一、勇者とえぬぴーしー
この世界には二種類の人間がいるらしい。
一つは光の勇者と自称している人たち。常に武器を持っていて、魔獣と見るや殺そうとする、言葉が通じてるようで通じない、怖い人。
そしてもう一つが、そんな彼らがなぜかかたくなに「えぬぴーしー」と呼んでくる私たち一般人。
ほわんほわんってどんな場所からでもいきなり出てくることもない。
かわいい魔獣ちゃんたちに切りかかって、皮を剥かない。
好き勝手に森やたんぼを荒らさない。
手のひらから炎や氷を出さない。
神の加護とやらで変身したりしない。
走りながら器用にゴミを捨てたりしない。
――そんな一般人。
ここまでの内容でもう察して欲しいんだけど、つまり私たち一般人はほぼ全員、その勇者という人たちが嫌いなの。
もう誰一人この世界に来て欲しくないと、みんなが思ってる。
しかし、それでも私たち一般人は、彼ら勇者と接する時は、みんな努めて笑顔でいなければならない。
なぜなら、彼らはとてもとても、お金持ちだからだ。
例えばここに100Gがある。これって父と母と私と妹の4人が一度、なんでも好きな食べ物を好きなだけ食べられる金額なんだ。
じゃ逆にこの100Gがあの勇者たちにとってどれほどのものかと言うと、袋に詰めて床に落としていても、誰も見向きもしない金額。
どう、頭がおかしいでしょう。
そんな勇者たちがお金持ちなのは、理由がある。それが各町のはずれにある動物園たちだ。
私たち一般人にとって、動物園ってのは魔獣と戯れ、平時の疲れや心の疲れを癒す、特にお子さんに人気な遊び場。
しかしなぜだかわからないけど、勇者たちは動物園のことを口を揃えて「だんじょん」と呼んで、剣や弓を掲げては戦いを仕掛けてくる。
そして最奥まで進んだ勇者たちは、どこからか大金をぽんっと手のひらに出してくる。
どんな手品を使ったのかわからないけど、そうやって作り出されたお金はなんと本物らしい。これはこの国の王様も本物だと認めている。
お金をホイホイ作れるのなら、なんでわざわざみんなの動物園へ押しかけて、血走って魔獣たちを傷つけるんだろう。
あんなに人懐っこくて優しい魔獣たちをいたぶるのが楽しいなんて、ホント頭がいかれているんだわ。
それと、勇者たちのお金の使い方も変。やたらと長い剣や、やたらと重い鎧の制作につぎ込みたがるんだよね。
そんなもの、この平和な時代にいったいなんの役に立つんだろう。
傍で聞いてると、勇者たちはよく「魔族討伐だ!」と口にするけど。
魔族たちがあなたたちになにをしたっていうの?
あなたたちが荒らしに荒らした動物園の修繕と、魔獣たちの治療はみんな魔族の皆さんがやってくれてるんだよ。
あなたたちが手あたり次第に切っていた木々や、根こそぎ抜かれていた薬草たちを1日で植えなおしたのは魔族の皆さんのおかげなんだよ。
あなたたちがほかのお客さんたちに配慮もせず、いつも100個や200個買い占めていくポーションというソフトドリンクも、全部魔族の皆さんが作って補充してくれてるんだよ。
ホント勇者ってば意味のわかんない人ばかりだわ。
魔族だけじゃない。私たち人間の一般人もいっぱい迷惑してるんだからね。
例えば私たち、一人一人ちゃんと名前があるのに、教えたのに。いつまで「金具屋さん」や「宿屋の子」や「あの赤髪のえぬぴーしー」と呼んでんのよ。
鉄心のおじちゃんは、あれで心はとても繊細なんだよ。守さんは宿屋の子ではなく、牧場の典男おじさんの子で、宿屋でアルバイトしているだけだし、内気な百合先輩は自分の赤い髪がコンプレックスなんだよ。
それに比べて、勇者たちの名前ってふざけてるとしか思えない。
「堕天使の御遣い」とか「かぼちゃマン」とか「深き深遠の闇」とか「ゆかりんりん」とか。とくに最後の「ゆかりんりん」さん、あなた男でしょうが!
そして一番迷惑してるのがゴミ捨て問題。
ゴミは各おうちでまとめて、指定された時間に指定された場所に置くって常識よ。なんで人の目の前でぽいぽい捨てられるの?恥ずかしくないわけ?あなたたちが去ったあと、ため息しながら拾いなおしている私たちの苦労を知りなさいっての。
はあ、ホント嫌いだわ、勇者なんて。