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亡者の門って、何っすか?

 あれから7日経った。俺はお嬢様と同じ馬車の中で小さくなって座っている。席はやや小さめの3人シートが向かい合せになっている。進行方向を向いた窓側の席で、隣にお嬢様、反対側に年少メイドのコジマちゃん。進行方向逆側には俺の正面に執事のクリストフさん、真ん中に年長メイドのドーリスさん、俺の対角線上に女性騎士のエルネスタさんだ。エルネスタさんは短髪のボーイッシュな人で、身長も男並みに高く、あの襲撃時には俺は男だと思っていた。でも、声だけは意外に高く可愛らしい。例えるなら厳つい女子バレーボール選手がアニメ萌え声で喋るようなものだ。

 いやそれよりも隣がお嬢様なのだ。貴族女子に平民が触れれば死刑の世界である。俺は極力触れないように小さく、体を傾けて薄くなる努力をしているが、それでもシートは3人で座るにはちょっと狭い。当然、お嬢様は遠慮などせず真ん中にドッカリと座っている。必然、俺の肘とかにお嬢様の柔らかい二の腕とかが触れるわけで、俺は気が気でない7日を過ごしている。しかもお嬢様は、それに気づいた上で無視を決め込み、時々暇になるとわざと座り直して俺の反応を見て遊んでいる。神経が擦り減らされる。




 この7日間、人間の襲撃は無かった。人間はというのは、野獣や魔物の襲撃があったからだ。一度は森の中で野営している時に、狼の群れに襲われそうになった事だ。別段、街道を外れて森に入った訳ではなく、街道が森の中を通っていたから森の中で野営する羽目になったのだ。

 しかし、狼の群れは規模が小さかった。『探知』スキルでそれを察知した俺は狼が俺達を取り囲む前に、騎士のリーダーのバルナバスさんに狼の接近を知らせた。それを聞いたバルナバスさんが、半信半疑ながら部下を狼の群れに向かわせると、それを悟った狼の群れは戦う事無くすごすごと引き下がった。なかなか賢い生き物である。


 そして二度目も森の中の野営中だったが、狼よりも馬鹿な生き物だった。それはゴブリンだったという。まさにゲームの序盤でよくお世話になっていた雑魚敵であるが、目の前に来る前に倒されたので俺は目にする事が出来なかった。これも狼と同じ様に、近づかれる前に俺がバルナバスさんに居場所を知らせ、騎士達が掃討した。

 ゴブリンは弓を持っていたようだが、逆奇襲を掛けられて構える暇もなく乱戦に突入し、イキり立って抗戦したところ()え無く討ち取られている。夜の森という不利はあったが、結局ゴブリンもある程度近付かなければ、木が邪魔で弓を射れず、焚火の火に照らされる森の中、逆側から迂回して近づいた騎士に気づかないうちに近寄られ・・・という具合である。


 二度の襲撃を察知した事で、バルナバスさんからは「なかなか便利な平民」と見られた様で、最初の侮蔑する様な態度はだいぶ薄れてきている。逆にアルノー君からは嫉妬されて敵意が強まっている様ではあるが。

 ちなみに野営中、俺は槍の素振り100回をノルマとして命じられている。打ち合い等は大きな音が出て敵を引き寄せるかもしれないし、「私が(しご)いてやりましょう」等と言うアルノー君に任せれば命も危ない。第一、槍の素振り100回がなかなか達成できないのだ。まずは体作りということで、何とかお嬢様には納得してもらった。

 これは俺にとっては結構意外な事だった。俺のお嬢様のイメージは、この護衛中に一端(いっぱし)の戦士になりなさい、とか平然と無理を押し付けるイメージがあったからだ。口では無茶苦茶を言っているようで、意外と人を見て無理のない範囲で指示を出しているのだろうか。だとしたら、結構優秀なのかもしれない。




 馬車は7日目の午後に入り、夕暮れ前には森を抜けて次の街に着くという所まで来ていた。馬車の中は和気(わき)藹々(あいあい)とした雰囲気で、俺はこの7日でお嬢様やメイドさん達とすっかり仲良くなれた、なんて事はなかった。厳然たる身分さのある社会のせいか、メイドや執事とお嬢様の会話も俺から見て余所(よそ)余所(よそ)しいと思えるほどだった。

 ここ数日で俺の『探知』スキルを目の当たりにして、俺に興味を持つかと思ったが、「田舎の行商をしていると、野山(のやま)の獣や魔物の気配に敏感になるんですよ」といえば、「()もありなん」といった風情でそれ以上詮索される事も無かった。俺的に俺の『探知』スキルの有用性は、ほとんどチートなのではないかと思っていたが、この世界にはこれくらいの能力者は結構いるのかもしれない。

 互いに余所余所しく、俺の話にも興味を持たれないと言う状況で、じゃあ馬車の中で何の話をしているかと言えば、執事からお嬢様へこれから向かう王都の貴族の情報の伝達がほとんどであった。どこそこの貴族に何人子供がいるとか、どんなワインの銘柄好きかといった情報は俺には興味の無いものだったが、それぞれの貴族の所領の位置や地名、特産などの情報は、俺がこの世界を知る上で大いに役立ち幸運だったと言えるだろう。


 だがこの日、馬車の中で非常に剣呑な言葉が聞こえた。




「お嬢様、いよいよ亡者の門です。」


 亡者の門。何それ。滅茶苦茶不穏なワードなんですが。


「そうか、いよいよだな。

 レン、お前もよくよくその目と耳を研ぎ澄ませておけ。」


 え、俺。そもそも、それ何?



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