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10 彼女の家へ

 大型連休の酒場はどこも盛況(せいきょう)で、一次会を終えた集団がぞろぞろと店から出て来る頃合いだ。

 足首まである長いスカートをものともしない足取りで雑踏(ざっとう)をすり抜けていく彼女は、走り出してすぐに自分の名前が『(りつ)』だと教えてくれた。


 全速力で彼女の横に並んだところで修司(しゅうじ)は背後を一瞥(いちべつ)する。美弦(みつる)たちの姿は見えなかった。


()けたと思うけど。もう少し走りましょう」


 何度も振り向く修司の手を握り、律は「もう少しよ」と微笑(ほほえ)む。


「このまま前だけ見て走って。人が多いから、見つかっても戦闘にはならない(はず)よ」


 繋いだ手を強く引いて、律が強引(ごういん)に先導する。修司の優柔不断(ゆうじゅうふだん)な気持ちが彼女には筒抜(つつぬ)けだ。

 律の細い手首に銀環はなかったが、美弦の時と同じだった。『貴女はバスクなのか』と聞かなくても、その答えを感じ取ることができる。


 繁華街(はんかがい)を抜けて、派手なトーテムポールを看板にした居酒屋の角を路地へ曲がった所で、律がようやく手を(ほど)いた。


 「ここよ」と足が止まり、唐突に告げられた目的地に修司は「えっ」と困惑する。

 狭い路地の奥にある、やたら古いアパートだった。コンクリートの低いビルに両脇(りょうわき)をピタリと(はさ)まれた木造二階建ては、息が詰まりそうな程窮屈(きゅうくつ)に見える。

 廃墟だと言われたら納得してしまいそうな外観を照らす共同玄関の明かりが、現役であることを精一杯アピールしていた。

 律は「私の家なの」と、ボロアパートには縁のなさそうな(つや)のある笑顔広げる。


 「ここですか」と躊躇(ちゅうちょ)したすぐ後に、『初対面の女性の部屋に入るのか?』という要らぬ興奮が湧いてくる。

 すると突然バタリと玄関の扉が開いて、中から大学生風の男が現れた。

 派手な絵がプリントされた黒いTシャツにジャージをはいた、コンビニにでも行くような格好だ。


「こんばんは、(たかし)くん」

「こんばんは」


 仲間なのかと修司が怪しんだのも束の間、彼は律の笑顔にうっすらとはにかんで、そのまま行ってしまった。


 律は「部屋が隣なの」と説明する。どうやら深い関係ではなさそうだ。

 ここもただのアパートに過ぎない。

 どこかの部屋で流れるアイドルの曲が、BGMを鳴らすように響いて来る。


 穏やかな日常の空気に気が抜けて、修司は「どうぞ」と促されるままアパートの中へと足を踏み入れた。


 外観(がいかん)からの想像を裏切らない、木が()き出しの古い内装だ。

 玄関の横には八つの()びた郵便受けが二段に並んでいて、律は上段の『安藤』の扉を開けるが、中は空だった。


 オレンジ色の温かい照明に照らされる階段を上って、一番奥の部屋へ案内される。

 ギシギシと(きし)む廊下には、四つの部屋のドアが並んでいた。扉にはそれぞれ花模様の白い()りガラスがついていて、手前二つからは中の明かりが()れている。


 律はポケットから取り出した小さな鍵で扉の上に付いた錠前(じょうまえ)を外すと、部屋の中へと修司を迎え入れた。

 細い板の間が付いた六畳一間の和室は、玄関に立っただけでその全てを見渡すことができる。


 彼女と同じ匂いがする部屋に上がり込んで、修司はやたらうるさい心臓の音をぐっと奥へ押し込んだ。







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