四、クエスト
四、クエスト
動物園を管理する明日香さんの力になるべく、私は藍草の採取に村の北に位置するヒドラの山に行こうと計画を始めた。
山の上や森の奥など人の手が届いていない未開の地では、たまに攻撃的な魔獣に襲われることがある。
魔獣はどんなタイプだろうと、一定の知性は宿っている。だから私たちが優しく接してあげれば、向こうも敵視してこない。攻撃的っていても、だいばいはちょっと食べ物を分けてあげれば、おとなしく帰ってくれる。
――なんだけど、最近だんじょんに飽きた勇者たちが野外での狩りも始めたせいで、人間と見るや見境なく襲ってくる魔獣があらわれたのも悲しい事実。
ふもとで採れる紅草ならともかく、藍草はちょっと上のほうに行かないと採れないんだよね。
とりあえず私は、村長さんの家を訪ねた。
国の軍隊さんに護衛をお願いするには、村長さんを通さなければならないから。
しかし、軍の方に来てもらうには2、3日かかるかもと村長さんが言う。
「そうだ、ここは勇者たちにお願いしたら?」
「じょ、冗談じゃないわよ!」
村の発展のために、村長さんが勇者と懇意にしたがるのはこの際しかたないとして、なんで私まで勇者たちに頭を下げなければならないわけ!
そもそも誰のせいで藍草を採りに行くことになったと思ってんの!
そして誰のせいで採りに行くこと自体が危険になったと思ってんの!
こんなの、おかしいよ!
村長さんの家を飛び出した私は、翌日一人で山へ登った。
勇者たちが現れるようになる前、おばあちゃんが子供だった頃、山も森も魔獣による危険はなかった。迷子だけが一番の心配事だけど、毎日のように何度も遊びに行くうちに、自然と道もわかってくるから、10才になった頃にはもう一人でどこにでも行けたという。
でも残念なことに、私はまだ数回しかここの山に登ったことはない。
藍草の生えるところまで往復できるよう、地図やら方位磁石やら入念に準備したほうがいい。もちろん魔獣対策にパンを多めに持っていくことも忘れない。
その甲斐あって、日が昇ってくるのと同時に山へ入った私は、お昼前にはもう目的地にたどり着いた。
途中勇者たちにはもちろん、魔獣にも出くわさなかった。
なんだ、楽勝じゃん。
と、鼻歌交じりに藍草をカゴいっぱい採取して、明日香さんの笑顔を思い浮かべていると、「さわさわ」と後ろあたりの草むらが揺れた。
振り返るや否や、一頭のイノシシの魔獣が飛び出してきた。
「キャッ!」
私めがけて一直線に突進してくるイノシシに、私は避けられるはずなく、あっけなく吹き飛ばされた。
ころころ地面を転がり、なんとか上下の方向感覚を取り戻した時、私の上にはすでに鼻息を荒くしたイノシシがのしかかっていた。
「ブオン!ブオン!」
怒りに満ちた鳴き声に、体は思わずすくむ。
そしてその重さに、うまく肺に空気を取り入れられないっ!
リュックは、ちょっと手が届かない場所に落ちている。
だめ、このままじゃっ!
「氷のつぶて――っ!」
「ブオっ!?」
急に体が楽になった。
重さを感じなくなった肺が、急いで空気を取り込もうと、呼吸を激しくさせる。
イノシシは?
と思って探したら、私から5メートルほど離れたところに倒れていた。
そしてその隣に、拳ほどの氷が場違いに転がっている。
「君、大丈夫か?」
逆の方から声をかけられ、振り向くと、3人の勇者たちがこっちに駆け寄っていた。
「あ、ありがとうございます……」
思わず礼を言ってしまった。
でもすぐに嫌悪感を思い出し、私はむすっと閉口した。
3人のうちただ一人の女性の勇者が私を助け起こすと、ほかの二人の勇者が私に興味をなくしたか、イノシシの倒れてるほうへ歩いていった。
「トドメさしてとくか、一応」
「だ、だめー!」
私は土まみれなのもかまわず、駆け出した。
ちょうど勇者の一人が剣を振り下ろそうとし瞬間、私はイノシシをかばうように彼の前に手を広げた。
「な、なんだぁ?」
怪訝な顔をする勇者に、私は歯を食いしばって、めいいっぱい腰を折り曲げた。
「この子を殺さないでください、お願いしますっ!」
とっさのことで動転していたけど、きっとこの子は悪くないんだ。
折れた牙、流血してる目、そして刃物による深い切り傷を負った体――よく見なくても、その怪我のせいで一時凶暴になっていただけってわかる。
「ちょ、お前、こいつに殺されかかってたぞ?」
「いいんです!私は気にしてませんから!」
人間に傷付けられたから、人間に襲い返した。
そんな当たり前のことを、どうして責めることができるの。
「うっ……」
私は身を引かない。
勇者たちから目を逸らさない。
魔獣を助けるために来たのに、魔獣を死なせてなるものか!
「……はぁ、わかったよ」
やがて、勇者は剣を納めた。
「ありがとう、ございますっ!」
まるで長い時間が流れたかのように、私はどっと疲れてその場にへたり込んだ。
今すぐにでも横になりたい気持ちをぐっと堪えて、私はイノシシの治療のために、リュックを拾いに行った。
「ふーん、変なクエスト」
勇者たちはなんか言ってるけど、私はかまわずイノシシの治療にいそしんだ。
途中イノシシが目を覚まして暴れ出すも、用意してきたパンをあげて、傷口に薬を塗ってあげたら、おとなしくなった。
最後に包帯を巻いて完成っと。
「うん、できた」
「フオ?」
薬、多めに持ってきたつもりだったのに、全部使い切っちゃった。
地面を転がった時、腕や顔に擦り傷もできたけど。ただの擦り傷だし、いいか。
白いドレスでも着たようなイノシシの頭を撫でてやると、甘えてるような鳴き声を返してくれた。はあ、かわいい。
「薬がしみてちょっと痛いかもしれないけど、明日になればよくと思うわ。今日はあまり走ったりしないでゆっくり休むんだよ」
「ブヒブヒ!」
最後にもう少しパンを食べさせて、私は彼を帰した。
「豚に真珠ならぬ猪に箴言、か」
「お、座布団一枚!」
勇者たち、うるさい。
村まで送ってもらい、一応また礼を伝えて、私は村長さんの家へ直行した。
「ほほほ、これは手配した甲斐があったようだ」
「やっぱり!」
私がイノシシの治療をしている間、勇者たちはずっと待っててくれたのがおかしいって思ったのよ。通りすがりの勇者なら、待たずに勝手に行くはずだもの。
「けど、おかげで助かったんだろう?」
「そ、それは……」
私は言葉に詰まった。
く、悔しいっ!
この悔しさ、覚えてなさいよ、勇者たちめ!