類だらけの部屋が、昨日の記憶を一瞬で(よみがえ)らせる。


 隣のベッドで胡坐(あぐら)をかいた颯太が、「おはよう」と眠たげな目を細めた。


「寝てないの?」

「思ってたより繊細らしくてな。ま、これからは好きなだけ寝てられるさ」


 「だろ?」と自嘲(じちょう)して、颯太はベッドを下りる。

 修司は窓から吹き込む穏やかな風に目を(こす)りながら、窓辺に立つ彼の視線を追った。

 

「なぁ修司、アルガスから見る空は広いんだな」


 遠くの水平線まで広がる晴天は、昨日美弦(みつる)と見た風景と同じだ。

 そのまま(しばら)く外を眺める颯太の背に、寂しさを感じてしまう。


 しかし、そんな気持ちに浸っている暇はなかった。

 廊下から慌ただしい足音が聞こえて、「入りまぁす」の甘い声と共に、いきなり扉が開かれる。


「おはようございまぁす」


 朝食が乗ったワゴンを片手に引きながら、紺色の制服を着た見知らぬ女性が入ってきた。

 湿った空気を一瞬でさらった眼鏡姿の彼女は、律や京子より若干年上だろうか。銀環はなく、隙のないメイク顔はテレビに出て来る女優のようだ。


「管理部の香月(こうづき)セナです、宜しくお願いします」


 一方的に自己紹介をして、ポケットから取り出したメジャーを首にぶら提げる。


「ID用の写真を撮らせてほしいの。それと、修司くんの制服を作らなきゃいけないから、色々測らせて」


 有無を言わさぬ勢いで修司を下着だけの状態にして、彼女は持ってきたキーダーの制服を手際良く着せつけていく。美弦(みつる)綾斗(あやと)と同じ深緑のアスコットタイを締め上げると、白壁の前へと強引に誘導した。

 初めて腕を通す制服に感動する隙も与えず、セナはバシャバシャとデジカメのシャッターを切っていく。


 そこからまた上着を脱がされ、あっという間に採寸は終わった。


「あの、俺まだキーダーになるって返事したわけじゃないんですけど」


 勘違いされているのだろうかと不安を口にする。

 キーダーになるという返事をしないまま訓練を始めて、制服を着せられて、有耶無耶(うやむや)のまま仕事をさせられてしまう気がした。

 けれどセナは、「ごめんなさいね」と苦笑する。


「これは私の準備だから気にしないで。なりたくない人に強要なんて絶対にさせないから。貴方は自分の気持ちを伝えるべき人にちゃんと伝えるのよ?」

「は、はい……」


 颯太は、表情のない顔でセナを見つめていた。

 嵐のように現れ、そして朝食のワゴンを残して彼女は颯爽と去って行く。


 オムレツにベーコンとサラダを組み合わせたオーソドックスな朝食を取り終え、颯太は残っていた炭酸水を飲み干してから改まって口を開いた。


「一晩一緒に居れて良かったよ。余計な事言い過ぎた気がするけどな、折角(せっかく)の命なんだから大切にしろよ」


 颯太の言葉に納得はしている。けれど、折角の力なのにとも思ってしまう。

 アルガスの穏やかな空気に当てられて、あんなに嫌だと思っていた山での記憶さえ(ゆが)んでしまった。


「素直じゃねぇ顔しやがって。ま、銀環してれば暴走する心配もないし、ひとまずは安心だ」


 「無茶するなよ」と言われて、修司は「分かってる」と答える。

 「全くよぉ」と呆れる颯太。


「ところで、あの綺麗な兄ちゃんもホルスだったのか? 駅で会った男の方」

彰人(あきひと)さん? ううん、あの人はホルスだって聞いてないよ。ただのバスクなんじゃないかな」


 ここに来て彼の名前は一度も出ていない。

 「そうなのか」と深く頷いて、颯太はそれ以上何も言わず、口元に拳を押し当てた。


 そうしているうちに迎えがやってくる。

 ドアの隙間から顔を覗かせたのは美弦だった。美弦は颯太と目が合うと、気恥ずかしそうに視線を反らし、何故か修司を(にら)みつける。そして、集合の旨を早口に告げてすぐに行ってしまった。


 部屋を出る時、颯太は自分のセカンドバッグから小さい布袋を取り出してズボンのポケットに突っ込んだ。中から金属のかち合う音がしたが、修司にはそれが何なのか見当はつかなかった。

 見張りの護兵(ごへい)に連れられて向かった場所は、昨日と同じ会議室だ。


 長官と呼ばれる胸像の男や、ノーマルの上官に囲まれる状況を予想していたが、実際は昨日のメンバーに京子が加わっただけだ。

 京子は昨夜の姿からは想像もできない程にキリリとした表情で、入室した二人を笑顔で迎える。


「キーダーの田母神京子(たもがみきょうこ)です。初めまして」

保科修司(ほしなしゅうじ)です。よろしくお願いします」


 真っすぐ向けられた視線に緊張が走り、修司は(うやうや)しく挨拶した。颯太はうっすらと笑みを浮かべたまま会釈(えしゃく)を交わす。


 目の前の京子が泥酔(でいすい)状態の彼女とは別人に思えてしまうが、横に立つ綾斗が小さく肩で笑っているので本人なのだろう。

 昨日床に転がっていたハイヒールの効果で、修司と目線がほぼ同じだ。


 京子は全員を着席させると、手元の資料と照らし合わせながら修司の生い立ちから昨日までの事を颯太に説明させ、要点を赤ペンで書き込んでいく。アルガスが把握している事実は、修司の記憶とほぼ差異(さい)がなかった。


 「そうですね」と資料内容を反芻(はんすう)して、京子は颯太に地下への抑留(よくりゅう)を命じる。そこからどうなるかはまだ未定だが、予想通りと言えば予想通りの結果だ。


「またアルガスは俺をここに閉じ込めるんだな」

「それでも貴方が犯した罪への(むく)いにはなりませんよ」


 「おぅ」と低く返事して目を伏せた颯太に、綾斗が棘のある声でおかしなことを口にする。


「それと、もう一つ。保科(ほしな)さんには銀環をはめて頂きますからね」


 その意味を理解することができず、修司は「ん?」と眉間に(しわ)を寄せた。









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