金貸し
なぜ、俺まで残らされたのか分からないが、菓子店の老婆マルゴットのところにノーラと呼ばれた少女とトカゲ顔の金貸しが来たわけはこうだった。
ノーラの兄は行商人で、去年までは丁度この時期に主に農村を回って収穫を終えた小麦を集め、公都に持って来てマルゴットのランマース商会に売っていた。
しかし今年、ギャンブルで借金をした兄はランマース商会より高い単価を提示したエトガルのガイガー商会に小麦を売る契約をしてしまった。それも農村を回って商品を確保する前に、例年の1.5倍の量をだ。
普段より前倒しで農村を回って収穫後の買取を持ち掛けるノーラの兄だが、インカンデラ帝国の商船が小麦を集めている影響で他の商人と契約してしまい渋い反応の農村が多い事に気付く。契約では期日までに契約量を引き渡さなければ取引中止となる上に、売買契約金の2倍を違約金として払わなければいけない。
ノーラの兄は今、普段以上に遠くの村まで回って小麦を集めようとしているが、一方で借金取りがノーラのところにやってきて催促を始めた。困ったノーラは、マルゴットに相談に来たというわけだ。
今年マルゴットに小麦を売らない判断をしたノーラの兄だが、マルゴットとしては量も少なかったのでそこまでは気にしていなかった。むしろまたか、という感じだという。
ユーバシャール市民に小麦を売るよりも帝国の商船に売った方が利益が多いので、商人達はこぞってインカンデラに売ろうとした。その急先鋒がエトガルのガイガー商会だ。
ガイガー商会は元々宝石商だったが、帝国の商船から帝国製の調度品や装飾品を買って国内で売る事で資金を貯め、その金で小麦を集めてインカンデラの商船に売り始めた。一方、マルゴットのランマース商会はインカンデラの商船にも小麦を売るものの、8割はユーバシャール市民に売る分として残した。
手段を選ばず小麦を集めるガイガー商会と、市民用に買取価格を抑えるランマース商会で差は付き始め、小麦を持ち込む行商人も次第にランマース商会から離れて行ったという。マルゴットにしてみればノーラの兄もその一人で、むしろ早々にガイガー商会に鞍替えする商人が多い中で去年まで取引を続けたので悪い印象は無いというわけだ。
さて、ノーラの目的は2つ。1つ目がマルゴットの伝手で金貸しに強引な催促を止めてもらうか、良心的な金貸しへの借金の借り換え。借金は金貨3枚(30万円)だが、買い付けの金等を考えると現金では返せないし、金に換えられそうな物はもう家には残っていないという。2つ目はガイガー商会との契約に不足している小麦の入手。
契約を切った相手に図々しいとは思うが、ランマース商会はガイガー商会に追い落とされているとはいえ、ユーバシャールの老舗で食品業界の世話役の様な事をしている。ノーラにはもう他に頼れる相手がいないし、マルゴットも相談には乗るつもりでノーラやトカゲ顔の男を呼びだしていた様だ。
とはいえ、マルゴットもタダで金を恵んでやる様な事も無い。マルゴットがトカゲ顔の男に話し掛ける。
「なあ、ユルゲン。この子に金貨13枚をなるべくいい条件で貸してやってはくれないかい。
そうしたらノーラ、アンタはその金で借金を返し、残りの金で私から小麦を買うんだ。」
「う~ん、マルゴットさんのお願いですからね。
お話を聞けば2ヶ月もあればガイガー商会から資金を回収できるのでしょう。
であれば、2ヶ月後に利子も含めて金貨13枚と銀貨50枚でどうでしょう。
なに、払えなくてもちゃんとした奴隷商に売ってあげますよ。
ほーっほっほっほっ。」
トカゲ顔の男はギョロギョロと舐める様にノーラを見回して答えると、ノーラがヒッと小さな悲鳴を上げる。だいたい年利20%の月割りくらいか。令和日本の住宅ローンと比べればバカ高いし、きっと消費者金融の利子の限度額くらいか、それよりも少し高いくらいだろうがここでは良心的な部類なんだろうな。
130万円の借金で奴隷落ちと言うのは現代日本の感覚からすれば酷いが、この世界で力仕事等の重労働ができない女奴隷の価値は低い。労働奴隷としては金貨20枚(200万円)も付けばいい方なので、若くてちょっと可愛いところをプラス査定して、良心的な方なのだろう。
「お、お兄ちゃんと相談します。」
ノーラは項垂れて言う。お兄ちゃんが奴隷になればいいのでは、とも思うがこの時代女性一人で独立して生計を立てられるかといえば厳しい。
嫁の貰い手がいればいいが、そうでなければ低賃金でいいから住み込みの使用人の雇い主を探すか。だったらお兄ちゃんに働いてもらって、買い戻してもらう方がいいのか。お兄ちゃん、甲斐性なさそうだが。
そんな事を考えていると、俺に流れ弾が飛んで来た。
「なあ、レンさん。
アンタが借金ごとこの子をもらってくれてもいいんだよ。」
マルゴットがニヤリと笑いながらそんな事を言い出した。この場合の貰うは、奴隷として引き取るではなく、嫁として貰うなのだろう。ノーラはここで俺に気付いた様にビクリとし、それから俺の身なりを眺め、それから俺がヴァルブルガやニクラスを引き連れている事を見ると。
「あの、よろしくお願い…。」
よろしくお願いします、と言いたかったのだろうが俺は言い終わる前に、ぶった切る。
「あ、間に合ってます。」