俺、こっち側なの?
トロールが追ってくる。きっと今頃はクルトが与えた傷も全回復しているだろう。一方、俺達と言えばクルトが足を負傷し、進行速度が落ちている上、最大戦力のクルトの攻撃でもトロールには有効なダメージを与えられなかった。クルト程の攻撃力の無い俺とヴァルブルガは、トロールの再生能力の前では恐らく戦力外。
追い駆けっこは不利だし、ここは平らな街道だから先程の様に、橋から落として時間を稼ぐ事も出来ない。
ならば森に身を隠してやり過ごすか。森の中にいるヤツも気になるが、たぶんアレは敵じゃない。
俺達は荷車を森の奥へと牽いていく。舗装された街道から外れると轍が残るので、これも落ちていた大ぶりの枝を使って出来るだけ掃き消す。森の中へと30mも入ったところで、トロールが俺達が森に入った辺りに辿り着いた。頼む、そのまま行ってくれ。
だが祈り空しく、トロールはその辺りで立ち止まり何かを嗅ぎまわっている様だ。嗅ぎまわる?そうか、見える轍の跡だけ消しても無駄だったってことか。ヤツはブヒブヒと鳴きながら匂いを嗅ぐ豚の様に、俺達の匂いを辿って追ってくる。
畜生、谷に落としたぐらいでそんなに怒るなよ。…まあ、俺でも怒るな。あと、俺達に取れる手はクルトに奇襲させるぐらいか。
「グォオオオッ、ゴグォォォッ、グォオオオッ。」
吠えながら藪を掻き分け、森の中を突き進むトロール。そしてロバや荷車が停められた大木を見つける。大木の陰の藪から敵の匂いを嗅ぎ取ったトロールは、目を血走らせてそこへと棍棒を振るう。その時、大きな布を持った男が、藪からトロールと反対側へと飛び出した。その布から自分を殴った男の匂いがする。
「今だぁぁあぁーーーっ、ぶっ潰せクゥゥーーールトォーーーッ。」
「ブモォォォーーーーッ。」
バキッ
「ギャァァァ~~~ス。」
大木の枝の上から棍棒を振り被った上半身裸のクルトが跳び降り、トロールの頭を強打する。絶叫を上げながら地面に叩きつけられるトロール。
「うぇ、こんな臭いシャツを持って囮になるなんて、
二度とやりたくねぇ~な。だが、
振り下ろしに落下の加速を加えた正真正銘、クルトの最大の一撃。
これで倒せなけりゃ、俺達には打つ手なしだぜ。
やれやれ。」
「ご主人様、まさか。」
ワナワナと震えるヴァルブルガ。
「ああ、そうだな。」
「このバケモノは、まさか。」
倒れるトロールを指さすヴァルブルガ。
「こいつは、グレートだぜ。」
ゆっくりと立ち上がるトロール、まるで二つに割れた様に陥没した頭が波打ち、粘土の様に元の形へと戻っていく。
「グォオオオーーーッ。」
「ソイツをぶっ叩け、クルト。」
「ブモォォォーーーーッ。」
殴り合いを続けるクルトとトロール。クルトは次第に押され、動きを鈍らせていく。くそ。森にいる奴が間に合わなければ、間に合っても力を貸してくれなければ、クルトを見捨てて逃げるしかない。くそ、赤字とか金貨20枚が無駄になるとか、それだけじゃなく人を見捨てるのは寝覚めが悪い。
バキッ、メキメキメキ。
トロールに殴られたクルトの巨体が、藪を圧し折りながら後方へと吹き飛ぶ。それを追い駆けながらクルトに迫るトロール。
「ご主人様、クルトはもう。
こうなったら我々も。」
「いや、ギリギリだが間に合った様だ。」
「何を言って。」
俺とヴァルの会話に割り込む、少女の声。
「ピンチなんですよね。
手を貸します。後で、文句言わないで下さいね。」
俺はその声に振り返り、息を呑む。間に合ったが、何だコイツは。黒髪のポニーテールが背中まで伸び、俺と違って日本人そのままの顔立ちながら人形の様に整った顔の美少女は、その大きな目を心配そうにクルトへ向けている。
「誰だ、君は。」
突然の乱入者へ驚くヴァルブルガ。だが、黒髪の少女はそれに応えずトロールに突貫。
セーラー服のミニスカートを翻しながら抜いた刀を、トロールの背中に突き刺す。見た感じ16、7歳くらいか。顔はやや子供っぽさが残るのに、大人っぽい黒。ありがとうございます。
いや、それよりもこちらが頼む前に助けてくれるとは。コイツお人善しか。
「ゲェエエェェェーーーッ。」
悲鳴を上げるトロール。何で刀が根元まで突き刺さるんだ。しかも速い。俺の目の錯覚でなければ、“瞬足”の騎士フリッツさんよりも速いぞ。
森から出てきたのに、ほどんど汚れのない現代女子高生風のセーラー服に刀。うん、たぶん転移したばかりの転移者だね、この娘。しかもあの異常な速さと力。さらに達人の様な剣捌きは戦闘系チート持ち。
あれ、これって転移後の初現地人との遭遇で、商人を助けるイベント?
俺、こっち側なの。




