菓子店
「おで、クルト。レンのイウとおり、スル。」
俺はクルトに店の扉を示すと、背中を叩いて走らせる。同時にヴァルとニクラスを連れ、店の横に入って隠れる。
「終わりだな、クロウ。 ぐはっ。」
クルトが店へと跳び込んだ時、クロウは小剣でザンの長剣を受け止めるも、蹴り足をマッシュに掴まれ店のカウンターに引き倒されていた。だが、扉に尻を向けていたマッシュは咄嗟にクルトを避け切れずに、跳ね飛ばされてクロウの上を飛んで、壁の菓子棚へと叩き付けられる。ザンとクロウは慌ててクルトの進路から避けた。
「何だこのオーク、いや人間か。
マルゴットぉ、クロウ以外にもこんな奴を雇っていたか。」
「さあ、どうだったかね。」
店の中から金髪の怒声が聞こえる。婆さんは落ち着いたものだ。店の中を探知スキルで探ると、クロウがザンの首筋に小剣を突き付けていた。頭を振りながら、起き上がるクルトとマッシュ。
「ちいっ。
さっさと店を畳んだ方が身のためだぞ、マルゴット。」
捨て台詞を吐いて菓子店から出て行くエトガルとザン、マッシュ。俺は3人が店から十分離れるのを待ってから、ヴァルブルガ、ニクラスを連れて店に入る。
「このデカイのを貸してくれたのはアンタかい。
間の悪い時に来たもんだね。怪我をしてなければ、いいのだけど。」
老婆は荒れた店内を片付けながら、俺に声を掛けて来た。クロウと思われる細身の男は二本の小剣を腰の鞘に戻し、腕組みをして店の隅に立っている。クルトはまだマッシュをぶっ飛ばした棚の前に、周囲を見回しながら立っていた。
「はは。
白いシャツを引っ掛けて、穴を開けてしまいましたよ。
ところで、この男はクルトと言いましてね。
良ければ私がこの街にいる間、その男を貸しましょうか。
返す前に死んだら金貨30枚、
無事に返せば1日銀貨30枚+その間の彼の寝床と食事でどうです?」
「悪くない話だがね、
アンタに得はあるのかい。」
「彼は目立ちますからね。
連れて歩けば、さっきのエトガルさんに目を付けられそうじゃないですか。
あなたに貸し出して、その間の面倒も見てもらえれば私にとっても損はないですよ。」
「ふふふっ。
良く食べそうだけど、お願しようかね。」
「おい、待てマルゴット。」
俺とマルゴットでクルトの貸し出し条件が決まりそうになったところで、クロウが口を出す。
「助太刀には感謝するが、こいつは誰なんだ。
護衛を借りる程、信用できるのか。」
「このコはアロイジア公女殿下の紹介だよ。」
そう言って、公女の紹介状をクロウに渡すマルゴット。
「公女の紹介?
このレンはカウマンス王国から来た見どころのある商人だ、良きに計らえ。
ってどこにも信用の出来そうな話が無いじゃないか。」
だが、紹介状を読んだクロウが叫ぶ。俺も今、見せてもらったが本当に一行しか書いていない。まあ、会って3日の外国から来た商人にまともな紹介状なんて書けないよな。あの公女、騙されやすそうだし。
「クルトは見ての通り、演技とかできるタイプじゃないんで、
そこのところは信用して下さいよ。
ちょっと理解は遅いけど、力持ちで役に立ちますよ。」
「う~ん。」
「まあ、いいじゃないか。
エトガルがここまでして来たって事は、近々何かするつもりなんだろう。
生憎こっちはあまり余裕が無いんだ、
食事と銀貨だけで人手を増やせるなら悪くないさ。」
「むう、仕方ないのか。」
こうして話がまとまり掛けたところで、店に次の訪問者があった。
「マルゴットさん、
ってあれ、扉が壊れてる。
マルゴットさん、大丈夫なんですか。」
入って来たのはいかにも町娘といった格好の茶色い髪の少女だ。
「ああ、ノーラかい。
こっちも散らかってるが、まあそこで待ってな。
もうちょっとで来ると思うから。」
「ど、どういう状況なんですか。」
少女は俺達と店の中に散らばった商品を見て、オドオドしている。いや、店に入る時からオドオドしていたか。
「えっと、俺は日を改めた方がいいですかね。」
せっかく紹介状を持って来たのに、暴力沙汰に巻き込まれた挙句、大した情報も得られないまま帰るのもどうかとは思う。でも、まだこの少女絡みでもう一山ありそうなので、俺は次回の機会を残しつつこの場はフェードアウトしようとした。
だが、マルゴットはそれを一言でそれを封じた。
「まあ、片づけを手伝っていきな。
これから来る者との縁は、アンタにとっても価値があるはずさ。」
マルゴットはそれ以上、何も言わずに店の中を片付け始めたので、少女とクロウもそれを手伝い始める。仕方なく俺達も手伝う事にした。
手伝っている間、ノーラと言われた少女に自己紹介でもして、何の用事でマルゴットに会いに来たのか聞こうと思ったが、微妙に俺と距離を開けようとしている感じがあったので、黙々と店の片付けを続ける。
そうしていると、さらに店に訪問者がやって来た。
「失礼しますよ、マルゴットさん。
何でもエトガルがやらかしたそうですが。
ほーっ、ほっ、ほっ。」
この胡散臭いセールスマンの様な話し方をした太った来訪者は、いかにも金貸しと言った風貌をしており、大きな割にトカゲを思わせるその顔は、いやらしく歪んで見えた。




