三、魔獣とだんじょん
三、魔獣とだんじょん
1週間のうちに、なぜか水曜日の午後だけ、勇者たちはまるで消えたように姿を見せなくなる。その貴重な時間を活用しようと、村のみんなはせっせと釣りや家族旅行に出かけたりと、休日を満喫している。
私はというと、今日は妹のしおりと村はずれの動物園へ出かけるのだった。
先月12才になったばかりのしおりは典男おじさんの牧場で飼育されている羊さんや牛さんも大好きだけど、動物園のあたりにしか棲息していない灰狼に乗って駆け回るのが一番好き。
しかしそんな微笑ましいはずのところを勇者たちが目撃すると、「えぬぴーしーの子供がさらわれたぞ!」「緊急クエストか!」「クエスト報酬はわたさん!」と嬉々として武器を抜いてくるから、勇者たちのいないこの時間でしか、安心してしおりを動物園で遊ばせてやれないんだよね。
ま、私もうんと魔獣たちにこの1週間の疲れを癒してもらうつもり。
動物園の入り口まで来ると、「だんじょんへようこそ、こちらからお入りください→」の立て看板を見つけて、私は迷わず妹を連れてやじるしの逆方向へ進んだ。
あの看板は勇者たちを管理しやすいに立てていたものだと、前から知ってたし。
細い獣道を10分進んだところで、私たちは開けた場所に建てられた一軒の木小屋の前にやってきた。
「こんにちは、明日香さん」
「あら、いらっしゃい、かおりちゃんにしおりちゃん」
声をかけると、すぐに小屋から明日香さんが迎えに出てきた。
灰色の髪に褐色の肌、魔族ならではの特徴をきれいに受け継いだ明日香さんは、ここの管理人だ。
おばあちゃんの時代では特に管理人もいなかった。これも勇者たちが出現するようになってから、魔獣たちを保護できるよう派遣されたらしい。
そのおかげで明日香さんと知り合ったんだから、勇者たちに○○してもいい気がしないでもないとちょっと魔が差した時期が私にもあったようでやっぱりなかったわけだし、ないに越したことないのでしないってことにしておこう。
「薬草と差し入れを持ってきました」
「いつもありがとう、かおりちゃん」
「ねーねー、たろうくん、いる?」
「あらら、しおりちゃんは私よりたろうくんのほうが好きなんだ、お姉ちゃんちょっとショック」
「しおり!……ごめんなさい、明日香さん」
「ふふ、いいのよ、本気で気にしてるわけじゃないから」
たろうくんというのは、しおりがよく載せてもらった灰狼の子。最初に出会った時はあんなにおどおどしてたのに、今じゃすっかりお友達になっている。
「――ワォンワォン!」
しおりの声が聞こえたのか、たろうくんが草むらから飛び出てきた。
「あはは、たろうくん、くすぐったいよ」
二人(一人と一匹)して地面に転がって戯れる姿。まったくこれのどこが危険だってんのよ。勇者たちはみんな節穴かしら。
「じゃ、私たちは中に入ろうか」
しおりとたろうくんを外で遊ばせておいて、私は明日香さんに小屋の中へ案内してもらった。これから話す内容は、まだしおりに聞かれたくなかったから。
「さっそくで悪いけど、例の藍草を見せてくれる?」
「はい、だいぶ前に採ったまま倉庫に入れっぱなしだったけど」
テーブルにつくなり、私はリュックから前々から相談されていた藍草を取り出した。
「うーん、ちょっと量が心許ないけど、品質は大丈夫みたい」
「はあ、よかった……」
藍草とは解毒作用のある薬草。甘くて栄養価値もある紅草と違って、こちらはちょっと苦味があってあまりポーション作りには向いていない。たまに子供が誤食して腹痛を起こした時にしか使わないから、備蓄しているのは薬屋のうちくらい。
「すぐすりつぶして、薬にするわ。かおりちゃんは――」
「手伝います、明日香さん」
「ありがとう、かおりちゃん」
最近、動物園――もとい「だんじょん」のほうに来る勇者たちは、どこから知識を仕入れたのか、武器に黄草を調合した毒液を塗ってきた。
これまででも、勇者たちに傷つけられた魔獣たちを明日香さんは一人でなんとか治療してきたのに、毒まで使われたら、さすがに手が回らなくなった。だからこうして今日私が手伝いに来た。
おのれ勇者たちめ、いたいけな魔獣たちをいじめるどころか、毒まで使うなんて!
今度ポーションに下剤を入れて売りつけてやろうかしら。
解毒薬を作ったら、私は明日香さんのあとについてだんじょんのほうへ向かった。
わざわざ動物園の中でだんじょんという区画を作ったのは、勇者たちを楽しませるためでは当然なく、むしろ勇者たちから魔獣を守るためだ。
例えばお年になった魔獣や生まれたばかりの魔獣を別区画で保護したり、残った壮健な魔獣たちも殺されないようにやられる演技を教えたり、やったと思わせてすぐ「死体」を回収できるよう天井からお金が降ってくる仕掛けを作ったりして、疲労が溜まらないようローテを組んだり入場制限をかけたり、とにかく手を尽くした。
本当は勇者たちを退けられたら一番なんだけど、あの人たち、致命傷を負わせても一人でも動けれる人がいれば、すぐ蘇生できるんだよね。
手のひらから炎や氷を出すなんて目じゃないくらい、ホント厄介な魔法を使えるものだ。
また王様の命もあるし、よほどしつこく追打ちをしてこない限り、気持ちよく戦わせて満足してもらうってのが、各地の動物園で合意した方針という。
まったくなにがしたいんだろう、勇者たちって。
「みんな、お待たせ!」
だんじょんの奥の一室に入って、明日香さんは声を上げた。
「ワンワン!」
「チュッチュッ!」
「キーキー」
といろんなタイプの魔獣が明日香さんに寄ってきた。
「かおりちゃんはその子たちにご飯をあげてね。私はあっちで薬を飲ませるから」
「はい、任せてください!」
明日香さんへの差し入れはもちろんだが、魔獣たちのためのパンもたくさん持ってきた。
手でちぎって食べやすくして、魔獣たちにあげていく。
みんな喜んでぱくぱくと平らげては、私の指をなめてくる。くすぐったくて、でも暖かい。ホント癒されるわ。
一通り仕事を終えたあと、私もたろうくんのお父さんに載せてもらって、しおりと草原で追いかけっこをした。途中で合流してきた明日香との3人で、この日の夕方までわいわい楽しく遊んだ。
この日常を守るためには、もっと藍草を用意しておかないと。
帰り道に、私はそう思った。