第一話
「こりゃひでー有様だな」
すっかり焼け野原になってしまった街並みを、小高い丘から見下ろして呟く。
家々の焼け跡から燻っているどす黒い煙が辺り一面を満たしていて、視界はかなり悪かった。
この調子だともう誰も生きていないだろう、そう判断した脳内はやけに冷静だった。
その向こうにかろうじて見える、悠然とそびえ立つ豪勢な城。
中に住む権力者は今頃、消滅した街をどんな顔で見つめているのだろうか。
もしかしたらこの凄惨な状況下でも、デザートを幸せそうに食べていたり読書で自分の知識を増やしている可能性もある。
それとも、実は既に中身が空っぽだったりして。
外部の敵から自分達の身を守るためにたくさんの人間を使い城を堅固にしたのだろうが、一度侵食されてしまえば崩壊は早い。
偉そうな顔をして何もせずにふんぞり返っていると、いつかは見知らぬ敵に寝首を掻かれるものだ。
いずれにせよご愁傷様、と安否不明の権力者を心の中で嘲笑う。
それから、一度も会ったことのない街の人々の冥福を祈った。
城の上空には星屑が集まってひとつの川を作り出している。
この場所で観測できるのは珍しい。
変わるものと、変わらないもの。
世界は今、後者である〝さざなみの季節〟を迎えていた。
バチ、と
くたびれた焚き火の木が大きく爆ぜる音。
夜はまだ、これからだ。
「……ん?」
後ろから視線を感じる。
振り向くと、黒い毛布に身をまとった少女が俺をまじまじと見つめていた。
「おー、起きたか。よく寝れたか?」
俺の問いに少女は小さく頷く。
それから俺の背後に広がる景色を見て、少し悲しそうな顔をした。
「…本来ならこの街で宿を借りる予定だったんだけどなあ」
「……」
「この調子だとまた野宿コースかも」
野宿。
その言葉を聞いた少女の眉間にシワが寄る。
明らかに不満を言いたそうな顔つきだった。
「だってさ、」
そう言いながら俺は革製のポーチに入っている地図を広げてみせた。
「俺達が今いるところがここだろ?んで、こっから近い街となると…ここ」
「…」
すっかりボロボロになった地図の上で現在地、目的地の確認を少女と共にする。
地図には確かにこの場所に街があることが記されていた。
しかし、実際に訪れてみると街の欠片もない。
このままだとこっから近い街もなくなってるだろうな、と思いつつ言葉にするのをやめる。
まあ、こんな場所にいる段階で、まともな街や人々に会うこと自体が難しいのだろうが。
「…つーことで、お嬢様にはもう少し頑張っていただくことになりますが」
「……」
口をへの字に曲げて反抗していた少女だったが、ややしばらくして観念したらしい。
黒い毛布を乱暴に俺に投げつけ、大きく息を吸った後に小さく頷いた。(顔は晴れないままだが)
「はいはい、毛布は俺が畳みますよ」
投げつけられた毛布を持ち運びが出来るサイズまで適当に畳む。
少女はむすっとしているが、下手に機嫌取りなんてしたらさらに怒りが増しそうだ。
「じゃ行きますか」
焚き火を乱暴に消し、そこら辺に散らばっていた剣と盾を担ぎ直し、地図とコンパスを頼りに行く先を確認する。
松明はなくても月明かりがある。なんとかなるだろう。
少女は不本意な顔つきをしながらも、俺の後をついてきた。
___
歩いていた途中で闇夜が深まってきたので、適当な場所を見つけて野宿の準備をすることにした。
火を焚き、安全を確保する。
もう少し進むことも出来たが、少女の体力のことを考えた判断だ。
生まれた火はやがて大きく燃え上がり、辺りを暖かく照らす。
晩飯は少女が摘んできた薬草と木の実のスープと、俺が狩ってきた小動物の丸焼きと簡単なものだった。
少女が作るこのスープは素朴な味がして、身体の芯から暖かくなれた。
上を見上げると星の川が先程より近く見える。
占星術なんて信じないけれど、この星は俺達の未来や行く末を知っていたりするのだろうか。
そんなことをぼんやりと考える。
「……」
そよ風で木々の葉が擦れる音。
少女はうつらうつらと船を漕ぎ始めていた。
黒い毛布に包まれた身体は自分を守るように、丸く小さくなっている。
眠気で意識が飛びそうなのだろう、口の端からだらしなく涎が垂れている。
「あーあ、ったく」
起こさないようにそっと近付き、手の甲で乱暴に拭ってやる。
少女の唇が、俺の名前を形どった気がした。
焚き火の灯りを頼りに、愛用の剣を研ぐ。
この先も楽な道ではないだろう。
いつどんな場所で何と遭遇してもいいように、準備は万全にしておかないと。
冒険が終わりを迎えるのは、もう少し先だ。
第一話
これは、世界から見放された二人の物語