公女の救援要請
「ふむふむ、それで伯爵家の女当主にうまいこと媚を売って、侍女の子爵に婿入りしたというのだな。全く、この私を攫って逃げられないよう、森の奥深くで妻にして囲うと言っていたのに、小さくまとまったモノよ」
「公女殿下、恐れながら全然違います。婿入りも勿体ない事ではありますが、私の関与しないところで決められていたことで。それに私は公女殿下を攫うなどと言った事は一度もありません。エリーザ殿も何か言ってもらえませんか」
「公女殿下も少しお元気になられたようで、このエリーザ嬉しく思います。レン殿もその調子で公女殿下を元気づけて欲しい」
やれやれ、完全に公女に遊ばれている。自国が滅んで飯も食えないほど憔悴されても困るが、気安過ぎるよな。確か砦の時も最初っからこんな感じだったような。なんか俺、公女にとってイジりたくなる顔をしているのだろうか。
今、俺はオーフェルヴェック伯爵の豪華な馬車に座っている。同乗者はアロイジア公女殿下、彼女の騎士エリーザ、俺、オーフェルヴェック伯爵、伯爵の執事、そしてエンデルス女男爵の夫パウルの六人だ。ヴァルザー男爵本人も来ているが、別馬車に乗っている。
爵位の高い伯爵と公女達が伯爵馬車で、ヴァルザー男爵と俺、パウルがもうひとつの馬車に乗るよう伯爵が手配していたのだが、公女の強い要望で俺も同じ馬車に乗せられ、そうするとパウルまで同じ馬車に乗ると言い張ってこの配置になった。
「レン君、公女殿下に対して馴れ馴れしいのではないか。公女殿下、私の冒険譚をお聞き下さい。きっとお愉しみ頂けると思うのですが」
「パウル殿、其方の話は先ほども聞いたが、自慢ばかりでつまらん。私はレン殿の滑稽な道化回しのような珍冒険譚が好きなのだ。分かったら少し黙っていてくれ」
「くっ、レンめ」
いや俺、喜劇を話してるつもりないよ。ただ、必死に生き残ろうとしていただけだよ。俺の命懸けの冒険を笑うな、と思いつつ愛想笑いをする俺。それにしてもパウルめ、馴れ馴れしいのはお前だ。公女にまで粉を掛けようとしやがって。しかも俺を睨んでるんじゃねぇよ。
俺達は中央高地を出た後、最寄りの村で一泊しそれから最寄りの街道まで出ると王都へ向かった。俺とパウルは自領によること無く同行したのでメンバーはそのままだが、伯爵と男爵は移動中に追い付いて来て一行に加わり二十人くらいの集団となった。
「公女殿下」
馬車で寝ていた公女殿下は、俺の声に目を覚ますと周囲を見回して自分が一人である事に気付く。ここは街道脇、王都への途中で夜営しているところである。
「レ、レン。違うのよ、そんなつもりはなかったの。ね、落ち着いて。ダメよ、ダメ。子爵家に婿入りしたのでしょう。幾ら私が超絶美少女でグンバツボディだからって、欲望に任せて私を蹂躙なんて、貴方も破滅してしまうわ。くっ、殺せ」
いや、何で一人で両手でシーツを掴んで、目を瞑って顎を上に向けて、つま先をピンピンに伸ばしてるの? ちなみに公女殿下は美少女かもしれないが、グンバツボディでは、いや、ヤバイ、メッチャ睨んでる。これ以上、思考を進めるのはヤバイ。とにかく、誤解を解こう、というか状況を説明しよう。
「公女殿下。ゴブリンの襲撃がありました。戦力は十分なので不測の事態は考えられませんが、一応お声がけするようにとエリーザ殿に」
「何故、其方が私を起こしに来たのだ?」
「…私が一番、弱いので。他の者は一応周囲を警戒しております」
「済まぬな。辛い事を言わせてしまって。ホロリ」
鼻を膨らましながら笑いを堪えてホロリじゃねぇよ。だが、公女殿下と二人きりになるのは今しかない。俺は数日前から助けを呼ぶ声が聞こえた、と聞いてみたのだが。
「それってつまり私を思うあまり、私のピンチに天啓を受けて助けに来た、と?」
とぼけているのか、本当なのか、公女にそんなテレパシー的な力は無いという事だった。寧ろ俺が口説こうとしていると取られて、メチャメチャからかわれた。じゃあ、アレは何だったのか。
とにかく俺達は一週間ほどで無事王都に到着。一度、公女と共にオーフェルヴェック伯爵の王都屋敷に立ち寄ったが、伯爵が王との翌日の面会予約が取れたと言うので、その日はエスレーベン子爵屋敷に帰った。
俺はザックス男爵夫人に社交界で、屋敷の下男に市中で、公女、公国、魔族についての情報収集を依頼し、またオイゲンにも使いをやって、ニクラス達を王都屋敷に呼ぶよう指示しておいた。
翌日、アロイジア公女に付き添い、オーフェルヴェック伯爵を先頭に、俺とパウル、ヴァルザー男爵は登城した。俺達は左右に貴族達が立ち並ぶ中、公女と伯爵の後ろに従って赤絨毯の上を進み、王との謁見を果たす。
「カウマンス国王陛下、お初にお目にかかります。マニンガー公国第三公女アロイジア・マニンガーでございます。お目に掛かれて光栄です」
「公女殿下は我が国に来たのは初めてであったか。何でも公国が魔族に占拠されたとか。詳しく話してもらえぬか」




