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鹿肉パーティー

 俺が男の頭を避けて少し後退(あとじさ)ると、男が震えながら起き上がろうとした。だが男が起き上がる前に、酒場から別の男が顔を出して罵声を浴びせ掛ける。


「おい、ディルク。お前ももう歳なんだからよぉ。

 半人分でも分け前を貰えるならありがたいと思いやがれ。

 それが嫌なら引退しやがれ。もっとも金の無いお前じゃ野垂れ死にだろうがな。

 ひゃっひゃっひゃっ。」


 酒場から顔を出したのは、20代の中肉中背のこれといった特徴の無いチンピラ風の男だ。ただ、その男の顔は叩き出されて俺の足元にいる男を見下し、嘲笑し、下品に歪んでいる。

 開いた扉の奥には、大柄なハゲマッチョと赤髪の鋭い目つきの長身の男がいたが、目が合いそうになって俺は慌てて目線を下げる。若いチンピラは、一頻(ひとしき)り悪態を付くと顔を引っ込めた。

 俺の探知スキルによると、その狭い酒場の中には7~8人はいる様だ。そしてその中でもハゲと赤毛は危険度が高いと出ている。


「うぅぅっ。()ちちちっ。」


 酒場の扉が閉まった後で、男は体を起こした。チラリと隣のヴァルブルガを見たが、騎士ムーブを起こして助け起こそうという気は無い様だ。まあ、ちょっと臭そうなチンピラ風のオッサンに、近付きたいとは思わないか。




「おい、アンタがディルクかい。」


 声を掛けると目の前にいる俺にやっと気づいた様で、顔を俺に向ける。ぼさぼさの茶色い髪を目の上まで垂らした不衛生そうな、俺と同じような身長のやや痩型の四十男だ。草臥(くたび)れた革鎧を着け、左腰に小剣と短剣を差している。


「あ~、そうだが。(なん)か俺に用か。」


 殴られたのだろう、赤く()れた左頬を抑えながら返事を返してくる。


「俺はレン、商人だ。

 アンタに仕事を回せるかもしれない。

 『宝石土竜(ジュエルモール)』って知ってるかい。」


 仕事という言葉で、男の顔がニヤリと歪んだ。美少女ならニッコリ微笑んだ、なんだろうが小汚いオッサンだとこういう表現になってしまう。今日会うのはオッサンばかりでちょっと凹む。


「そいつは豪儀(ごうぎ)だな。

 アイツらの仕事なら何度か付き合ったぜ。」


 酒場の狭い窓の奥からこちらを伺う不快な視線を感じる。これは赤髪の男か。俺は背筋をブルリと震わせた。俺が銀貨を1枚その男に(ほう)ると、男はそれを慌ててキャッチした。


「風呂に入ってしっかり体を洗ってから、『フォルカー酒場』に来てくれ。

 ちゃんと匂いが取れてたら飯を(おご)ってやるよ。」


 男は人懐っこい笑みを浮かべる。抱き付いて来そうな勢いはあったが、そうはしなかった。自分が臭い事を承知して、空気を読むのは年の功か。

 ちなみ『幸運のブーツ亭』に呼ばなかったのは、寝床を知られたくないというよりも、ニコルに顔を顰められたくなかったからだ。風呂に入っても服の匂いは取れないだろう。

 『フォルカー酒場』は『幸運のブーツ亭』の裏の通りにある安酒場で、気を使わなくていい相手と会う時は利用しようと思っていた。店主がフォルカーと言うらしいが、どうでもいいか。


「ああ、旦那。そうは待たせねえよ。」


「待つのはいいから、しっかり洗って来てくれよ。」


 俺達はディルクと別れて、『幸運のブーツ亭』へと向かった。




「なあ、ご主人様。あんな奴を雇って大丈夫なのか。」


 『幸運のブーツ亭』への道すがら、珍しくヴァルが口を出して来た。まあ、あんな見るからに浮浪者といった男を雇うなど、元貴族のヴァルからすれば嫌悪して当然か。


「まあ、実際に行った人間だからな。念の為の備えだよ。


 鉱床の位置はトビアスのオッサンにギルドの地図で確認したし、

 採掘もまあ、それ程複雑じゃあない。

 鉱床のある8区とそこまでに通る2区に現れる魔物と、その他の注意点も聞いている。


 でも何か思い違いがあれば、現地を知る人間なら気付くかもしれないだろ。」


 2区、8区とも虫型魔物が生息する領域で、2区は通常サイズ、もしくは中型犬程度までの大きさの虫が、8区ではそれ以上の大きさだったりより危険な虫と遭遇するらしい。


 採掘に関してはツルハシ等で鉱床から岩を削り出した後、さらに小さく砕いてよりアントナイトを含んでいそうな青い鉱石を選んで持ち帰るだけ。

 鉱床のアントナイト含有量はざっくり20%。それを選鉱(せんこう)によって50~60%にする。アントナイトは銀貨10枚(1万円)/kgくらいなので、選鉱後の鉱石で20㎏金貨1枚(10万円)くらい。

 行きで1日、採掘で1日、帰りで1日の全部で3日の探索と考えれば、1回で100㎏は持ち帰りたい。


「むうぅ、だが信用できない味方は、敵より危険と言うぞ。」


 ヴァルが不満を隠そうともせずに意外と賢い事を言う。ポンコツっぽくても教養はあると言う事か。


「ああ、お前がそう思ってくれて良かったよ。

 その調子でアイツを見張って、怪しい動きがあれば教えてくれ。」


「承知した、ご主人様。」


 適当に仕事を振ってやると、やっと満足したのか、ヴァルが珍しく胸に手を当てて騎士風の礼をした。それが意外と様になっていてカッコいいのが、微妙にムカついた。くそ、ヴァルのくせに。




 それから『幸運のブーツ亭』に戻った俺とヴァルは、夕食として珍しく出された鹿の肉を他の宿泊客と共に喝采を上げて食べた。そしてその後に『フォルカー酒場』へと行くのだった。

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