海から来た魔族
「それは突然、ユーバシャールの海から押し寄せたのです。その数、およそ千体。ほとんどは鱗やヒレを持つ人のような姿で概ね人と同じくらいの大きさだったのですが、触手を持つ者や甲羅を持つ者、人よりも大きい、ヘタをすれば小屋のような大きさの者もいたのです」
カウマンス王国の王城、謁見の間でアロイジア公女の公都ユーバシャール陥落の話は続く。流石の公女殿下というべきか、王への説明は感情を交えず、客観的な事実を分かり易く伝えていた。
ユーバシャールは一週間ほど抵抗を続けたらしいが、周囲の街を落としたであろう軍勢に東西を抑えられ、ついには魔族に占拠されてしまったらしい。なお、港に来ていた外国の商船は、最初に沈められるか逃げたという。
陥落がもはや確実となった段階で、アロイジア公女を含む公王や公子達はお供を連れてバラバラに逃げ出したらしい。固まって逃げなかったのは、まとめて捕まるのを避ける為だったという。
アロイジア公女達は何とか北へと逃れたが、北はカウマンス王国との間に中央高地が横たわっている。中央高地は高度差もあれば木々も茂っているため進み辛く、野獣や魔物もいるので危険で普通は避けて東を縦断する南の商人街道を通る。
「他に逃げ場のない私達は、運を天に任せて中央高地を縦断する事にしたのです。しかし、やはり高地の野獣や魔物に襲われ配下も一人一人と欠けていき、ついに私と我が騎士エリーザだけとなったところで、こちらのエスレーベン子爵家レン殿に保護されました」
彼女の希望は自国の民が避難して来たら保護して欲しいという一点のみで、公国奪還の為の兵を貸してほしいとは言わなかったが、この場では公女とエリーザさんが王城に滞在する事を許されただけだった。公国の話はまだ王都まで届いていないようなので、彼女の話だけで動かないのも妥当だろう。
俺達は公女の保護にお褒めの言葉を頂いたが、褒賞などは無かった。まあ、助けたのは手持ちの無い公女だし、王様が払う物でもないか。ちなみに王様は豪華な服に似合わず、平凡な頭の薄い四十代のおっさんだった。俺達は謁見を終えると公女に挨拶をして王城を後にした。
王都子爵屋敷に戻った俺だが、これからオイゲンに戻るか、ペルレに行くかは悩みどころである。今回の話は放っておけないが、オイゲンにはニクラス達も置いて来たし、兵の訓練の話もある。ただし、王都よりマニンガーとの国境から遠ざかるので、今回の件の情報は入り辛くなる。
一方、ペルレは王都よりマニンガーに近付くので、情報は少し早く手に入りそうである。ただ一般人に情報が伏せられたなら、王都の方がザックス男爵夫人を通じて貴族の社交界から情報が得られる可能性もある。
色々考えた末、俺は王都子爵屋敷に留まり情報収集をしつつ、オイゲンの代官屋敷、ペルレの商会ともに食料の備蓄を増やすよう指示しておいた。オイゲンは代官のオスヴィンが、ペルレはトルクヴァル商会ナンバースリーのベルントに任せてあるから、通常の運営で問題が出ることはないだろう。
そうして王都屋敷に滞在している内に、いくらか情報が入って来た。まず、最初の情報はブリギッテさんからだった。彼女は襲撃の時、マニンガー公国内にいたのだが、幸い公都ユーバシャールを出て既にカウマンス王国との国境近く、白壁の街テンツラーまで来ていた。
アロイジア公女はマニンガー公国が魔族に占領されたと言っていたが、少なくともブリギッテさんがいた時はユーバシャールから7日の距離のあるテンツラーには魔族の手は及んでいなかったらしい。それでもユーバシャール付近の村や街で魔族の襲撃から逃れ、テンツラーまで来た人がいたという。
ブリギッテさんは彼らから手早く情報を集めると、街が閉鎖される前に素早く国境を越えてカウマンス王国まで逃げ出したらしい。彼女は荷馬車を部下に任せてペルレに送らせ、自分はシェードレに残って情報収集しているという。
その後、白壁の街テンツラーは国境を閉鎖、国境の兵士達は公都奪還の為にまとめられた様子である。一方、カウマンス王国側国境最前線の黒壁の街シェードレも国境を閉鎖し、マニンガー公国から避難して来る難民を押し止めているらしい。
シェードレはオーフェルヴェック伯爵の領都でもあるが、俺達や公女と一緒に王都に来た伯爵はこの事態を知らなかった。運悪くというべきか、この事態は伯爵がシェードレを出た直後に起きたのだろう。
次の情報はザックス男爵夫人からだった。王都社交界では、国王がシェードレの警備を通常の三倍以上にする指示をした、と噂されていたようだ。そしてシェードレをオーフェルヴェック伯だけに任せるのではなく、王国南東部を治めるノイッシュテッター伯爵にも兵力動員を命じたという。
やっぱりマニンガー公国と国境を接する王国南部はこれからゴタつきそうだし、王都よりは南部寄りのペルレには一度行って他の商会とミスリル採掘や、万一の時の対策などを話し合っておいた方がいいだろう。俺はペルレへ行く準備をするのだった。




