奇妙な蟻
2回目の探索は帰路の途中まで順調に進んだ。幸運にも恐怖蟷螂等の大物にも遭遇せず、探知スキルで2区の虫の群れや8区の大蟲も全て避けて前よりは4時間早く『採掘場』まで到着出来た。
『採掘場』で一泊した後、どっちにミスリル銀の鉱床が続いているか調べる為、5か所を選んで特に狭く深く掘り進んだ。残念ながら洞窟の暗さの中、ランタンや松明の灯りだけではミスリル銀かアントナイトかは見分ける事が出来なかったので、採掘した場所によって5つに分類して、前と同じ様に青い金属を全て持ち帰る事にした。
だが迷宮に入って3日目、異常は帰路に発生した。『採掘場』付近から巨大蟻がすっかりいなくなっていた。遭遇しない事はいい事だが、遭遇しなさ過ぎた。俺の探知スキルに依るとどうやら8区全体に薄く広がっている様だった。
俺は異常行動する蟻達に危険を感じ、帰路を急がせた。だが、2区との境界である地下河川まであと1時間といった所で、酷く傷付いた1匹の蟻を見付けた。俺達はその蟻から3歩の距離を開けて囲んで見下ろす。
その蟻は体色が黄色と言うかオレンジがかっており、黒や灰色の体色の他の蟻とは明らかに違っていた。ただ、それは腹が裂けて体が半分しか残っておらず、殆ど千切れた足を使って体を引き摺る奇妙な動きをしていた。
「何でこんなになってんだ。」
「たぶん、向こうのもう一匹と何かあったのだろう。そっちも見に行こう。」
インゴの疑問に俺はそう答えた。他の者は気付いていない様だったが、蟻から10m離れたところでもう一つの弱った生き物がいた。俺の探知スキルは、30mは手前から2つの弱った生き物の気配を知らせていた。ただ直接の危険度の低さから、他の危険な生き物を避ける方を優先しここまで来てしまった。
俺達がもう一方の所に行くと、羽の片側だけで2mはありそうな巨大な羽虫が転がっていた。これは1回目の採掘探索で見た巨大蟻を吊るして飛んでいたヤツだ。
ただ片方の羽は千切れ、もう片方の羽は真ん中で2つに折れ、腹からオレンジ色の体液を流している。
「虫同士で争ったのかのう。」
フリーダの呟きには、皆が無言で同意した。
「取り敢えず、コイツ殺しとこうか。」
気付くと、いつの間にか蟻の元に戻っていたインゴが槍を振り上げ、その穂先で狙いを付けていた。背筋が凍り、頭の中に警報が鳴る。それはダメだ。
「待て、離れろ。絶対に手を出すな。
ゆっくりと離れてこっちに来るんだ。余計な事はせずに、さっさとここを離れるぞ。」
インゴは拍子抜けしたような顔をするが、槍を下ろしてこちらにやって来る。ふぅ。ヤバかった。さっきまで危険はほとんど無かったのに、アレを殺そうした瞬間危険度が一瞬で増大した。俺達はそのままそこを離れる。
他の者達は気にしていなかったが、俺は日本にいた時の知識から蟻の動きがミツバチが仲間へ送る合図に似ていると思った。そして蟻からは『危険』だとか『攻撃』だとか『敵』というおよそ平穏とは掛け離れた意図を感じた。
たぶん、巨大蛾に殺されそうになった蟻が仲間に何か信号を送っており、それを受けて採掘場近くにいた巨大蟻達がこちらに探しに来ようとしているといったところか。あと2~3時間後にこの辺りは蟻だらけになるんじゃないだろうか。早くここから離れよう。
地下河川近くまで来た時、2回目の異常に気付いた。悪意のある27の反応が河川の向こう側にあるのに気付いた。魔物ではない。たぶん人だ。灯りも点けず、ほとんど動いていないので、そこを通ろうとする者を待ち伏せているのだろう。そして、その悪意はディルクにリンクしている様な気がする。
実は今回の探索では最初からディルクに隠された悪意を感じていた。すぐに攻撃して来る様なものではないが、何か罠を仕掛けている様な気がしたのだ。どうやら河川の向こう側の追剥達を手引きしたというところの様だ。
単純に石橋を渡れば囲まれて殺されるだろう。だが待っていても俺達が行くまで帰りはしないだろうし、時間を掛ければディルクが何か合図を出して呼び寄せるだろう。この道を諦めて迂回路を探すのも食料や灯りの消耗で運頼みとなる。幅の狭い石橋の前に陣取って戦えば、こちらが少数を囲む形で有利になるが人数差でこちらが疲弊するのが先だろう。
もっと楽に撃退できないものだろうか。
「全員止まれ。河川の向こう側に何かいる様だ。」
まずはディルクに下手な事をさせない様、待ち伏せだとまで気づいていないフリをして、何かいるという所で留めておく。今、合図を送られてすぐに渡って来られたら困るからな。
「気のせいじゃないですかい、旦那。
さっさと帰りましょうよ。」
少しわざとらしい感じでディルクが進もうと言って来た。これは確定だろう。
「いやディルク、念のため何か居ないか見て来てくれないか。
俺達はお前が帰って来るまで、ここで待っているから。」
「え~~~っ、
分かりましたよ。ちゃんと待ってて下さいよ。」
今、嫌そうな声を出しつつ、どうするか考えていたな。そして恐らく、行って向こうに俺達がいる事を話してから、何もいなかった風を装って帰って来るのだろう。だが、俺達はコイツが帰って来るのを待ちはしない。
「くっそぉーーーっ、あああーーーっ!」
戻って来たディルクは河川の対岸で、岩の上に置かれた松明を見て怒りの咆哮を上げた。




