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剣斧の記憶  作者: タカヒロ
ロンドン奪還
2/8

二話 埋葬

Ⅱ埋葬



 骸が転がっている。

 多い。敵の方が多く見えるが味方の兜も地面に多く転がっている。

 かろうじて息があったウェセックス王国の兵士を一人の戦士が剣で刺し殺した。

 「異教徒ども…地獄に落ちろ…」

 「落ちるのはお前だよ、武器を手にして死んでないからね」


 武器を手にせずに死ぬのは恥である。

 ―デーン人として生まれたからには、戦場では必ず自らの得物を手に死ね。

 ―オーディンがあの世で待っている。


 そう幼いころから両親に言われていた。

 ―戦場で死ぬのは、戦士の誉れである。 


 常にその言葉を胸にこれまでの戦場を駆け巡ってきた。

 戦友の遺体を発見してはその骸に斧を握らせ、こうつぶやいた。


 ―ヴァルハラで待っていろ、いずれそこでまた会おう。


 ヴァルハラとは北欧神話におけるオーディンの館である。

 神話の中では、戦場で命を落としたデーン人はこのヴァルハラにたどり着くとされている。


 ―死など恐れん、デーン人として生を受けたときから、我々は戦場で死ぬ定めである。


 戦士は斧をぬぐい、背中に背負った。

 「シーヴァルト、どうだ、他に敵の生き残りはいるか」

 「この兵士で最後だ。我々の損害はどうだ?イヴァ―ル」

 「一応軽微だが―先鋒部隊にそれなりに死傷者が出てる。先鋒部隊を率いていた戦士長のマダグランが帰還してない。」

 「誠か?あの腰抜けのブリテン兵士の中で奴を斬れるものはいないと思ったが」

 「でもな、シーヴァルト。」


 死んだウェセックス王国の騎兵を一瞥して言った。

 「敵さんもただやられて逃げるだけじゃなくなっている気がするな。俺の親父の話じゃぁ、元はブリテンの奴ら馬に乗って戦ってなかったって話じゃねぇか」

 「奴らの戦い方も変化している―と言いたいのか?」

 「かもな。もしかすると、今後は今までのようにはいかなくなるかもしれん」


 「戦士長!これを…」

 一人の兵士が血相変えて、何かを差し出した。

 人間の手首であった。

 手には斧が握られている。


 「―この斧、戦士長の刻印が彫られている。」

 「まさか、マダグラン?」

 「マダグランは死んだのか?」

 「いいえ、まだマダグラン戦士長のご遺体は見つかっておりませぬ」

 「探せ!デーン人の戦士長たる人間に、斧を持たせずにあの世に行かせるつもりか!マダグランがヴァルハラに行けなかったらどうする!」


 ハルダンは一喝した。


 兵士は慄きながら下がった。

 「マダグランは―戦士長の中でも双斧使いの猛き戦士であったではないか」

 「それを斬るとは、腰抜けのブリテン人どもの中にも剛の者がいるのかもしれんな。

いやはや、次の戦が楽しみだ。先陣を決める酒飲み勝負で負けてしまったせいで、今回の戦、何もせずに終わってしまったからな!」


シーヴァルトは豪快に笑った。

「次だ。次の戦でブリテン人どもの息の根を止めるとしよう。」

 連れてきた馬にまたがり、陣に戻った。



 陣に戻ると、ウェセックス王国の兵士の首級が並んでいた。

 「今回も大量だな。腰抜けのブリテン人ども、おのれの生まれを呪うがいい」

 イヴァ―ルは生首に語り掛けた。

 「ふん、こんなもの、焼くなり埋めるなりして捨ててしまえ!目障りだ!」


 陣幕から現れた戦士が並んでいた生首の一つを蹴っ飛ばした。

 「ハルダン、何を怒っている。団長たるもの、もっとどっしりかまえていろ」


 イヴァ―ルは半分笑いながらたしなめた。

 「ふん、こんなものがあったら飯がまずくなるわ」

 「飯の味は変わらんだろ」

 「俺の気分だ」

 「なかなか団長様も繊細なこった。―それよりマダグランのことは聞いたか?」

 ハルダンは水牛の角に酒を注ぎながら言った。

 「思わぬ損害だ」 

 蹴った生首を睨み据えた。


 「今までの戦いは、ほとんど損害を出さすに勝つことができた。だが今後はそうはいかない、ということだ。―それに」

 「それに?」

 イヴァ―ルは首を傾げた。

 「敵の兵士の中で金色の鎧を着た兵士がいない―つまりはウェセックス王直属の部隊ではないと見た。」

 「金色の鎧を着た部隊は、ウェセックス王国の中でも精鋭部隊と、捕虜にしたマーシス王国の兵士から聞いたことがあるな」

 「―なんでもその部隊の隊長とやらはたった一日で百近くの首を挙げたと聞く」

 二人は顔を見合わせた。

 「こりゃ今回の遠征はちょいと面白くなりそうだ」


 イヴァ―ルは懐から地図を出した。

 「次はいつ攻める―ブリテン人どもは西の森の方に逃げたぞ」

 「敵が仮にもし、森の近くに陣取ったら、我々が不利だな。森の周りは湿地帯だ、機動力が下がる。」

 「それなら敵の陣ごと森を焼き払うか」

 「それも―また一興」

 団長と戦士長はにやりと笑った。


 その夜―港ではマダグラン戦士長の弔いの儀式が行われた。

 船を棺代わりに遺体を収めた。

 切断された首と手をつなぎ合わせ、手には斧を持たせた。

 このような形式の葬儀はデーン人の間ではよく行われる。船葬墓といった。

 その船の周りをイヴァ―ル団長と他の戦士長たちで囲んだ。


 「マダグランを倒すとは、誰かマダグランが死んだところを見た奴はおらんか」

 シーヴァルトは後ろを振り返った。

 頭に包帯を巻いている負傷した兵士が前に出てきた。


 「顔は良く見えませんでしたが、黒い鎧を着た若い騎士でした。」

 「それだけの情報があれば十分だ」

 祈りをささげていたハルダンは言った。


 「次の戦場でその者は俺のグレイブの餌食となるだろう。このブリテンの地を奴の血で潤してやる。」


 グレイブとは槍の一種で槍の柄に対し、刃の部分が長いものである。

 「彼の遺体を取り戻してくれた者、礼を言うぞ」

 イヴァ―ルは力強い目つきで負傷した兵士の肩を叩き、称えた。

 「マダグラン、おぬしに誓おう、ウェセックス王国を滅ぼし、このブリテンを永久に我がものとしよう―全員、酒を持て!」

 デーン人の戦士たちは水牛の角に酒を注いだ。


 「主神、オーディンに栄光あれ!」



 そう叫ぶと、一気に酒を飲み干し、角を地面にたたきつけた。


 「船を解き放て!」


 マダグランの遺体を乗せた船が風を頼りに前に進んでいった。 


 シーヴァルトはぼんやりと船を見つめた。


 ―無事ヴァルハラにたどり着いてくれ。

 ―生まれ変わったら、またデーン人に生まれてきてほしい。


 「お前は良い幼馴染であった」


 シーヴァルトとマダグランは同じ村の出であった。共に寝て食べて、稽古をした仲であった。

 デーン人はたとえ戦友が命を落としても泣くのは許されない。

 だからハルダンと話していた時はそのような素振りは見せずに、戦う相手が楽しみだと豪快に笑って見せた。


 ―戦争は正直辛い、でも我々は止まるわけにはいかないのだ。

 ―今まで戦死した仲間のためにも、そして故郷のためにも我々は戦い続けなければ。


 「これからは、」

 シーヴァルトはぼそりと呟いた。

 「効率よく、かつ損害が少ないように戦う必要があるかもな」


 そう聞いてハルダンは眉を吊り上げた。

 「お前らしくない発言だな―酒を飲みすぎたか?」

 「そうかもしれないな」


 そう言いながら腰に下げた斧を手に取り、刃を手で撫でた。


 刃は冷たかった。

 「お前―それはマダグランの―」

 「あぁそうかもな、間違えて奴の手に俺の斧を握らせちまった」

 

 ―ヴァルハラに俺の斧を持っていけ。

 斧はわれらにとって武器でもあり、象徴でもあり、想いと記憶を繋ぐものだ。

 おぬしが存在したこと、しかと俺が語り継いでいこう。

 この斧とともに。


 船は地平線のかなたに消えていった。


 

 

 

 

 

 

 

 

 


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