ペルレの迷宮門
結局俺は最初に提案した1人銀貨5枚(5千円)で、村から出て来た少年達を雇う事にしてその場は分かれた。リーダーっぽいインゴと言う少年はまだグダグダと言っていたが、もう一人のヨーナスという少年と話を付けた。
ちなみに彼らのパーティー名が『大農場主』であると聞いた時には、ぶふっと吹きそうになった。しかし彼らの大迷宮に挑む目的が財宝を手に入れ、それで農場を買う事だと察せられると、実に素朴で真面目な夢だと思い、笑う気は失せた。
日本であれば、インゴの様な面倒そうな少年は雇わないだろう。しかしここでは労働者の質が低そうなので、あのくらいなら我慢しようと割り切る事にした。探索が始まってからはキチンと指示に従ってくればいいが、そうでないなら明日でさよならだ。まあ、『命知らずの狂牛団』と『大農場主』のどっちと言えば、後者だろう。
地球でも、少し前まで発展途上国ではレストランの従業員が遅刻・無断欠勤するのが当たり前で、採用面接でも「私はレジだけやりたいです。レジ以外はやりたくありません。」とか平気で言っていたらしい。上司の指示に従ってくれる部下は希少なのだ。もっとも近年ではその国でも腕時計を見ながらカチカチ働くのが当たり前になって来ているとか。
だいたい日本でも明治以前は同じ様なもので、工場制手工業が入って来た時にやっと工場主が労働者に時間厳守を根付かせたらしい。そういえば中国人社長が、日本で会社を経営するのは簡単だ、マズくなってきたら従業員の給料をカットすればいい、と言っていた話を聞いた事がある。彼の話では日本人は経営者に従順だが、他の国では給料をカットしたら暴動が起きるとか。
くそ、何だか惨めに思えて来た。それにラノベでは主人公のパーティメンバーは、ほとんどすんなりと主人公の言う事を聞いてくれる者ばかりだったのに、俺もそのパターンが良かったぜ。
俺はその後、大迷宮探索の為の物資を買い集めてヴァルブルガと共に『幸運のブーツ亭』へ戻った。ちなみにその日、アリスは宿を変えていて会う事は無かった。明けて翌朝、俺はヴァルと共にペルレの中心にある大迷宮への入口へと向かう。クルトは怪我の療養の為、留守番である。
ペルレの街は城塞都市という壁で囲まれており、その壁の中の土地は有限で貴重にも拘らず、真ん中には直径100m近い広場がある。もっともその中心には長径50m程の砦の様な円筒形に近い形の建造物がある。高さは12mかそこらで4階建ての建物ぐらいだろうか。さらにそこに隣接して兵士の詰め所が造られていた。この建物が『迷宮門』と呼ばれる大迷宮の入口だ。
俺達が広場に到着した時には、その建物の前に50人近い者達が集まっていた。恐らく『赤い守護熊』と彼らが雇った者達だろう。よく見ると『狂牛団』っぽい人影も見える。そして俺達の待ち合わせはそこから離れた広場の南口を指定している。
「おい、やっと来たか。さっさと中に入るぞ。」
俺達を見つけた『大農場主』のインゴが声を掛けて来た。ちゃんと時間通りに来ているのは偉いが、マウントを取ろうとしてくるのが面倒くさい。
「まあ、待て。
ちゃんと松明は1日持つだけ持って来たんだろうな。」
「当たりめえだろうが。」
急ぐインゴを抑えて、持ち物確認やら大迷宮内での注意事項の通達やらをする。実のところこれにはそれ程意味は無く、『赤い守護熊』が大迷宮に入り切るのを待っていた。ヴァルにも説明していないが、今回俺の目的は『探知スキル』の性能確認と、『赤い守護熊』とコボルトの戦闘を観戦する事にある。
まず大迷宮内でどれくらい『探知スキル』が有効なのか。以前ジークリンデお嬢様が襲撃された時は、数百m離れた位置からの狙撃を感知できた。もし迷宮内でも数百m圏内を探知できるなら、探索と戦闘を非常に有利に行える。
そしてそれが可能なら、『赤い守護熊』とコボルトの戦闘を数百m離れた安全圏から様子を把握し、気づかれずに近づいて観戦できるかもしれない。できれば自分達が迷宮で戦う前に強者の戦いを観戦して事前学習したい。
『赤い守護熊』達が入り切り、15分もしたところで俺達も『迷宮門』に近付いた。『迷宮門』の外側を見ると、この建物はレンガではなく、かなり大きな石を組み合わせて作られている。石の大きさは地球のピラミッドに使われている物と同じくらいか。見るだけで圧迫感というか重圧感がある。
建物の入口には高さ3m、幅5mはある大きな鉄の扉が付いていた。今は昼間だから開け放たれている。そして門の前には左右3人ずつの衛兵と、木机の後ろに座る役人の様な男が一人いた。ここで入場チェックをしているのだろう。
「ペルレ大迷宮に入るんだな。
冒険者ギルド証を出して、ここに入場記録を記入してくれ。」




