バックハウス農園
今、俺とヴァルブルガ、そして久しぶりに連れ出したクルトはカッパヘアのヴァルヒ商会従業員イーヴォさんと一緒にペルレ郊外の農園に向かっていた。農場主はバックハウス男爵といい、ちょっとややこしいが領地を持たない男爵がペルレ周辺を治めているコースフェルト伯爵の領内で土地を借りて運営している。ちなみにペルレ周辺の土地はコースフェルト伯爵領だが、ペルレ市のみ王家直轄となっている。
今回、俺はある動物を入手する為に農園に向かっており、またヴァルヒ商会の奴隷運送の依頼を受けてもいる。バックハウス農園はペルレから一番近い農園で、徒歩で3時間程度。今回は朝、ペルレを出て昼に商談、夕方にはペルレまで戻る予定だ。
商会では最近、男爵と農園で働かせる奴隷の取引をしたが、3人だけ条件が合わずに取引が成立せず、不足分を今回持ち込む事になったらしい。男爵としても急いではいない様だが、商会としては早めに対応して印象を良くしたいらしい。雑談がてらイーヴォさんからこんな話を聞いた俺が、じゃあと手を挙げた形だ。ちなみにイーヴォさんは道中ずっとヴァルヒ商会の自慢ばかりをしていて、何かと『ヴァルゥゥゥヒッ商会はっ、ペルゥゥゥレッ一』と煩い。
まだペルレを出発して1時間程度だろうか。俺とヴァルが先頭に立ち、メリーさんを引く。そしてメリーさんが奴隷の載った荷車を牽いて、その横をイーヴォさんが歩く。最後にクルトが歩くが、その腰に結ばれたロープの先にはまた奴隷が3人繋がれて歩いている。
荷車に載せた奴隷は軽そうな女性3人。クルトの後ろは男の奴隷だ。別段手枷、足枷などは付いておらず、腰の紐が結ばれているだけ。それでも脱走奴隷は酷い目に遭う事が分かっているからか、逃げ出す素振りは無い。まあ、まだ街を出て1時間だからな。
チラリと荷馬車を振り返ると、中の少女と目が合い、そしてさっと目を逸らされた。うっ、そんな反応されると繊細な俺は傷付いてしまうぞ。女性と言ったが、荷車にいるのは小柄な10代の少女ばかりだ。彼女達は農園で働く男性奴隷のお嫁さん候補である。
「お姉ちゃん、私達だいじょうぶかな。」
「大丈夫よ。他の農園と言っても、同じ村の人達と変わらない、いい人達よ。
きっと。」
二人の少女がぼそぼそと話している。俺と目を逸らした少女は、声を殺して泣き始めた。気まずい。超気マズイ。あれ?これって奴隷商人が魔物や盗賊に襲われて全滅したところを、主人公が来て助けるパターンじゃないのか。でも俺、奴隷商人じゃなくて荷物を運搬しているだけなんだけどな。
ペルレとバックハウス農園の間の道は王都までの道程ではないが、俺がこの世界で最初に訪れた辺境の街周辺と比べるべくもなく平されている。割と岩の多い道ではあるが、結構長年通行量が多かったのだろう。
カタリ、と道の端の岩陰から音がした。一応、目を向けるがそれほど緊張はしない。俺の探知スキルで探知していたそれは家猫くらいの大きさで、危険な感じもほとんどしなかった。そいつが、ソロリと岩陰から顔を出した。
「豚鼻鼠ですね。」
ヴァルも顔色を変える事無く、一瞥してそう呟いた。名前の通り、汚い灰色の豚の様な大きな鼻を持つ、醜い鼠だった。それはこちらに気付くと慌てて逃げて行った。まあ、街の近くでそうそう魔物や盗賊に襲われる事もないだろう。その後、何事も無く昼前に俺達はバックハウス農園に到着した。
バックハウス農園は2m程の木の柵で囲われていた。結構見渡す限りが囲われているので、農園全体がこの柵の中なのだろう。道沿いに近付くと大きな門と見張り台があり、声を掛けられる。イーヴォさんが話すのかと思ったが、俺に言えというので俺が見張り台に聞こえる様に大声を張り上げて、ヴァルヒ商会だと名乗った。何でだ。
いそいそと門が開かれ、俺達は見張り台にいた男に招かれた。一応弓で武装しているが、農夫っぽい。農園はどうやら手前に男爵の屋敷、その裏に使用人達の家、奥に農場が広がっているらしい。チラホラとザ小作人といった人々が働いているのが見える。屋敷の前まで見張りの男に案内され、中に入ると物凄く人の良さそうな小太りの男に迎えられた。
「やあ、イーヴォ君。この間ぶりだね、よく来た。
それと君はイーヴォ君の部下かな。」
「いえ、私は王都から来たレンという商人ですが、
今回こちらの農園で買い付けたい物がありまして。
奴隷の運搬がてらヴァルヒ商会様にご一緒させて頂いたのです。
後ろの二人は私の護衛です。」
どうやらこの男がバックハウス男爵ご本人の様だが、気さくに俺にも声を掛けてくれた。ジークリンデお嬢様にも見習って欲しいものである。だが、イーヴォさんの部下では無いので、そこはキッチリ否定しておく。
「ほう、王都から来たのかね。それはいい。
君達もこっちに来たまえ。
あ~、そっちの大きいのだけは悪いが、玄関の前で待っていてくれ。
何か飲み物は出すように言っておこう。
さあさあ、こっちだ。」
俺達は気さくな男爵に屋敷内に招かれた。質量の割にパタパタ動くといった印象のフットワークの軽い人だ。クルトにも気を使ってくれるいい人っぽいな。まあ、農場で奴隷を働かせているんだが。




