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初夏のある日の、星空が綺麗な夜のことです。
街灯の光が届かず薄暗い路地裏を、一人の青年が歩いていました。
背が高く、とても整った顔つきをした青年です。
青年が歩いていく先には、ダンボール箱に入れられた小さな子猫がいます。
青年は子猫の前で足を止めると、ポケットから折りたたみ式のナイフを取り出しました。
ナイフの柄にあるボタンを押すと、歯が勢いよく飛び出し、かちゃんと言う小気味いい音と共にロックされました。
青年はおもむろにしゃがみ込むと、ナイフを逆手に持ち替え、子猫にその凶刃を突き立てようとした、その時。
青年と子猫の足元から、漆黒の光が吹き出しました。
光は、一人と一匹を飲み込み、一本の柱となって空高くまで伸びていきました。
光の柱は徐々に細くなっていき、やがて夜闇に溶けていくようにして消えました。
光が消えたあとの路地裏には、禍々しい、魔法陣のようなものだけが残されていました。
その事に気づいた人は誰もいませんでした。
光の柱に気づいた人もまた、いませんでした。
◆ ◇ ◆ ◇
光に飲まれた青年は、真っ暗な空間にぽつんと立っていました。
あたりを見回せど視界に映るものは何もなく、感じるのは足元にいるであろう子猫の気配のみです。
暗闇の空間を探索しようと青年が一歩を踏み出そうとした瞬間。
青年は弾かれたように振り向き、手にしたナイフを構えました。
目には見えませんが、悍ましい気配を感じます。
足元にいる子猫も怯えたように青年の足元に擦り寄りました。
警戒している青年の脳内に、突如として声が響きました。
しわがれており、地の奥底から響いてくるような声で性別の判別はつきません。
『汝、名をなんという』
突然の現象に青年は眉を顰めましたが、相手が超常の存在であることを肌で感じ、素直に答えました。
「俺……いえ、私の名前は西湖翔駒と言います」
『貴様は破滅に属するモノ……我が使徒になるが良い』
「使徒に……? 具体的にどのようなことをすればいいのでしょうか」
『世界に絶望を、破滅を、崩壊を齎せ』
青年──翔駒は一瞬目を見開き、その後超常の存在へと問いかけました。
「それはつまり、私に世界の悪役になれと?」
『貴様の魂に最も適した神命である』
翔駒は隠しきれぬほどの感情をその端正な顔に表しました。
『貴様には我が加護と祝福を授ける』
その言葉が終わると同時に、翔駒の足元から赤黒い光が溢れ出しました。
『貴様の魂の思うがままに我が神命に従え』
光が爆発したかのように溢れ出し、翔駒の顔を明るく照らしました。
翔駒の口元は吊り上がり、心底愉快そうに嗤って──光の中へと飲まれて行きました。
翔駒がいなくなった後、真っ黒な空間にはなんの気配も残っていませんでした。




