すいません、もう放して下さい
「は、放せよぉっ!?」
咄嗟にお嬢様の手を振り払おうとしたが、それよりも先に背後から襲撃者が剣を振り下ろそうとしたのがわかる。やべぇ。お嬢様に抱き着くように飛び掛かって、そのまま横に転がる。別にお嬢様を助けたい訳ではないが、振り下ろされる剣から逃れようとしたら、そうなった。
「ふぁっ。」
お嬢様から変な声が出た。ちょっと色っぽい。というか、俺は床にお嬢様を押し倒し、割と大きな胸の間に顔を突っ込んでいた。ちょっと汗の匂いも混じるが、何かクラっとする様ないい匂いもする。だが、そんな感触やら匂いやらを堪能している時間はない。後ろから振り下ろされる剣が2本に増えた。おい、騎士もっと頑張れよ。さらに、お嬢様の背中に腕を回して転がる。あっ、襲撃者が二人倒された。ちょっと、騎士側が優勢になって来たか。俺の横に振り下ろされた剣が、酒場の床板をバキリと粉砕する。あっぶねぇ~~~。
俺はお嬢様の腰のベルトに手を掛けると、自身も這う様にしながらお嬢様を引きずってカウンターの後ろに回り込む。俺はカウンターを盾にして、棚を背にして体を起こす。俺の隣では、そのドレスの裾に引っかき傷を作って恨めしそうに見ているお嬢様が横たわっている。カウンターの陰になっていても、『探知』スキルで襲撃者がカウンターを回り込もうと動いているのが分かる。俺は手近にあった酒瓶を襲撃者に向けて投げる。俺は別に遊び以上に野球をやっていたわけではないが、たった1mちょっとの距離でタイミングも分かっていたので、カウンターから顔を出した襲撃者の顔面に酒瓶を直撃させられた。
「ぷっ。」
それを見たお嬢様が、小さく笑った。おいおい、結構余裕あるなあぁ。こっちは巻き込まれてすげぇ~~~、迷惑してるのによ。俺は頭を起こしたお嬢様の顔面を掴んで、床へと引き摺り倒す。
「何をっ。」
ズブリ。
お嬢様が怒りの形相で上を向くと、そこにカウンターを貫通した剣先がお嬢様の頭があった空間を貫いた。襲撃者が盲で突き刺したのだろう。そのまま、お嬢様を引き摺ってカウンターの中を横に移動する。さらに剣先が3度突き刺されたが、断末魔の声が上がってそれも止んだ。どうやら騎士達がやっと襲撃者を制圧した様だ。俺はゆっくりと頭を上げて起き上がる。お嬢様も俺の鞄のベルトを掴んだまま、立ち上がって酒場の中を見回した。
「お嬢様、ご無事ですか。」
「この馬鹿者ども!
お前たちが間抜けなせいで、私の髪が乱れたではないか。」
え、服も裂けてるけど、それより髪なの。
「無礼者。貴様、この下民風情が。
お嬢様に死んで詫びよぉ~~~。」
「うわっ。」
俺がそっとお嬢様から離れようとすると、それに気づいた騎士の一人が俺に切り掛かってくる。何度も言うが俺は武術の心得なんかないので、見切ってギリギリで避けるなんて出来ない。よって不必要でも大きく飛び退いて躱した。
「ええい、避けるな馬鹿者。」
あっ、こいつ最初に崩れた騎士だ。顔を見ると騎士の中では一番若く、今の俺と同じ10代後半くらいに見える。自分のミスを隠すために、イキってるのか。とばっちりはムカつくが、たぶんこいつらに行商人が逆らっちゃダメなんだろうなぁ~~~。ちょっと面倒くさいがしょうがない。
「ひぃいぃぃぃ~~~、お助けを~~~。」
俺は大げさに、恐れ戦いて見せた。
「止めんか、馬鹿者はお前だ。」
ぶん。ごき。
「かはっ。」
さらに俺に近づこうとする若い騎士だったが、横合いから歩み寄ってきたお嬢様に、棒で頬を殴られた。カウンターにでもあったのか、麺棒の様な木の棒だ。あっ、きっと頬骨が折れたな。騎士が頬を押さえて蹲る。怖ぇ~~~。やっぱりこのお嬢様、近づきたくねぇ~~~。
と、その時、窓の外からお嬢様に向けて矢が飛んでくるのに気づいた。まだ、屋内にすら達していないのに気付いたのは、これも俺の『探知』スキルのお陰だろう。俺はまた、すぐ近くにいるお嬢様に抱き着いて押し倒した。
「きゃっ。」
「きさみゃぁ~~~。」
とん。
お嬢様が可愛らしい声を上げ、頬を殴られた騎士が噛みながら激高したとき、お嬢様の近くに矢が突き刺さる。やっべ~~~、咄嗟に庇ったけど、今の見逃しても良くねぇ?いや、お嬢様が死ぬと騎士が俺を斬ろうとするのを止めてくれる人がいなくなりそうだから、仕方ないか。それを見て、騎士の一人が外に走り出した。ややあって、騎士が外の射手を切り倒したのが分かった。あの騎士走るの速ぇ~~~な。ふにふに。あ、またお嬢様の胸に顔を埋めてる。もっと堪能したいが、命が掛かっているので素早く身を離す。
「んっ。」
偶然を装って、ちょっと鼻を胸の先っちょに引っ掛ける様にして身を離したのは、きっと許されるだろう。
お嬢様一行は傷ついた騎士達の手当てを終え、事が終わってから駆け付けた街の兵士達と何か話している。俺はまだ「待っていよ」の一言で酒場の隅で待たされている。時々、あの若い騎士がめっちゃ睨んでいるが、麵棒が怖いのか絡んで来ない。もう日が暮れそうだが、まだ放してもらえないのだろうか。うんざりしていた俺にやっと声が掛かった。お嬢様が直接にだ。
「さて、商人待たせたな。
先ほどは助かったぞ。褒美に私の供をする事を許そう。」
馬鹿じゃないの。