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剣斧の記憶  作者: タカヒロ
ロンドン奪還
8/8

八話 謀略

Ⅷ謀略



 「遅いぞ、エーラーン」

 「大公殿は手厳しい。少し遅れたぐらい、いいじゃありませんか」

 「陛下がお待ちじゃ」

 「いいよ、私は大丈夫」

 「ほら、若様だってそうおっしゃっている」


 王、大騎士長、大公は城の一室にいた。


 時はアルフレッドの出陣直後に遡る。

 「兵士の性根を叩き直しておりました。これから強敵に立ち向かわねばなりませぬからな」

 「練兵も、大事だからね。さて―」

 エゼルレッドは二人の顔を見つめた。


 「わかっているとは思うけど、始めようか?」

 「それは内と外、どちらで?」

 「内に決まっとるじゃろ、エーラーンよ。外患の前に内に敵がおったら元も子もないわ」

 「若様を誘導するのも指南役の役目でござる」

 「子供扱いしないでおくれ」


 エーラーンは未だに過保護である。


 「わかっていると思うが―やはり商人どもは腐っておった。」


 大公は顔をしかめた。


 「奴らは、おそらく蛮族どもから金をもらっていると見て間違いはないだろう」

 「祖父から続く合議制を悪用して、私の出陣を押しのけてアルに全権を与えたのか」

 「そうとわかればなぜ会議の時に言わなかったのです」


 エーラーンは眠たそうな顔をしている。


 「そんなもの、さっさと告発すれば―」


 「若造、大騎士長たるものならば戦術も謀略も両方食っていけるようになれ」


 「証拠が、ないのだろう?」

 エゼルレッドの顔は曇っている。


 「そのとうりじゃ」

 「金…は直接見つからずとも、文の一つでも見つかればな」


 「我々がいたずらに右顧左眄している間に、弟が―」


 「あと…なぜ王弟殿下の出陣を決定したのか、それがしには何となくわかりますな」

 「なんだ、申してみよ、大騎士長」


 エーラーンの寝ぼけた顔も急に引き締まり、エゼルレッドを見つめた。が、どこなく力なく、いつものエーラーンではない。


 「大公殿、少し出るぞ」


 「若、しばし待たれよ」


 エーラーンと大公は部屋の外に出て、階段を上り、物見の塔の上にきた。


 「どうしたのじゃ、エーラーン」


 「まず、大公殿。それがしエーラーン、陛下はもちろん、殿下にも二心を抱くどころか、ウェセックス王国に仕える騎士として忠誠を誓っておる」

 「そんなに改まって―」


 「簡潔に申す。賢人会の商人は、アルフレッド殿下を弑逆するつもりだ」


 「なぜそう思うのだ」

 大公は眉間にしわをよせ、杖を持ち直した。


 「それも蛮族に殺させ、自分の手は汚れないように図っておる。狡猾な奴らだ」


 「やはりそうか、わしもそれは考えてはいた」


 「先王エゼウルフ公の御言葉をお覚えか、大公殿」


 「うむ、“剣術はエゼルレッド、戦術はアルフレッド”と評しておられた」


 「アルフレッド殿下は、物分かりが良く、頭が切れ、今後経験を積めば、先々王エクバード公を超える雄になるやもしれん」


 「だからこそ、殿下が邪魔なのであろうな、商会の連中は」


 「それに今の若―エゼルレッド陛下は、やさしく、あまり自分の意見ははっきり言えない性格であるからな」


 「そうか?」


 大公は、いたずら顔でエーラーンを見た。


 「そのお方も、即位して六年になるがとても成長されているぞ。」


 「そうかもしれぬが、賢人会が傀儡として操りたいのならば―若がこのまま王位につき、頭の切れる殿下を亡き者にしたいのだろう」



 「いっそのこと兵を率いて、賢人会に押し入り、商会の奴らを血祭りに―」



 「阿呆、おぬしは戦場では頭が切れる勇者なのになぜ城の中で謀略を謀るときは愚者になるのだ。その短絡的な性格、はよう直せ」


 「また大公殿の説教でござるか」


 「お主がそのようなら、わしも死ぬに死ねぬ」


 大きなため息をついた。

 「…どちらにせよ、尻尾はつかまなければなりませぬな」


 「兵を動かす権限を、早く打診しなくは」

 二人は、階段を下りて行った。


 「こうなれば交戦派の行政長、ウェバルに後押しを願って―」


 言いかけた時、エゼルレッドが前に来た。


 「二人とも遅いからどうしたのかと心配になったよ」


 「若、申し訳ござらん」


 「兵を動かす方法を、私も考えていたのだが―」



 「いっそのこと、神官僧侶に金を渡すか」



 エゼルレッドは思いもよらぬことを言ったためエーラーンは仰天した。


 「若!買収など卑賤なことを王がしてはいけませぬ。」


 廊下に響き渡った。

 「いや、ありかもしれぬ」


 大公は腕を組んだ。


 「だが、王が直々にしてはいけませぬ。神の宣告とやらを買ったうえで出撃し、反転したのち―内なる敵もろとも外患を排除する、壮大な謀略になりそうだな」


 「流石は大公殿…」

 「それなら内々に探りを入れた方がよさそうですな」

 「誰がいい?」

 三人は再び元居た城の一室に入った。


 「マーシア王国のオリアンなる者はどうか」


 「いや」


 大公は首を振った。

 「あのものは、別な場面で役に立とう。」

 (正直、もうマーシアは助からぬ。ブルグレド王も直に討ち死にしよう。なら復讐心を燃やさせるためにも、このオリアンなる者には別の戦いの駒にさせるべきだ)

 大公は腹の中で思案を巡らせている。

 「陛下の直属の、あれはどうだ」


 「ヒルト、か。ウェセックス王直属の親衛隊、“王の手”の隊長ですな」


 「ヒルトなら、うまくやりそうだ」

 エゼルレッドは、杯の水をすすった。


 「敵味方関係なく、騙されるものが多くなるやもしれぬが、我が王国のために、やらせてもらうぞ」

 「頼んだよ、エアルドルマン」


 「あれ、大公の孫殿でなくてよいのですか」

 エーラーンは振り返った。

 「アイヤールはまだまだ未熟じゃ。だが、なかなかどうして筋がいい。あれは良い騎士になるぞ」

 「祖父馬鹿でございますな」

 「やかましい」


 「私も期待はしているよ」

  エゼルレッドは笑った。


 「陛下、失礼しまする」





 「エーラーン、わしは仮病を使って屋敷に引きこもる」

 二人は歩きながら話した。


 「なぜです、これから計略を始めようというのに」


 「だから、もう始まっているのだ」


 この老将は、眼光が鋭く、謀を定めているときは魔物のような目をしている。


 「お主も城の守りを強化するよう振る舞え。わしとお主が好戦的でなければ、賢人会の連中も油断するであろう」


 「水面下で謀略が進んでいるのも知らずにな」



 「なるほど」


 (―油断ならぬお方だ)


 エーラーンは思った。


 エアルドルマン大公とは戦場をともに駆け巡ってから二十年たつが、まだ腹の奥が底知れない。


 先々王エクバードの頃から仕えている古株であり、攻め落とした城と、討ち取った敵の数は数知れず、独自の徹底した戦術理論をもつ将である。


 固い現実主義者であるため、神に仕える者たちと折り合いが合わないのは宿命であったといってもいい。

 エーラーン自身、とても影響を受けた人物の一人だ。

 ―味方で良かった。

 本心、これに尽きるだろう。



 歩いているうちに馬小屋の前まで来た。

 「一か月じゃ、一か月以内で蛮族と内なる敵を滅する手立てを整える」


 エアルドルマン大公は馬に乗った。


 「エーラーン、ぬかるなよ」


 「勿論、大公殿に怒られるのは懲り懲りでござる」


 二人は別方向に駆けて行った。




 「必ず、我が国の敵は討たねばならぬ」

 エーラーンは心の奥底で燃えていた。


 この男は普段、少しひょうきん者のような性格であるが、この異民族に対しては大火のごとく燃えている。


 同時に、負い目もあった。


 きっかけは、あの声である。




 ―エーラーン、家族を頼む。



 五年前の戦役で前大騎士長からの言葉である。


 自身は、隊を率いる騎士長として出陣した。


 (前大騎士長が討ち死にしたのは、自分のせいである。)


 ずっとそう思っていた。


  大地を穿つような大戦であった。

 各隊の主力がほとんど全滅しかけている中、エーラーンの隊のみ損害は軽微であったため、人々は、エーラーン殿は戦上手、とほめたたえたが― 


 (違う、私はそんなのではない)


 あの瞬間、前大騎士長が窮地に陥った時、なぜすぐに助けに行けなかったのか。


 確かに、自分たちの隊も、敵の猛攻を受け、手一杯ではあった。


 前大騎士長が落馬し、頸を落とされるところが今でも脳裏に漂ってしまう。


 「アル二ウス殿…」


 自分はそのあとに血眼になって、敵陣を斬り破り、満身創痍になって遺体を取り返したが虚しさだけが残った。



「アル二ウス大騎士長、お討ち死にされたし」



 国内は恐怖に包まれた。大騎士長でも、北方から来た蛮族には勝てないのか、と。


 「お主の父は勇敢であった」


 まだ十二歳だったマエルに伝えた。マエルは泣きせず、うつむいたままだったのを覚えている。



 「自分の使命は必ず蛮族を滅ぼすことと―マエルを一人前の騎士に育てるとこだ」



 それらを心に刻んで、大騎士長に就任した。


 この五年間で、自分の槍術、剣術、戦術、用兵など持てるすべてのことをマエルに教えた。


 エアルドルマン大公の孫馬鹿ではないが、マエルは良く育ったと密かに思っている。 


 昨日、アルフレッドと出陣してったマエルの後姿は、同じ鎧をつけているせいか、アル二ウスに瓜二つであった。 


 「この身が屍になってでも、殿下を守ります」


 出陣前に、マエルはエーラーンに言った。

 「その意気は良し。だが死んではならぬ、死んではおぬしの父君にあの世で合わせる顔がない」


 マエルにはそう言ったが―


 エーラーンは城壁にいた。


 秋の初めで、風は冷たくなりかけている。


 「私は命を落としてでも、この国を守り切って見せる」


 現大騎士長は、城壁の堡塁の石を強く握りしめた。

 

 

 

 


熱い展開が近い!

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