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剣斧の記憶  作者: タカヒロ
ロンドン奪還
6/8

六話 戦線

Ⅵ戦線


 「何が…どうなってる…?」

 デーン人の戦士長、シドラクは一目散に馬を駆けていた。


 たった一日で三万もの軍勢が壊滅した。

 麾下の部下たちも大半が討ち死にしてしまった。


 自身も満身創痍だ。


 エングフィールドに陣を構えてすぐに、ウェセックスの軍勢がこちらに向かっているという報告を斥候から受けた。

 ちょうど三日前である。



 

「シドラク様、敵の軍勢は五千にものぼりませぬ」

 斥候は明るい顔だった。


「昨今、我が王グスルムが援軍の有無を問う書簡をよこしたが、我が手勢で十分よ」

シドラクは嘲笑った。


三万人の師団を率い、グスルムに付き従ってマーシア王国の残存勢力を掃討していた。


イングランドの地に降り立ってから連戦連勝で力にものを言わせて、敵軍を打ち破ってきた。

「して、エアルドルマンなる者が司令官だと聞いているが、どのような人物であろう」


それだけが不明であった。

そもそも、勝ち戦続きで、敵の大将のことなど目もくれず、ただひたすらに敵を屠ることしか考えていなかったため、さほど興味がなかった。


だが、ウェセックスの本拠地から来る軍勢と相まみえるのは初めてであったため、シドラクは多少の情報収集は必要だと考えた。


「まぁ何、少し馬でも走らせて、近くの村の者にでも聞くとするか。」

シドラクは斥候が報告しに来たその日のうちに、部下数名を連れ近くの村を訪れた。


 村人は各地のデーン人による襲撃の話を聞いていたため、恐れおののきながら跪いて震えていた。

 「お前らのような貧乏人からは巻き上げようとは思わん。現に何も持ってなさそうだからな」


 シドラクは馬上越しに村人たちを見据えた。

 「エアルドルマンなる者は一体どのような人物か」

 「エアルドルマン大公様はご病気だと聞いております」

 村人の一人が言った。

 「病人を戦場によこすわけないだろう」


 「今の戦で若人はほとんど死んでしまったんでぇ、人手が足りんのじゃ」

 ほかの村人たちも口々に言った。


 「ふん、邪魔したな。いくぞ、お前ら」

 ―ウェセックスも人材不足に陥ってると見える。

 シドラクはひっそりとほほ笑んだ。


 陣に戻ってきたシドラクは麾下の者たちに言った。

 「おそらくこの戦いは、ほぼ無傷で勝てるだろう。可能なら、十日以内に本拠地も陥落できよう」

 麾下の者たちは歓喜した。


 「エアルドルマンを討ち、ウェセックスの本拠地を落とした暁には栄誉明達は思いのままだ!」

 シドラク軍の士気は大いに高まっていた。


  程なくして、両軍は相まみえた。

 しかし、エアルドルマン大公の軍は粗末な武装で老兵ばかりであった。


 数は五百にも満たない。


 「大公とは名ばかりだな。行くぞお前ら!皆殺しだ!」


 シドラクは自ら先陣を率いて部下たちといつも通り突撃した。

 その突撃をみて、エアルドルマン大公の兵士は戦わずに武器を捨てて逃げてしまった。


 「奴ら逃げおったぞ。こんなものもはや戦でも何でもないわ!」


 「これはただの“狩り”だ!好きなように殺せ!」


 うぉぉとデーン人の兵は吠えた。


 シドラク軍は逃げる兵士を追いかけて森の中に入った。


 「ちっ、奴ら逃げ足が速いな…どこまで逃げる気だ」

 するとその時、森の斜面が少し急な茂みからウェセックスの騎兵が突撃してきた。


 森は道が狭く、シドラク軍は細長い形状になっていたため、軍全体の真ん中に突撃してきたウェセックスの兵に対応できずに、混乱した。


 「全員落ち着け!敵は寡兵だ!」

 シドラクは大声で叫んだが、中央には届かなかった。


 一瞬、少しだけだがウェセックスの騎兵が見えた。

 「…馬まで武装してないか?」


 本来騎兵は機動力が厄介なため、馬をつぶしてから騎手をしとめるのが常識である。

 軽騎兵の場合だと、武装がほぼないので弓で射殺すことができる。


 しかし、馬も武装しているため殺せず、矢を降らせても鎧ではじかれてしまう。

 素早い騎兵の動きに陣形は大きく乱れた。


 「全軍進め!その後、陣形を直して迎え撃つ!」

 シドラクは馬腹を蹴った。


 被害を受けながらも森の中を進むと谷に入っていった。

 「敵は…追ってきてるか?」

 「追ってきていません」

 近くの者が答えた。


 多くの者たちが肩で息をしている。

 「敵ながらなかなか練度の高い騎兵だったな。しかし―」

 「追撃してこないところを見ると、まだ敵も臆しておる」


 シドラクが振り向いたその瞬間だった。

 すさまじい轟音が鳴り響いた。

 「―なんだ⁉」


 見てみると、岩が落ちてきたようである。

 軍は谷の中に完全に入りきっており、谷の両端を岩でふさがれてしまった。

 「これは誰の仕業だ!」


 シドラクはそういうと谷の上を見上げた。

 他の兵士たちも見上げている。


 その刹那、シドラク軍は絶望することとなった。


 「はっはっはっ!まったく、人ではなく獣を相手にしているようじゃ」


 老人の笑い声が不気味に響いた。


 「なにを…貴様!下りてきて勝負しろ!」

 ハルダンは斧を構えた。


 「降りる頃には貴様は死んでいるだろう」


 その老人は手を挙げて合図した。

 すると千人もの弓兵による激しい矢が降りかかってきた。


 「しまった!全員盾を構えろ!」

 デーン人の兵士は盾を構えたその時、谷の上から水がかかってきた。

 「熱い!熱湯か!」


 容赦なく熱湯と矢がシドラク軍を襲った。

 身動きが取れず、大量に射殺されていく中、さらにこの谷の中は地獄と化することとなった。


 一瞬攻撃がやんだ。


すると、火矢が一本放たれた。


 「…!」

シドラクは言葉を失った。


火が一気に燃え広がり、デーン人を焼き殺していった。


「これは熱湯ではなく油だったのか…!」


「岩でふさがれているせいで、馬で逃げることができぬ―ならば」


シドラクは力を振り絞って、声を出した。

「全員!馬から降りてここから脱出する!ついてこい!」

 数人は馬を下りてこちらに来たが、酷いやけどを負っているものから、矢傷を負っているものがほとんどで、歩くのがやっとであった。


「このようなことになるとは…我が王に会わせる顔がない」

すべては功を急いた自分の責任だった。


「今すぐ逃げなければ…」

付いてくる兵士は五百人も満たなかった。


しかし追い打ちをかけるように、最初に攻撃してきたウェセックスの騎兵と、伏兵として伏せられていた歩兵が容赦なく突撃してきた。


百戦錬磨のデーン人もたまらず、殺されていった。


「まずい、全滅する…!」

シドラクは死を覚悟した。


「戦士長!お逃げくだされ!」


部下の一人が大声で叫んだ。

シドラクは、騎兵の一人を馬から引きずり下ろして、馬を奪った。


引きずり降ろされたウェセックスの兵士は剣を抜いてシドラクに襲い掛かった。


「脆弱なブリテン人どもが。調子に乗るな!」


シドラクは傷を負いながらも、斧で一刀のもとに首を斬り飛ばした。


空で弧を描くように血しぶきを上げて首は高々と飛んだ。


それを見てウェセックスの兵士が少しひるんだところをシドラクは馬を駆けさせた。


しばらく、陣を目指して駆けていた。


シドラクは状況に理解が追いついていなかった。


仲間が大量に死んだ。


すべて自分の判断ミスだった。


―敵の罠にすべてかかってしまった。


時間がたつにつれて凄まじい罪悪感が心を抉った。



陣の前まで来た。

ところが、陣には見慣れない旗が靡いている。


シドラクは絶句した。


「陣が…奪われている…なぜだ」

物見櫓を見ると、最初に逃げて行ったぼろぼろの鎧を着た老兵がいた。


どうやら逃げた後に、別働隊となってこの砦を強襲したのだろう。


さらに老兵―と思われた人物は顔から髭を取り兜を脱いだ。

すると若々しい兵士へと変わった。

変装していたのである。


「どこまで俺を馬鹿にするつもりだ…」


シドラクは激怒し、声を上げた。


「腕に覚えのある者あらばいでよ!たたき殺してやる!」


 そう言うと陣が開いた。


 百人ほど兵士が出てきた。

 「参る!」


 シドラクは勇んで突撃したが、百人の兵士たちが並んでいる手前で姿が消えた。


 落とし穴に落ちたのである。


 「卑怯者め!恥ずかしくないのか!」


 シドラクは暴れたが、百人の兵士たちによって取り押さえられ、縄で縛られた。

 



 戦闘は終わった。


 シドラク率いるデーン人の兵士は大半が戦死し、傷で動けなくなったものはことごとく捕縛された。

 エアルドルマン大公の軍はほとんど戦死者はおらず、一方的な戦となった。


 捕らえられたシドラクはエアルドルマン大公の本陣へと連れていかれた。


 本陣には、シドラクにとって耐えがたい光景が待っていた。


 仲間の首が並べられている。


 又、数多くの焼死体も目にした。


 シドラクは終始うつむいていた。

 中央の陣営まで連れていかれると、ウェセックスの騎士が並んでおり、中央には椅子に座った老将がいた。


エアルドルマン大公である。


「貴様が軍の将か」


 シドラクは睨みつけて言った。


「いかにも、手前がエアルドルマンだ」


 エアドルマン大公は長い髭を撫でた。


「貴様…よくも仲間を焼き殺してくれたな!」


「お主こそ、我が国の民を蹂躙してたではないか。どの口が言う。話にならんな」


「正々堂々と戦え!貴様も騎士たる身分ではないのか!」


「確かにそうじゃな。エゼルレッド王に叙任された身分であるからして、おのれの中に騎士道というものは存在する」


「しかし―獣にかける情けなどないわ」


エアドルマン大公はけたけたと嘲笑った。


同時に手を挙げ、部下に合図すると一人のデーン人の兵士が縄につながれて連れてこられた。

 体中傷だらけである。

 「…戦士長…ご無事で…」


 エアドルマン大公は立ち上がった。

 「おぬしらは大きく分けて二つの軍に分かれているようじゃな。ハルダンとグスルムだったか?まぁどっちにしろ二人にも死んでもらうがな」


 「何が言いたい?」


 「貴様はどちらの陣営の人間だ?」


 「グスルム王だが…」


 「そうか。礼を言う。この獣の首はグスルムとやらに送り付ければよいのだな」



 エアドルマン大公は再び合図した。

 すると近くにいたウェセックスの兵士は大剣でデーン人の兵士を斬首した。


 「貴様!やめろぉぉ!」


 シドラクは叫んだ。


 「このようなことをしてみろ!グスルム王含めた全デーン人師団が貴様らブリテン人に全面戦争を仕掛けるぞ!」


 するとエアドルマン大公は、あはははと声を出して笑った。

「全面戦争を仕掛ける?もうこちらから仕掛けておるわ。そんなことも知らんかったのか」


「ふん、強がっていろ!貴様らは我が王グスルムに屈することになる!」


「逆もまたしかり。来年には、貴様らの王の首と胴が離れているかもしれんがな」


「減らず口を…俺をどうするつもりだ!」


「ウィンチェスターに連行する予定だったが…はて、歳を重ねると心変わりがはげしくなっての」

エアドルマン大公は剣を抜いた。


「村を燃やし、民を殺し、略奪し、女を犯した外道を王都に入れるわけにはいかぬ」


シドラクの顔が蒼白になった。


「ここで死ね」



そう言うと剣を振り上げ、シドラクの首から肩まで真っ二つに切り裂いた。


「よかったのですか?」


一人の騎士が言った。

「こやつの首を賢人会に見せてやれば停戦派の連中も黙るだろう」


「それもそうですな」


周りの部下はどっと笑った。



そこに一人の青年が現れた。


「やっぱりじぃちゃんの作戦凄いよ!」


「ふぉっふぉっふぉ、アイヤール、お主もようやった」


 粗末な鎧を着た青年―最初に五百人の兵士を率い、その後シドラクを捕縛した隊の長、エアドルマン大公の孫のアイヤールであった。


 「見事でございました、若殿。村人の流言により敵を油断させ、みすぼらしい格好で誘い、最後には敵将を捕らえられた。今回の第一功は若殿ですな」


 「まぁ、最後はじぃちゃんが殲滅してくれたおかげだけどね」


 「お前は人を立てるのがうまいな」


 「殿下とマエルとはいつ合流するの?」


 「いや、しばらくはここに踏みとどまって北方を守る予定だ。殿下の援軍には陛下とエーラーンが向かった。」


 「そっか、あーあ。久しぶりにマエルに会いたかったな」


 「大丈夫だ、お前は会える」


 「どういう事?」


 エアドルマン大公の奇妙な言葉にアイヤールは首を傾げた。

 「そのうちわかることだ」



 そう言い残すと、エアドルマン大公は陣の奥に行ってしまった。


 「アイヤール、お主に私の戦術のすべてを授けなければ。残りの時間で」


 ひとり呟くと、ごほっと咳込んだ。

 手で押さえたが、赤いものが掌に見える。


 ―病気という流言は敵味方関係なく効くというものだ。 


 「騙した…いや騙してなどいない。これは事実なのだから」


 老将は口から流れ落ちた赤いものを手で拭った。

 

 




 

 




 

 

 


  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 


 

 

 


エアドルマン大公の過去編も書いてみたい…

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