王都で過ごす訓練の日々
それから、俺はお嬢様の護衛中にさせられていた槍の素振りを、今でも宿の裏庭で続けている。とにかくこの世界は暴力的なので、少しでも身を守る手段を得るためだ。
この宿は裏手に井戸を備えた小さな庭があり、朝などは宿泊客がよく行水をしているが、それ以降はほとんど人気がない。まあ、健全な商人や使用人は日中仕事に勤しんでいるのだろう。日中はシーツやら洗濯物を干しに宿の人が来るくらいで、槍を洗濯物に引っ掛けたりしなければ特に文句も言われない。
また、冒険者ギルドへも行ったが、特に依頼は受けていない。何しろ魔物は王都にはいないので、魔物討伐は近隣でも数日、遠方であれば数週間も掛かる。ゴルトベルガー伯爵家からの使いを待っている俺は、そんなに空けられないからだ。
なお、王都内の手紙配達や薬草の採取、その他の雑用は別に専門の人達がいる。冒険者に求められるのは、護衛や魔物の討伐など王都外で危険を伴う仕事で、薬草採取にしても命の危険のある秘境まで出向く類のものだ。決してバイト感覚で出来るものではない。
そういう意味では、害獣駆除の様な小物の依頼は郊外の街や村の方が多いだろう。
冒険者ギルドに行って良かった事は、ペルレ大迷宮帰りのテオという冒険者の話を聞けた事だ。別に仲良くなれたとかではなく、ギルド併設の酒場で大声で自慢話をしていたのをその他大勢と一緒に聞いただけだが。
ありがちなラノベと違う点は、魔法使いが希少なので戦士ばっかりのパーティーが多いとか、出入り口付近の魔物は素材としては無価値とか、明確な階層があるわけではなく出入り口からの距離や難所等の存在で便宜的に層を決めている等である。採算を取るには最低数日から数週間潜る必要が、逆にそれだけ時間を掛ければある程度採算の取れる仕事になるとの事だ。
その他、冒険者ギルド仕切りの練習場で弓の練習を始めた。俺の探知を活かすなら、接近戦より遠距離だろうという訳だ。だが、成果は微妙だ。
練習場は王都の外壁の外にあり、もともと空き地で勝手にやっていたのを、それでは危ないという事で冒険者ギルドが仕切り、使用料を徴収する代わりにルールを定めて安全を確保しているという事情らしい。
弓の上達は結構苦戦しているが、それは何も俺の才能の問題ばかりではない。貸出とかは無いので安いのを購入したが、それでも金貨1枚(10万円)くらいはした。だが、俺が日本にいた時に遊園地等でやったアーチェリー等に比べ、安物は弓も矢もバラツキが大きく中々真っ直ぐ飛ばないのだ。ちなみに、矢が1本使えなくなった時は泣いた。弓は射れればいいという訳ではなく、自分で弓や矢の調整も出来なければいけないのだと分かった。
ちくしょー、探知スキルを活かした遠距離狙撃なんて夢のまた夢だった。自分でやってみて、俺やお嬢様を狙撃してきた亡者の門の最後の射手は、すげー奴だったんだなと今更思ったぜ。
最後に俺は、少しだけ商売もしてみた。もちろん商材は、最初に持っていた針や糸、布等だ。俺はまず王都の広場で開かれている露天市について調べたが、1日の出店料が銀貨10枚(1万円)と意外と高かった。これは外壁に囲まれた王都に、市を開けるような場所が限られている為だが、これでは安価な商品の為に毎日店を出す事は出来ない。そこで露天市に出店する人々も、毎日は店を出さない。
つまりオレンジが欲しいと思っても、数日に1回しか同じ店は出ていない。その為、買い手はある時にまとめて買う必要があり、逆に売り手は1日で数日分の商品を売り上げる。だが、これでは俺の持つ安価な商品を少量売るには向かない。そこで俺はこの市場を数日調査し、俺の持つ商材の相場を調べた。どうやらこの国の商習慣ではインドの様に青天井に値段を吹っ掛ける様な事は無く、精々(せいぜい)が2倍程度なので値切りの経験など無い俺にとっては助かった。
次に俺はこの街の服飾職人を探して、直接売りに行った。そこではちょっとした幸運が俺を待っていた。職人と布問屋の商談に出くわしたのだ。俺が工房に入ったのにも気付かず、二人は舌戦を繰り広げていた。どうやら僅かな差で値段の折り合いが付かず、話が纏まらないらしい。しばらく見ていた俺は、聞くのに飽きてうっかり言葉を漏らす。「纏め買いして、その分割り引けばいいじゃないか」と。
どうやら現代日本では当たり前の、纏め買い割引という考え方があまり意識されていないらしく、布等の時間経過で悪くなる様な物でなければ、多く買ってその分割り引けばという話をすると、それで二人の商談はすぐに纏まった。感謝した職人は俺の商材を少しおまけして買ってくれた。まあ、俺との取引は布問屋との取引より2桁は少ないのだが。
また、布問屋もその一件で俺を気に入ったのか、少しばかり買い付けのアシスタントの様なバイトを紹介してくれた。まあ、これは本当にバイト感覚の小銭稼ぎだったが、結構面白かった。
そうこうしている内に王都到着から2週間が過ぎ、ゴルトベルガー伯爵家からの使いがやって来た。俺の優雅な日々も終わりか。




