爆炎
「レン。敵はこれで全部か。」
十分に近づいたところで、バルナバスさんが俺に小声で聞いた。
「はい。
さらに奥の5人も近づいてきてはいますが、警戒しているのかそれ程速くはありません。
近くにいるのは見えているだけで全部です。」
「よし。」
それだけ聞くとバルナバスさんは、森の中から馬車を包囲する騎士達をさらに半包囲する様に、ギードさん達に指示を出す。そしてそれが完成すると騎士達の背後から強襲した。
「行くぞぉーーーっ。」
大声を上げ、突撃するバルナバスさん。それに呼応するように声を張り上げるアルノー君。ギードさんとエルネスタさんは無言で突撃する。まあ、男と見間違う様な厳つい顔したエルネスタさんが、アニメ萌え声で「おうぅぅ。」とか言ったら気が抜けるもんね。俺とお嬢様は森の中からそれを見守る。
「なにぃ、後ろからとはなんと卑劣な。」
さっきからコジマちゃんを盾にしている騎士が煩い。なんかアイツ、腰が引けてるし、中年ビール腹だし、何というか偉そうだけど弱そうだよな。手柄を上げたくて現場指揮を買って出たけど、思った様な楽勝で進まなくて焦っているんだろうか。
「アレは樽鼬ヒエロニムスと呼ばれている騎士だ。
ふん、相変わらず煩い奴だ。」
お嬢様が俺の隣で鼻を鳴らす。
「樽鼬?」
「見た通りだ。
ビール樽の様な体に、鼬の様なセコさ。
自分は動かずに手柄ばかり騒ぐ鬱陶しい男だ。
インメル子爵の次男でな。はっきり言って能力に乏しく信用の置けない男だ。
子爵家でも役職を貰えそうも無く、兄上の腰巾着をしている。
そのくせ使用人達や市井の者には横柄に振舞うので嫌われ者なのだよ。」
うわぁ~~~、嫌われ上司の典型みたいなヤツだな。って言うかやっぱり兄と殺し合いをしてるって、お家騒動な訳ね。ゴロツキやら傭兵しか姿を見せない内は黙っておくつもりだったけど、騎士が姿を現したらもう隠せないと思って言っちゃったのかな。どうせ俺も後で処分するつもり、とか無いよね。俺、結構お嬢様の為に頑張ってるよね。
「わ、私には貴族様方の事はよく分かりませんので、
耳と口は塞がせて戴きます。」
「うむ。お前はなかなか弁えて居る様だな。」
正解か。正解だよね。もちっとゴマを磨っておいた方がいいか。
「ぐふッ。」
「やっ。」
あ、同時ではないけど、アルノー君とエルネスタさんが負傷して脱落、劣勢だな。15対5だったからね。でも、加勢してからはフリッツさんが5人、バルナバスさんが3人、ギードさんが地味に1人倒してるから、今は6対3いや5対3だね。ヒエロなんとかは、コジマちゃんの腕を掴んだまま動かないから、敵からも味方からも無視されてるし。
いや味方からは罵声を浴びているが、戦うのは自分の仕事じゃない的な事を言っている。管理が仕事なんだってヤツか。あっ、執事のクリストフさんに後ろから殴られて伸びた。何やってんの。
いざという時は俺も前線に出ないとかなと思ったりもしたけど、フリッツさんとバルナバスさんが馬鹿強いから大丈夫そうかな。倒れたアルノー君やエルネスタさんも止めを刺されそうな感じはないし。何だか殺し合いをしてるんだけど、騎士同士だと止めを刺すまでしないで済ますのか。同じ家に仕えたり、同じ派閥の家だったりするから、どっちが勝っても負けた側は口を噤んで勝者に従う感じだろうか。騎士の育成コストってスポーツ選手並みに高そうだしね。
あれ、それだと俺は負けた時、殺されるパターンか。ノーコストだしね。ヤバイ。フリッツさんとバルナバスさん、ついでにギードさんも俺の為に頑張ってくれ。それにしてもエルネスタさん、悲鳴も可愛いなぁ。何か下の方でピクリと。と、俺がそんな馬鹿な事を考えてる内に、奥にいる5人が近づいてきた。もう15分くらい戦っているしね。
「バルナバスさん、奥の5人が来そうです。」
俺がそう言うとバルナバスさんは最後の1人を切り捨ててから顔を上げた。さすがに皆、肩で息をしている。
「そうか。
クリストフ、アルノーとエルネスタの手当てを。」
バルナバスさんの指示でクリストフさんとメイドさん達が、アルノー君とエルネスタさんに肩を貸して後ろに下げ、手当てを始める。俺も手伝おうかと思ったけど、お嬢様の傍を離れるなと言われたので、棒立ちで見守っている。
その後すぐに街道の奥から5人の騎士、いや1人は魔術師か、が現れる。その前に立ちはだかるバルナバスさん達3人。あれ、俺のすぐ横から何か聞こえるぞ。何だ、呟き、囁き、それとも詠唱?
「ふはははははっ、よくぞ40人以上を相手に凌いだと言いたいところだが、もう残りは3人だけ。しかも満身創痍ではないか。ついに年貢の納め時だな、わが妹ジークリン…。」
5人の男のうちの真ん中の男がそう言いかけた時、お嬢様の念が眼前で炎の形を取ったように見え、そして5人に向けて飛び、爆ぜた。ま、魔法!?