表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/671

11 狙われた京子

 すっかり辺りが暗くなり、駅前のからくり時計が八時のメロディを流し始めた。


 店を出て数百メートル離れた海までの道を歩く。

 夕方待ち合わせした駅で会い、桃也(とうや)の叔父が勧めてくれたというイタリアンの店で夕飯を食べた。

 少し飲んだだけのアルコールが回って、京子は弾むような足取りで彼の前を歩く。寒いはずの風も、あまり気にはならなかった。


「まだツリー光ってる! ご飯も美味しかったし。ありがとう、桃也」


 海に面した公園の木々には、もう正月だと言うのに薄い青のライトが張り巡らされている。

 あちこちで佇むカップルの間をすり抜けて、京子は一番奥の柵まで駆けた。


「おい待てよ。そんな靴で走ったら転ぶだろ」


 桃也は京子を追い掛け、フラつくその腕を(つか)む。


「酔っぱらいが一人で行くな」


 「はぁぃ」と答えて、京子は桃也の手をぎゅっと握り締めた。

 いつもより少し高めの履き慣れないハイヒールに、桃也の顔が少しだけ近くなる。

 アルコールのせいだろうか、目が合ってはにかんだ彼に、心臓がいつもの何倍も早く動いた。


「何緊張した顔してんだよ。寒くないか?」


 「うん」とぎこちなく笑うと、桃也の胸に引き寄せられる。静かに重ねた唇に目を閉じて、京子はそのまま彼の胸に(ほお)を委ねた。冷えたコートの感触が、少しずつ温かくなる。

 抱きしめられる腕の強さを(しばら)堪能(たんのう)してから彼を見上げると、桃也の視線がふと京子の首元に留まった。


「新しいネックレス? 初めて見たかも」

朱羽(あげは)から貰ったの。誕生日プレゼントだって」


 その名前を聞いて、桃也は「あぁ」と眉を上げた。二人は前に一度だけ顔を合わせたことがある。


「マサのこと好きなんだっけ?」


 桃也がホッとした表情を見せる。嫉妬(しっと)してくれたのだろうか。


「そうそう。けど恋愛ってうまくいかないよね。朱羽はマサさんが好きだし、マサさんはセナさんが好きだし、セナさんは良く分からないし」


 五年前、京子と同期でアルガスに入った朱羽は、マサへの恋愛のもつれから、今アルガスとは別の場所で仕事をしている。

 アルガスの上官(オジサン連中)に人気のある朱羽の我儘(わがまま)がまかり通っている事態に不満はあるが、それでもまだ彼女がキーダーでいてくれる事は素直に嬉しかった。


「セナさんはマサのこと好きだと思うけどな」

「そうなの?」

「まぁ本心は分からねぇけどさ」


 あの二人の恋は、どう見てもマサの一方通行に見えるけれど。

 『大晦日の白雪』で両親を亡くしてから暫くの間、桃也はマサのアパートで二人暮らしをしていた。その頃の京子には特別興味の湧くような話題ではなかったけれど、後になって聞いた話では、セナが男所帯を見かねて何度か二人の部屋を訪れていたらしい。

 けれどセナはマサの想いを知っていたはずだ。それなのにそこで進展がなかったのだから本人が言うように「特別な気持ちじゃなくて義務」以上の想いはないのだろうと京子は納得している。


「それよりさ、京子」


 桃也が改まって京子を呼んだ。


「話があるんだ」


 見上げた桃也の顔に、躊躇(ためら)いの色が浮かんでいる。それが京子にとって嬉しい話ではない事が、何となく分かった。

 「どうしたの?」と(たず)ねると、桃也は少しだけ哀しそうな表情を浮かべる。


 けれど「俺……」と切り出した唇が次の音を発しようと動いたその時、桃也がハッと京子から公園の中央へと顔を()らした。

 京子の肩に乗せていた手に力が(こも)る。


「桃也? え……?」


 呟いた声と同時に、熱を感じた。桃也の視線を追って、京子は飛び込んだ衝撃に目を()く。


「あぶねぇ!」


 叫ぶ桃也の手を振り払い、京子は咄嗟(とっさ)に彼の前へ飛び出た。丸く熱い光が二人に目掛けて飛んでくる。


「京子!」

「桃也は下がって!」


 精一杯の声を張り上げ、京子は光に身体を構えた。息つく暇なく膨れ上がった熱の塊は、どんと正面からぶつかってくる。

 京子が間一髪(かんいっぱつ)で放った白い光は、身を守るように正面へ広がった。


「ちょっ!」


 それでも衝撃は大きい。白い光ごと後ろへ弾かれた京子が後方の鉄柵に衝突し、地面へずり落ちた。

 双方の光は溶け合うように霧散(むさん)し、闇の中へと吸い込まれる。

 一呼吸の間を置いて、辺りが壮絶なパニック状態に(おちい)った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ