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剣斧の記憶  作者: タカヒロ
ロンドン奪還
1/8

一話 敗走

プロローグ


「これは何?」


青い瞳の少年は、大きな石碑においてある剣と斧を指さして言った。


「生きた証さ、彼らの」


年老いた老人は、か細く答えた。


「それなくして、我々は成り立たなかった」


風が強く靡いた。


そばに控えていた従者が駆け寄った。


「これ以上は。お体に触ります」


「少しばかり待て、大丈夫さ。さて、」


「我々の記憶について―少し話そうか。」


老人は眉間にしわを寄せた。


しかしやさしい顔をして言った。


「なあに、悪い話じゃないさ」


「これはおじいちゃんのものじゃないの?」


青い瞳の少年は、また剣と斧を指さして言った。


「私のものじゃあないさ、これは彼らのものだよ」


「彼らって、誰?」


「定義が―少しばかり難しいな、だがわれらも当てはまる」


「僕も当てはまるの?」


「ああ、もちろんさ」


―ここに来るたび私は思うのだ、


―彼らと、我々が生きている理由を、必ず次の世代に伝えなければならない。


今、私は、どうでしょうな?


過去の王たちよ。






語られるのは王たちの記憶である。



Ⅰ敗走


「王弟殿下!六日前に派遣した隊が全滅したと報告が!」

 一人の兵士が血相を変えて飛んできた。

 ブリテン―現在のイギリスはとある危機に脅かされている。その前まで、ブリテンは七つの王国に分かれる、群雄割拠の時代であった。


 今から約三十年前、北からやってきた謎の民族の侵入により、ブリテン中間部にあったノーサンブリア王国が滅亡し、イングランドの東部が占領された。生き残った王族はブリテンの南に逃げた。そして南の大国、ウェセックス王国に身を寄せている。現在、エゼルレッド王が王位についている。


 しかし、この戦場では、その弟であるアルフレッドが軍を指揮している。

「生き残りはいないのか!奴らの情報がほぼない状態で戦えるか!」


 若き司令官は戸惑っていた。これ以上の損害は許されない。


 ―おかしい、兵士の数ではこちらの軍が勝っている。にもかかわらず敗北を重ねている。

 若い王弟―アルフレッドは金髪の頭を掻きながら地図を見つめた。


 ―現在こちらは騎兵一万五千、歩兵三万、弓兵二万の総勢六万五千だ。

 ―二手に分かれるか、いやそれだと連携が取れない、ただでさえこちらには情報がないというのに。

 情報、情報と彼は自身の陣中で歩き回って考えた。


 ―そもそも兄上は何をしているのだ。

 ―賢人会どもめ。


 一か月前、アルフレッドは兄であるエゼルレッドから総司令の位を叙任された。叙任の儀式にて、兄はささやいた。

 「アル、私も後から行く。それまでうまくやってくれ」

 アルフレッドは兄とともに戦えるのがうれしかった。幼少より、二人で毎日勉強と剣の稽古をしていた。


 剣術は兄、エゼルレッド。戦術は弟アルフレッド。と周りから称賛され、この謎の民族撃退に大きな期待を寄せられていた。


 しかし、まだまだ実戦経験が乏しく、自らの実力不足をアルフレットは実感していた。


 この国―ウェセックス王国において国政は、賢人会という王家直属の部下の合議制によって決められた。賢人会の身分は、騎士や僧侶、商人など様々であるが、先王であり、エゼルレッドとアルフレッドの祖父でもあるエクバード王の頃からウェセックス王家に仕える者たちである。


 しかし、この賢人会の者たちは、神の教えに縋ったり、占いや呪術に帰依していたりなど、優柔不断極まりなく、何の科学的根拠もなく方針を決定したりなどしていた。


そのため、アルフレッドはうんざりしていた。


「王よ、今回の出陣はお控えくだされ」

「王弟殿下に任せた方が吉と占いで出ております」

「異民族ごとき、王が相手取るほどの敵ではございますまい」

賢人会の老人たちはこびへつらいながらエゼルレッドに言った。

 

 この異民族は北の強国であったノーサンブリア王国を滅ぼしている。襲撃と撤退がとても軍の中ではっきりしていた。

―攻めるときは攻め、引くときは引き、守るときは守る。


 この巧みな用兵術にアルフレッドは敵ながら惹かれていた。

 「砦を襲撃し、撃滅する時間がどう考えても早すぎる。敵軍はわが軍よりも統制された軍なのかもしれない。こうなると今回の戦は―。」


 あれこれ考えているうちに伝令が肩で息をしながらやってきた。

 「伝令です!敵の先鋒部隊がすぐそこまで迫っているようです!」

 「わかった…。マエルはいるか!」

 「はっ、ここに。」


 二十もいかない若い騎士が陣幕に入ってきた。父から譲り受けた鎧なので少しさびている部分がある。 

 彼はアルフレッド付きの騎士であると同時に幼馴染でもあった。彼の父は先の異民族の襲撃で命を落としている。


 「正直に申せ、どう思う」

 「はっ、恐れながら、ここはいったん引いてエゼルレッド王の本隊が到着するまで防御を固めるべきです。盾兵と弓兵を前方において時間を稼ぎましょう。私が殿を務めます。お引きくださいませ。」

  まっすぐアルフレッドの目を見つめて淡々と答えた。

  このような緊迫した状態でも、マエルは冷静沈着とした様子であった。

 「よし、そうしよう。全軍に告ぐ!一時撤退する―」


 言い終わらないうちに、敵襲を告げる鐘が物見櫓から鳴り響いた。

 「敵襲!敵襲!左翼に敵が来ているぞ!」

 陣幕から兵士が次々と出ていった。


 「王弟殿下をお守りしろ!」

 「殿下!お逃げくだされ!誰か殿下の馬をここへ!」

 「マエル、俺はアッシュダウンに退いて陣を構える。そこで兄上の到着を待つとしよう」

  馬に乗りながらアルフレッドは言った。


 「御意。殿下に十字のご加護あれ」

 マエルは自らの得物である槍を構えて前線に走り去った。


 「弓兵と盾兵はこのマエルとともに敵を迎撃しろ!」

 「すでに左翼前方で攻撃を受けています!」

 血で赤く染まっている鎧を着た伝令の兵士が言った。


 「陣形を乱すな!弓兵!構え!」

 マエルは戦慄した。どう考えても敵が強すぎる。数はさほど変わらないのに一人で五人相手取り、打ち勝つほどの戦士である。陣形を作る前に敵は狂ったように攻撃を仕掛けてきた。


―奴らに戦術というものはないのか?

 そう思えるほど、敵の隊列はまばらで、不規則であった。

敵は斧を振りかざし、ウェセックス王国の兵士を切り殺していった。


「うろたえないでください。弓兵うて!」

無数の矢の雨が空を覆い異民族に襲い掛かった。

討ち取ったものもいたが、数本刺さった程度では致命傷にならず、さらに突撃してきた。


「マエル卿!持ちません!」

「勝たなくていいのです、殿下が逃げる時間だけ稼いでください!騎兵の本隊さえ無事ならまだ再起はあります!」


マエルは必死になって指揮をしたが、陣形をうまく整えられず乱戦になった。

防御を固めていたはずの中央にも異民族の軍がなだれ込んだ。


「そこなる騎士よ!名を名乗れ!」


混沌とした戦場の中で、異民族の隊長らしき人物が怒鳴った。

「私はウェセックス王国、アルフレッド王弟殿下に仕える騎士、マエルです」

「俺はマダグランだ。良き敵とお見受けした。手合わせ願おう」


異民族の隊長―マダグランは両手に斧を構えた。すでに刃が血で赤い。

「承知しました。一槍参る!」


槍と斧がぶつかり合った。斧の斬撃が早くて重い。二十合ほど打ち合った。

マエルは槍の長さを生かして素早き突きを放った。


「やるな、若造。これでもくらえ!」


マダグランは両手斧による高速の連撃を放った。

最後の一撃でマエルは槍を弾き飛ばされて、地面に転がった。


少量の血が地面に流れた。


「…右肩に一撃もらってしまったか」


マエルは立ち上がり肩を抑え、左の腰に佩いてあった長剣を抜き放った。


 「これで終わりだ!死ね!」


 両手斧を同時に振りかざした。


 「死ぬのは貴方だ」


 マエルは口元にわずかな笑みを作った。

 そして長剣を右上に斬り上げ、剣身で斧の斬撃をタイミングよくはじいた。


 「良き敵でございました」


 そう言って、返す長剣で左腕ごとマダグランの首を斬り飛ばした。

 周りから拍手喝菜が起きた。


 しかし、マエルは異様な感覚に陥った。

―…?なんだ、これは?


 隊長の一人を失ったはずなのにこの異民族は、なおも激しく突撃を繰り返した。

 「この士気の高ぶりは―。どうなっている?」


 「マエル卿!殿下と本隊の撤退が完了しました!」

 「中央を固めてください、あとは時間を稼ぎます」

 弾き飛ばされてしまった槍を拾い、なおも攻め上げる異民族を迎え撃った。



 さてこちらはアルフレッド。撤退は完了したものの、別動隊による奇襲を受けていた。

 アルフレッドは一度剣を抜いたが、再び鞘に戻した。


「騎兵は攻撃の要だ―一兵も惜しい。ここは逃げに徹しよう」

 手綱を握りしめ、馬腹を蹴った。


 馬は一定の速さを保って走り続けた。

 騎兵はかろうじてついてくることができたが、歩兵に犠牲が出てしまった。


 ―すまない。仇はとる。


 そう思い後ろを振り返り、兜を脱ぎ大声で叫んだ。


「アッシュダウンまで逃げるんだ!必ず…必ず反撃の狼煙をあの地で挙げる!ついてこい!駆けよ!」

 必死で駆けた。


 季節は秋、嵐が来る前のように暗い雲であった。


 ―私は勝たねばならない。


 ―祖父、父が守ってきたこのイングランドを守り抜く。


 ―今は良い、要は最後に我々が勝っていればよいのだ。


 吐き出したい気持ちをこらえ、ひたすら馬を駆けさせた。




 うっすらと涙を浮かべながら馬を駆け、必死に逃げているこの司令官は、―後世において「英国海軍の父」と言われ、アングロ・サクソン時代の最強の王として語り継がれることとなるアルフレッド大王の若き姿であった。




大スケールのブリテン英雄譚、始動…!

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