馬車引き
「おやぁ、マルゴットさん。
私にもそちらの旦那さんを紹介して下さいな。
ほぉーっ、ほっ、ほっ。」
太っているくせに、爬虫類の様に冷血そうな目をした男が俺を見てそう言った。話をもって行かれたノーラは、あわあわしているが俺もマルゴットもユルゲンと呼ばれた男も気にしていない。
「彼はレン。
カウマンス王国から来た商人で、この国でアントナイトの調度品を売りたいそうだ。
さっきエトガルにちょっかいを掛けられた時に助けてくれてね。
そこの大きいのを私に貸してくれるそうだ。」
マルゴットは俺を紹介した後、ぼーっと立っているクルトを指す。
「わぁ、そんな遠くから…。」
「それからこの変な喋り方の男は、ユルゲン・ハンゼン。
公都一の金貸しで、商会としても公都で三番目に大きいハンゼン商会の会長だ。
顔を繋いどいて損は無いよ。」
ノーラが俺に話し掛けようとしたが、マルゴットがそれに構わず話を続ける。
「いやいや、エトガルが調子に乗ってるのは知ってましたが、
一歩遅かった。
レンさん、このマルゴットさんには私も若い頃お世話になっていたので、
助けて頂いて私からも感謝しますよ。ほぉーっ、ほっ、ほっ。」
冷たい目をしているのに、表情や口調は柔らかい男である。とはいえ、ポンコツ公女の紹介から一気に大物達へ顔繫ぎが出来てユーバシャール到着そうそう運がいい。
「ユルゲンさん、
こちらこそお役に立てて嬉しい限りです。」
「それでユルゲン、最近儲かっている様じゃないか。
馬車を1台しか持っていない様な行商人達が、借金のカタに馬車を売っているそうだよ。」
「いえいえ、そんなケチな商売はうちじゃなく、
もっと小汚い連中ですよ。うちは清廉潔白な金貸しですからね。
大方、あの宝石をピカピカさせたドブネズミが、
小麦を集めるのに頭の軽い連中を騙しているのでしょう。
しかも、支払いに手形を使ってちっとも金を出さないって話ですから、
引っ掛かった連中は救われませんな。ほぉーっ、ほっ、ほっ。」
ああ、ノーラの兄みたいに無理な量を契約してタダで小麦を取り上げたり、集めて来ても手形で支払う。そして手形を換金に行っても、さっきのマッチョ達の様な輩に追い返されるか。そりゃ一人かそこらでやってる行商人じゃどうしようもないな。
「馬鹿が一人二人どうなっても構わないがね。
小麦を運ぶ人間が減ると余計に小麦の値も上がるし、
公都のパン屋もパンが売れなくなるよ。」
あれ、食料危機に繋がってる? 公都で小麦が足りなくなってきてるんじゃないのか。
「まあ、私もそう思いますよ。
でも、あのピカピカチューが私から金を借りてくれないと、
私にはどうしようもないんですよ。ほぉーっ、ほっ、ほっ。」
ハンゼン商会ならガイガー商会からも金の取り立てが出来るって事か。なら、借金の証文っていうか、この場合手形か。それをハンゼン商会が安値で買い集めて、ガイガー商会から取り返せば差額で結構な利益になるんじゃないか。
エトガルには俺も殺されそうになった恨みがあるし、ガイガー商会が困るなら俺もざまあみろって思えるしな。
「あ、横からすいませんユルゲンさん。
その手形をあなたが安値で買い集めて、代わりに取り立てるわけにはいかないんですか。」
「おもしろい事を考えるね、アンタは。
でも手形は貸し手と借り手は変えられないから、それは無理な相談だよ。」
ユルゲンではなくマルゴットが言う。ここでは、そういうルールになっているのか。でもやり方次第な気がするけどな。
「じゃあ、貸し手から取り立てを代行する代わりに、
成功報酬を取り立て額の半分にするとかすれば、
実質半額で手形を買った事になるんじゃないですか。」
「ほぉーっ、ほっ、ほっ。
いいですね、すごくいい事を考えますね。大変私好みですよ、レンさん。
ちょっとそれが出来るのか、うちの法律家とも相談して考えてみましょう。
ではマルゴットさん、私は急用が出来ましたのでこれで失礼しますよ。
ほぉーっ、ほっ、ほっ。」
なんかすげー気に入ったみたいで、ウキウキしながら出て行ったぞ。悪い人では無いみたいなんだが、トカゲみたいな目をした男がウキウキしてるのって気持ちが悪いな。
まあ、俺の為にもエトガルにぎゃふんと言わせて欲しいが。どっちでも俺の金にはならないけどな。
「行っちまったよ。しょうがないね。」
「あの、私。」
「それでレン。
あんた、帝国の商船と渡りを付けたいんだろ。」
ユルゲンを見送ったマルゴットは、ノーラを放置して俺に向き直った。
「ええ、ご紹介頂けるとありがたいのですが。」
そう、それが一番の目的だ。アントナイトをまとめて捌くなら、帝国の商船に売るのが手っ取り早そうなんだよな。
「ちょっとした仕事を頼まれてくれたら、紹介してやってもいいよ。
元々公都で帝国に小麦を売っていたのは私だからね。」
むう、本当なら願ったり叶ったりだが、仕事ってのがどんな物かに寄るな。
「そうしてもらえると嬉しいのですが、
仕事っていうのはどういう物ですか。」
マルゴットは机の引き出しから麻の小袋を出すと、その口の紐を解いて中身を机の上へと零す。それは茶色の毛が生えた様な粒だった。俺の知っている物と少し形や大きさが違っているが、それはよく知っている物だった。
「私の馴染みの馬車引き達も減っちまってね。
アンタ、この米を集めて来てくれないかい。」
うん、これ米だ。米の籾だ。




